2018/05/27

東海道五十三次歩き(第23回) 美合~新安城(岡崎宿)1

3週連続の東海道歩き。
今回は美合から。

5時前に起きて(さすがに眠い)5時半すぎの電車に乗り、6時33分のこだまに乗る。
途中、小田原の手前ではうっすら見えていた富士山だが、その後は雲に隠れてしまった。

1
豊橋到着。駅に市のマスコットキャラクター、トヨッキーなるものがあった。
豊橋の鬼→トヨッキーだそうで、鬼祭(前々回安久美神戸神明社で赤鬼を見たっけ。)の赤鬼をロボット風にアレンジしたものとか。

名鉄の急行に乗り換え、前回のゴール美合駅に到着。
歩きはじめは9時15分。

曇っていた方が涼しくていいなと思っていたが、バッチリ晴れている。
暑くなりそうな予感・・・

まずはじめに地蔵寺に寄る。

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六地蔵、聖観音菩薩、子育地蔵尊や・・・

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鯖大師!最近、鯖大師も気になる・・・

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一枚岩に陽刻された地蔵菩薩。

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本堂前の抱き地蔵尊がとてもかわいらしい。水掛け地蔵もあった。

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三面の馬頭観音があると聞いてきたのだが、どこ?
見つからないなあと思ったら入口の脇にありました!

東海道に戻り、山瀬川を高橋で渡る。
その先の太平川にはかつて堰のあたりに橋がかかっていたそうだが今はなく、直進できない。国道をその区間だけ通ることになる。

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ふと川辺を見ると、馬が三頭!
なんでも4月に行われる家康行列のための馬らしい。

国道を渡って旧道は続く。

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文化4年の常夜灯を過ぎ(岡崎も常夜灯が多いな)、つくで道の道標を見る。
つくでとは新城市の作手で、そこへ至る道しるべである。

その先の郵便局のところで右折、西大平藩陣屋跡へ。

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あの大岡越前守忠相は将軍吉宗の口添えで72歳の時に1万石の大名となった。
ここはその陣屋で、大岡家は廃藩置県まで7代にわたって領地をおさめたという。
ただ、大岡家は江戸に常駐する定府大名で、家臣の多くは江戸に住んでいて、この陣屋に詰めていたのはわずかな人数だったとのことだ。
大岡越前というと、ワタクシ的には生まれ育った茅ヶ崎の大岡越前祭のイメージなんですけどね。

話が横にそれてしまったが・・・
このお屋敷、かなり立派なお屋敷だったと思われる。

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復元された井戸の他、大岡稲荷社もあった。
大岡越前は領地に近い豊川稲荷の本尊を厚く信仰し、この陣屋内に大岡稲荷として社殿を建立したという。今ある社殿は平成14年に再築されたものだそうだが。

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この近くで岡崎市の別バージョンのマンホール発見。
岡崎城と乙川の五万石船である。

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街道に戻り少し進んだ先にわりと新しめの常夜灯があった。昭和9年のものという。

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隣に地蔵堂があって、お地蔵様+三面六臂の馬頭観音を発見。この日はもう見ることはないと思っていたのでうれしい。

そして、振り向くと・・・

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向かい側には大平一里塚があった(80里)。
常夜灯と地蔵堂がある側は昭和3年の道路改修の際になくなってしまい、こちら側だけが残る。榎は昭和28年の台風で倒れてしまい、新たに植えられたものということだ。

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少し先で国道に合流、松並木がポツポツとある。
高速のインターをくぐり、筋違橋を渡り、再び国道からは離れる。

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文政13年の常夜灯を過ぎた先に、冠木門があった。
岡崎城下の入口で二十七曲が始まる。
東海道は元々乙川の南を通っていたが、城下に移されたとのことである。

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こんなに曲がると迷うんじゃないかと心配になるが、大丈夫。要所要所でこのような標柱がたっているので迷わない。
上に草履がのっているのがおもしろい。

はじめの角で、おばあさんが駆け寄ってきて、すぐ先にある根石原観音堂などが載っているリーフレットを下さった。
なんでも、昨年だか亡くなっただんなさん(90を越える)が、病気もせずに理想的な最期だったのは、毎日観音堂にお参りしていたおかげだと聞いた。

