2020/07/01

日光街道歩き(第4回) 越ヶ谷宿~粕壁宿4

(3より続き)

街道に戻る。

1_20200701003701
本陣跡(関根本陣跡)。この宿はこうした標柱がある。

2_20200701003701

旧田村家。
家の前には道標があり、「東江戸 右之方陸羽みち」「西南いハつき」と刻まれている(反対側は「北日光」)。

3_20200701003701

裏には立派な蔵があった。

4_20200701003701
山中千手観音堂。
千手観音を背負ってこの地方を行脚していた江戸時代の俳譜師増田眠牛は、粕壁宿の米問屋伊勢平の家に止宿するようになり、伊勢平が好意で建てた観音堂で生活し、この地で一生を終えた。眠牛を慕う人々は、その観音堂の境内に墓標を建て、千手観音を祀って信仰したという。

5_20200701003701

問屋場跡を通り過ぎた先に永嶋庄兵衛商店がある。慶長年間に米穀問屋として営業を始めたお店。

6_20200701003701

屋根の上に鍾馗様が!

7_20200701003701
その先に、国指定文化財の浜島家の土蔵。

向かいが高札場跡で、街道はここを右折するのだが、先に進み、普門院へ。

8_20200701003701
この日3つめの一石六地蔵!(如意輪観音もある。)
このあたりはこうしたタイプが多いのだろうか。

9_20200701003701
続いて最勝院へ。

門は閉ざされており、脇から入る。

10_20200701003701

従四位市祖春日部重行公之墳墓。
春日部の地名の由来となった春日部重行は後醍醐天皇につかえ、元弘の乱に功をなした人物である。

11_20200701003901

お隣にある成就院の山門はとても立派だ.ガラスの中に仁王像がある。

12_20200701003901
粕壁宿の問屋・差配役を勤め、水害や飢饉で窮地に陥った宿場の復興に尽力したという見川喜蔵の墓もあった。

最後に街道からはかなり離れるが春日部八幡神社に行ってみた。

13_20200701003901

14_20200701003901

春日部重行が鶴岡八幡宮の遙拝所として建立したと言われる神社。
浜川戸砂丘という内陸性の砂丘があったりする。44ぺえ4444っじい

15_20200701003901
御神木の大イチョウは鶴岡八幡宮の御神木の一枝が飛ばされ、一夜にして大木になったという・・・

16_20200701003901

またもや力石があったが、三之宮卯之助の力石を見たあとでは小さく見える(笑)。

17_20200701003901
参道入り口には、在原業平が墨田側の渡しで詠んだという都鳥の碑があった。

18_20200701003901
春日部駅に向かう途中で、羽子板最中を買う(栗の入った最中、あんこぎっしり!)。羽子板は春日部の名産品とのことである。浅草羽子板市で売られる押し絵羽子板が春日部で作られていたとは!

東武スカイツリーライン、武蔵野線、中央線を乗り継ぎ7時前帰宅。
電車は行きも帰りも混んでおらずほっ。

約34000歩。
次回も日光街道の予定です。

(完)

 

 

 

 

 

 

2020/06/30

日光街道歩き(第4回) 越ヶ谷宿~粕壁宿3

(2より続き)

1_20200630220601
奥の方には東八幡神社がある。石清水八幡宮から分霊を勧請したという神社。
御神木は大きい。樹齢600年のケヤキである。

2_20200630220601

3_20200630220601
本殿は立派で、彫刻もすばらしい。

4_20200630220601

5_20200630220601
松の樹稲荷大明神、川久保雷電神社、弁財天、浅間神社他たくさんの境内社がある。

6_20200630220601

三之宮卯之助の力石。
右から二番目は100貫目(375キロ)で、越谷三之宮に生まれた卯之助が境内で興業した際に持ち上げたものという。

神社の向かいにあるのが東陽寺。

7_20200630220601

山門。

8_20200630220601

「廿七日夜 カスカベニ泊ル 江戸ヨリ九里余」と刻まれた芭蕉宿泊の寺碑がある。

9_20200630220601

本堂。

10_20200630220601

本堂内陣。

11_20200630220801
北村西望作の笑う少女。

12_20200630220801

このあと、街道はかすかべ大通りを行く。

13_20200630220801

カラー版の春日部のマンホール。フジが描かれているが、だいぶはげ落ちちゃってますね。

脇本陣跡を通り過ぎ、ちょっと寄り道。
春日部市郷土資料館である。

14_20200630220801
200分の1の粕壁宿の模型が素晴らしい!