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その角にあったのが、不思議なモニュメント。

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もちろん!ちゃんと根石原観音堂にお参りする。
悪病の流行に心を悩まされた元明天皇の命により、行基が観音様を彫り、そのうちの2体がここに祀られている。はやり病も治まったという。
また、家康の長男信康も初陣の折、この観音像に祈願したところ軍功をあげたとのことだ。

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曲がった先に、常夜灯の上の宝珠が小屋?に納められている。
寛政2年に建てられ、空襲でも残ったが、痛みがはげしくなり宝珠のみ保存したそうだ。

2へ続く

マップはこちらを使っています。
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ホントに歩く東海道 第10集 御油(小田渕)~岡崎(新安城) (ウォークマップ)

2018/05/26

キリン クリアモルト

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ファミマ・サークルKサンクス限定発売の新ジャンル。
キリンが醸造元とのことである。

注いでみると、フツーの黄金色。
飲んでみると、うーん、ビールじゃないつけた香りですね。
そして、後味は甘くて、クリアじゃないなあ。
飲み応えの方は度数を高くすることで出そうとしているのかもしれないけれど、あまり成功してないような?
やたらに度数を高くしなくてもいいんじゃないかと思う。

2018/05/25

サントリー 海の向こうのビアレシピ 芳醇カシスのまろやかビール

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オレンジピールのさわやかビールに続いて飲んだのが芳醇カシスのまろやかビール。

注いでみると、赤っぽい色。
飲んでみると、カシスというか何かのベリーの香りが強い。
そして、甘酸っぱい味で、イメージはベルビュークリーク(ベルギーのチェリービール)。

これもやはりこれだけ飲めばいいのだけど・・・
オレンジのよりさらに食事にあわせづらいなあ。

2018/05/24

サントリー 海の向こうのビアレシピ オレンジピールのさわやかビール

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酒税法の改正で4月からビールの定義が変わり、今まで原材料として認められていなかったものが認められるようになった。
今後、いろいろなビールが発売されるんでしょうかね。

これもオレンジピール、コリアンダーシードが入っており、従来ならばビールの範疇に入らなかったもの。
ま、でもベルギーのヒューガルテンホワイトなんかは、こうした原材料が入ってますからね。イメージはわかる。

とはいえ、料理を選びそうで、なかなか飲む機会がなく・・・

注いでみると、やや薄めの色。
飲んでみると、ふわっとオレンジの香り。
これはこれでありだと思うし、これだけを飲むならさわやかな飲み物なのだけど、やっぱりフツーに食事に(特に和食に)あわせるのはちょっと微妙かなあ。

2018/05/23

東海道五十三次歩き(第22回) 国府~美合(御油・赤坂・藤川宿)4

(3より続き)

降りたところにちょうど名鉄の舞木検査場が見える。

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再び旧道に入ると、そこに東棒鼻があった。
広重が藤川宿の絵に描いている通りに再現されている。

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そこから本当は直進し、鉤の手に曲がるのだが(曲手)、右に見えたむらさき麦の畑に気をとられ、うっかりそちらの道を行ってしまう。
いやーホントに紫色だ!

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曲がった先はまっすぐな道で、格子造りの家がぽつぽつと残る。旧街道らしい雰囲気だ。

明星院に寄ろうと左に入ったところで・・・

4_3
この日はじめての猫に遭遇。
おばあさんとお散歩する猫で、聞くと結構なお年の猫だそう。かわいい!
(このお寺では他に2匹の猫に遭遇)

このお寺には残念ながら見られないが、片目不動尊がある。
家康に放たれた矢を見知らぬ武士が身代わりとなって受け、片目をつぶしたままいなくなった。のちに明星院を訪れたところ、祀られていた不動尊がそのときの武士にそっくりで片目が潰れていたという。

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役行者さまもいた。

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称名寺には三十三所観音菩薩があり、またまた馬頭観音を発見したが、十一面観音がたくさんあった。

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問屋場跡を通り、公園になっている森川家本陣跡へ。
バナナを食べて少々休憩。

9_3
ここには高札場が再現されている他、むらさき麦が栽培されている。
なんか石垣が見えるね、なんだろうという話をしていたのだが、降りてみればよかった!
当時の石垣が残されていたのだった。残念!

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お隣は橘屋脇本陣跡。
門は享保4年に建てられたもので、中の建物は藤川宿資料館になっている。
中には宿の説明の他、ジオラマ、高札などがある。
自分で電気をつけて、見終わったら消すのだが、前に来た人が消し忘れたようで、電気がつけっぱなしになっていた(ちゃんと消しましたよ)。

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藤川小学校の先に西棒鼻。
ここで藤川宿を出るのだが、右折し駅を越えて道の駅藤川宿に寄ってみることにする。

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越えた向こうに大きな家康の像があった。

歩くのをここで終了すればたくさんおみやげを買ってもいいのだが・・・
まだ4時半すぎでもう一駅、美合まで歩いた方が急行がとまる駅なので次回が便利ということで歩くことにしたので、たくさんは買えない。
ということでオカザえもんビールのみ購入した。

東海道に復帰、西棒鼻の斜め向かいの十王堂に寄る。

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手前左が閻魔様かな?

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ここにはむらさき麦の畑の風景を詠んだ芭蕉句碑もあったが(「爰(ここ)も三河 むらさき麦の かきつはた」)、この近辺で一番大きな句碑とのことだ。  

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藤川宿の一里塚跡(79里目)を過ぎ、吉良道(脇街道。潮の道としても利用された)の道標の先、踏切を渡ると、藤川の松並木が出現する。
1キロほどの間に90本あまりの黒松が植えられているという。
思ったより立派で、なかなかの風情だ。
御油といい勝負!

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国道への合流地点手前に大きな灯籠と小さな灯籠があり、またまた楽しくない国道歩きに入る。

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岡崎市の別バージョンのマンホール発見。
岡崎城と岡崎公園の桜、三河花火のデザインである。

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阿弥陀寺のお寺自体は立て直ししている最中のようだったが、門の手前の馬頭観音は撮影できた。
返す返すも、関川神社の馬頭観音を撮りそびれたのが残念だ。

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その後旧道に入ると、少し松が残っており、やがて美合駅に到着。
今回の東海道歩きはこれにて終了。

美合駅から準急豊川稲荷行きに乗って本宿で急行豊橋行きに乗り換える。
豊橋で新幹線の切符を買い、駅弁とおみやげのヤマサちくわを買って前週と同じひかりに乗る。

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今回の駅弁は「吉田伝説」という幕の内。
飯田線開業80周年を記念して販売された駅弁らしい。飯田線には乗っていないけど買ってしまった(笑)。

稲荷寿司に太巻き、じゃこご飯、メヒカリの唐揚げ、サワラの西京焼き、海老の天ぷら、鶏ささみ竜田揚げ、しそだんご串、しんじょう、しそはペン、玉子焼、うずら卵の燻製、ゼリーなど。なかなかにおいしかった。
ビールは前回と同じ、一番搾り名古屋づくり。

あともう一回、豊橋で駅弁を買うことになりそうだけど、また別のお弁当が買えるといいなあ。

東京駅で中央線に乗り換え、帰宅は9時半前。
約43000歩だった。

こちらがおみやげ。
21_2

次回は美合から歩きます。

(完)

マップはこちらを使っています。
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ホントに歩く東海道 第10集 御油(小田渕)~岡崎(新安城) (ウォークマップ)

2018/05/22

東海道五十三次歩き(第22回) 国府~美合(御油・赤坂・藤川宿)3

(2より続き)

安政6年の常夜灯、聖観世音菩薩を祀る観音堂、地蔵菩薩を祀る地蔵堂を通りすぎた先でとうとう国道1号線に合流した。
これから先、2キロは国道を歩かねばならない。
空気は悪いし、暑いしで、とにかく黙々と歩く。
唯一の楽しみは、国道のすぐ脇を走る名鉄の車両を見ること。

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赤系、白系、銀色系とあるが、白でも銀色でもどこかに赤が入っている。

1_2
岡崎市に入ってすぐ、本宿村の説明板があり、冠木門をくぐる。
本宿は赤坂宿と藤川宿の中間にあり、立場として繁盛した場所である。

もう少し進むと道標と説明板があり、ようやく旧道へと入る。ほっとする。

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と、岡崎市のマンホール発見!
岡崎城とやはぎはしがデザインされている。

連子格子の旧家の向かい側に法蔵寺がある。

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入ってすぐのところに御草紙掛松。
幼少期の家康が手習いの紙を干したという松だが、現在の松は四代目という。

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鉢地川にかかった赤い来迎橋を渡り、地蔵菩薩を見て石段を上がる。常夜灯は文政11年のものとのこと。石段の脇には日本武尊に因んだ賀勝水という井戸もある。
立派な鐘楼門をくぐった左には行基が植えたと言われるイヌマキと家康公お手植えのヤマザクラがあった。

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六角堂の横を通り、少し上がったところにあるのが近藤勇の首塚。

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京都で晒された首を同士が盗み、近藤が敬慕していた和尚の転任先のこのお寺に埋葬したという。隣に立派な胸像もある。

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松平家(家康の長女亀姫、異母兄弟忠政など)及び三方ヶ原合戦で死んだ者たちの墓、東照宮(江戸初期からあるそう)を見て、下る。

本宿陣屋跡と代官屋敷(現在は富田病院。代官食は富田家が世襲した)の説明板を過ぎ、本宿村道路元標、寛政13年の秋葉山常夜灯の先に本宿一里塚跡(78里目)。

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さらに進むと、長屋門が見えてきた。
医師の宇津野龍碩氏邸跡である。当時としては画期的な種痘を施した蘭方医だそうだ。

ちょうど持っていた麦茶が終わりそうだったところにコンビニが現れた。
座るところもあったので、アイスと冷たいものを買って休憩。
この日は曇りの予報だったのだが、ほぼ太陽が出ていて予想以上に気温が上がってアチアチになっていたのでアイスがとてもおいしい。

復活して出発する。
本宿を出たところで、再び国道1号線に合流。またしばらく黙々と歩く。

1キロちょっとで再び旧道へ。

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名電山中駅を過ぎた先で跨線橋を渡り、興円寺へ行ってみる。

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ここでまたまた馬頭観音(これは三面六臂)に出会う。

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地蔵菩薩、六地蔵尊の他、不動明王も発見!

松の木が少し残る中を通り、国道にまたまた合流。
ちょっと街道をはずれて山中八幡宮に行ってみることにした。

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入口に御開運御見隠山碑があり、突き当たりに巨大な常夜灯が。
これは目立ちますね。天保4年のものとのことだ。

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周りに広がるのは麦畑。藤川宿が近づいて畑は麦畑になった。

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山中八幡宮の鳥居をくぐると大きなクスノキがあり、神門の手前で左に折れると、三河一向一揆に破れ逃げてきた家康が隠れたという狭い洞窟がある。

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洞窟から鳩が出てきたため、人がいるところに鳩がいるわけはないと追っ手が通りすぎ、家康は助かったという。

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本殿の裏にまわり、奥宮神籬(ご神木がある)の先を下って国道へと降りたのだが、道は結構急で滑りそうになった。こういう時はストックがほしい。
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(4へ続く)

マップはこちらを使っています。
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ホントに歩く東海道 第10集 御油(小田渕)~岡崎(新安城) (ウォークマップ)

2018/05/21

東海道五十三次歩き(第22回) 国府~美合(御油・赤坂・藤川宿)2

(1より続き)

松並木が終わり、橋を渡ると、赤坂の東見附跡。
御油宿と赤坂宿の間はわずか1.7キロで、もっと短い。確かにあっという間だった。

御油も赤坂もいい感じの建物が並ぶ。

1
関川神社にある芭蕉の句碑にある「夏の月 御油よりいでて赤坂や」は、夏の夜の短さと二つの宿の短さをかけた句である。

2
樹齢800年以上という大きなクスノキもあったが、がーん・・・
ここにも馬頭観音があったのか!見落としてしまった・・・残念(その後4つ遭遇)。

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問屋場跡に復元されている高札場を撮影、少し先を左に入ったところの浄泉寺へ。

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ここには広重の赤坂宿の絵にも描かれているソテツがある。旅籠の清須屋から移植されたものという。

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百観音もあり、馬頭観音も発見!

2015年廃業した江戸時代の旅籠大橋屋は、来年一般公開予定とのこと。

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すぐ先のお休処よらまいかんに一瞬寄って休憩する。

裏にある音羽生涯学習館の2階に赤坂宿場資料館がある。
受付で記帳し、開けてもらう。

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浮世絵、駕籠、高札の展示の他、宮路山(途中でこの山に登るという人たちにあった)の自然に関する展示、昆虫の展示、また赤坂の舞台に関する展示など。

学習館を出、赤坂陣屋跡(代官所跡)を過ぎ、杉森八幡社に寄る。

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樹齢1000年という夫婦楠がある。根株が一本化し、二本に成長していることから夫婦楠と呼ばれている。

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またここには、赤坂の舞台がある。
年一回歌舞伎の公演が行われ、公演の際には小屋がけと呼ばれる竹のドーム屋根がついた伝統的な観客席が再現されるという。

鳥居のすぐ先に西見附跡があり、赤坂宿を出る。

十王堂跡、弘法大師の祠、常夜灯を過ぎる。

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このあたりは山が見え、田畑が広がって歩いていて楽しい。
蛙も鳴いていた。

毘沙門天の標柱、一里山庚申道の道標を通り過ぎ、ちょっと国道の方へ。

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ヤマサちくわ音羽インター店にて昼食である。

前週、豊橋駅で時間がなくてヤマサのちくわを買いそびれてしまい、是非ともちくわを食べたい!と思っていたので、頼んだのは、暖かいちくわうどん(いなりつき)である。

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関西風のうどんで、なんといってもちくわがおいしい!
かなり気温も上がってきていたので、冷たいうどんもいいかなと一瞬思ったけれど、やはり暖かい方がちくわにはあう。

しかし外は暑い。ということで半袖Tシャツ1枚になった(結果、腕が焼けた。日焼け止めは塗っていたのだけど)。

街道に戻ってわりとすぐに長沢一里塚跡。77里目である。

その先の長沢小学校の前に長沢城跡の説明板がある。
城跡はちょっと行きづらそうなので行くのをあきらめる。
この小学校敷地内には家光上洛の際の休憩所として長沢御殿が作られたものの、一度も使用されることなく取り壊されたらしい。

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右に折れて観音堂にある長沢の三尊種子板碑を見にいく。
文字は結構よく見えるが、梵字は読めず・・・
なんと1300年のものらしい。

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国道がすぐそばに見え、次第に合流地点が近づきつつあったが、田んぼが広がりいい風景だ。

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寛政10年の常夜灯を過ぎた先で、新たなマンホール発見!
広重の赤坂宿の絵である。

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そして、このあたりも連子格子の古い家が並ぶ。

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右手に観音堂跡。

20_2
奥に聖観世音菩薩がいらっしゃるが、ワタクシが注目するのはやはり馬頭観音!
前回の歩きから三面八臂か六臂の馬頭観音をよく見る気がする。

(3へ続く)

マップはこちらを使っています。
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ホントに歩く東海道 第10集 御油(小田渕)~岡崎(新安城) (ウォークマップ)

2018/05/20

東海道五十三次歩き(第22回) 国府~美合(御油・赤坂・藤川宿)1

前週に続いての東海道歩き。今回のスタートは名鉄の国府駅である。
前回から一本早いこだまになったのだが、今回は6時56分東京発のにすることに。
早いのに乗ってしまうと、御油の松並木資料館があいていない時間に通過してしまいそうだったからだ。

このこだまは駅に着くたびに何分か停車するので、2時間10分以上かけてようやく豊橋到着。十分眠れたのでいいのだけれど。
すぐに名鉄の特急がきて慌てて乗る。
国府到着は9時22分で、9時半前には歩き始めた。

1
まず立ち寄ったのは国府観音。

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西国三十三所観音菩薩や・・・

3
一面六臂の青面金剛の庚申塔などもあり・・・(これ好き!)

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が、なんといってもおびんずる様(なでぼとけ)である。
自分の病気のある部分と同じところを撫でて願をかけるとよくなる、あらしい。お釈迦様のお弟子さんで、病に苦しむ人を助ける仏となったという。

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ちょうどこの日は人形供養の日だったようで、たくさんの人形が集められていた。

芭蕉句碑は撮影し忘れたまま出発。

東海道に戻り、見えてきたのが大社神社だ。

6
ここの石垣は、近くにあった田沼陣屋(行かなかったが近くの高膳寺付近のようだ)の石垣を移築したものだそう。
田沼意次がこの地に関係あったんですねぇ。知らなかった。

すぐ先、がましん(蒲郡信金・・・キャラクターはカエル!)のところに御油一里塚跡の碑がある。76里目だ。

7
次の交差点が、姫街道追分。見付(磐田)でもこれと同じような看板を見たっけ。
是非そのうち姫街道も歩いてみたいものだ。

8
秋葉常夜灯、秋葉山三尺坊大権現道の道標、國幣小社砥鹿神社道是ヨリ凡二里丗町の道標もあった。

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左折したところには豊川社道の道標(豊川稲荷への道)があった。

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八面神社への「従是神社道」道標を通り過ぎ、昭和10年に改築されたとある御油橋をわたる。

いよいよ御油宿だ。

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若宮八幡社の先、曲尺手の角に「花・ベルツゆかりの地」の説明板があった。
明治政府がドイツから招いた医師ベルツの妻となりドイツに渡った(のちに帰国)花の父親の生家のあった場所とのこと。国際結婚の先駆けだったんですね。

説明板の斜め向かいに高札場跡。
少し進むと問屋場跡。

道を再び曲がる前に松並木資料館に寄った。

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資料館の前に大きな松の根が展示してある。
樹齢約380年。家康が東海道に松を植えた最初のものらしい。でかい!

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松の木肌は亀甲型。三河黒松の一大特徴とのこと。

中の展示は、浮世絵やジオラマなど。またまた手筒花火もあった。

街道に戻り、おふくというお菓子やさんに寄る。
お目当ての黒松もなかを購入、先を進む。

そろそろ本陣跡があるはず・・・

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が、イチビキの工場に気をとられてうっかり通り過ぎてしまい、戻る。
イチビキ、こちらでも味噌製品は売ってはいるけれど、買ったことがあるのは鍋の素くらいかなあ。イチビキは1722年大津屋の屋号で味噌と醤油の醸造を始めたとのことで、結構古い会社だったんですね。

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工場は蔵っぽい作りだ。

御油宿は強引な客引きで有名で(広重の絵に描かれている)、飯盛女もたくさんいたという。

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飯盛女の墓があるということで東林寺に寄り、5つ並んでる墓らしいと聞いていたのでこれだ!と写真を撮ったのだが、違っていたようだ・・・がっかり・・・
ちなみにこのお寺は家康が二度立ち寄っているとのことだ。

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今の季節、ちょうどツバメの子育ての時期で、あちらこちらに巣があった。
ちょうどいい軒先がたくさんあるんですね。

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さて、御油の松並木がはじまった。
御油から赤坂まで約600メートルの間に約300本の松が植えられている。
元は600本以上あったという。
舞阪もそうだが、こうした松並木を維持するのは大変でしょうね。

松並木の途中に御油松並木公園があったので、少々休憩。
先ほど買った黒松もなかをいただく。

20
まつぽっくりの形がいいですね。皮がぱりっとしていておいしい。最中は皮が命!

(2へ続く)

マップはこちらを使っています。
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ホントに歩く東海道 第10集 御油(小田渕)~岡崎(新安城) (ウォークマップ)

2018/05/19

オカザえもんBEER

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おととい、東海道を歩いた際、道の駅藤川宿でゲットしたビールを早速飲んでみた。

なんといってもオカザえもんがキモい(笑)。
遠くから見た時は人には見えなかったのだけど・・・

本名?岡崎衛門之介なんですね。
慎重80センチ、体重60キロ。好物は岡崎まぜめん、八丁味噌。
よくよく見ると岡崎と書いてあるという・・・
結構人気のあるゆるキャラの模様。

注いでみると、色はダーク。
が、飲んでみるとそれほど味は濃くはなく、カラメル味はするけれどすっきり系。

無濾過ビールだけあってちょっとフルーティな感じはしたけれど、この色なので濁っていたかどうかは不明。

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おつまみに豊橋駅で買ったヤマサのちくわを。
なぜかわさび漬がついてました。そのままでもよし、わさび漬と一緒でもよし。おいしいちくわでした。

2018/05/18

サッポロ 黒ラベル エクストラブリュー

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3年連続で発売されている黒ラベル派生品。

注いでみると、フツーの黄金色。

飲んでみると、意外にも甘みが強いですね。
フツーの黒ラベルはこれほど甘くないですから・・・

とはいえ、嫌みな甘さではないのでOK!
さすが黒ラベル!

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