15_20200630220801
板碑は近くの浜川戸遺跡から出土したものとのこと。
梵字は読めないな~

16_20200630220801

資料館を出て川(大落古利根川)沿いに出る。

17_20200630220801

碇神社へ。
昔は古利根川を上下する船の荷の積み卸し場で、小高い丘だったことからこのあたりは碇山と呼ばれており、イヌグスは船頭にとって船着き場の目印とされていたそうだ。

18_20200630220801

樹齢600年の大きなイヌグス(タブノキ)がある。
昔、このあたりは古利根川を上下する船の荷の積み卸し場で、小高い丘だったことからこのあたりは碇山と呼ばれており、イヌグスは船頭にとって船着き場の目印とされていたそうだ。

19_20200630220801

実はこんなだったんですね。


(4へ続く)

2020/06/29

日光街道歩き(第4回) 越ヶ谷宿~粕壁宿2

(1より続き)

1_20200629003501

街道に戻り少し先に進むと、建御雷神社があるが、境内に嘉永5(1852)年に築かれた富士塚があり、富士浅間宮大権現が祀られている。いや~こんな低い富士塚は始めてかも??

2_20200629003501
称名寺。

3_20200629003501

このあたりの名士である森泉家の墓がある(その後、立派な家があるなあと思った街道沿いの家がどうやら森泉家の屋敷だったようだ)。

その裏手にある林西寺に行こうとして遠回りしていまい・・・

4_20200629003501

5_20200629003501

しかし、そのおかげであじさいを見ることができた。

6_20200629003501

立派な山門。

7_20200629003501

参道の地蔵菩薩と庚申塔。

19_20200629003801

一石六地蔵がまたまたあった。こちらは六角石柱に彫られたもの。

8_20200629003501

本堂も立派だ。葵の御紋が目立つ。

9_20200629003501

本堂内陣。
実物の朱印状が残されている格式の高いお寺であり、子育て呑龍上人(貧しい家の子供を数多く養育した)として知られる呑龍上人の出家した寺である(残念ながら呑龍上人供養墓石は見損なってしまった)。

街道に戻り、そろそろお昼の時間。
ということで、イタリア厨房 ベルパエーゼに入る。
なんと、検温があった!(出先で初検温)

無事?6.3分だったので席に通され、イタリア気分ランチを頼む。

10_20200629003501

11_20200629003901

まずはスープに始まり、アマトリチャーナスパゲティとサラーメピザ(オリーブとサラミ)をシェアする。

12_20200629003901

これですでにおなかがいっぱいだったのだが、デザートの抹茶あんみつがまた大きなサイズ!いやはや満腹で、この先歩けるだろうかと思ったくらい(笑)。

たっぷり水分補給もして出発。
一日中曇りだと思っていたのに、日が照って暑い。

13_20200629003901

八里目の備後一里塚跡の碑。
なぜ備後というのかと言うと、かつてこのあたりは海で、見つかった観音像が備後からきたものだったから・・・という。

14_20200629003901

街道に近づいてきた川は大落古利根川。
元は利根川の本流だったのが、江戸初期に東遷事業により付けかえられ、排水路となった。大落とは農業排水を落とすという意味だそう。
奥に見える橋は昭和初期に架けられた時は有料の木の橋で賃とり橋と言われていたという。

15_20200629003901

善巧寺。
境内には親鸞聖人旅姿の像がある。

16_20200629003901

1キロほど進むと石碑が2つ。
ほとんど文字は読めないのだが、浅間大神碑と御嶽大神碑である。

17_20200629003901
大下稲荷神社を通り過ぎ、八坂神社到着。いよいよ粕壁宿である。
本陣1、脇本陣1、旅籠45の宿であるが、地名の由来は諸説ある。
元々平安時代に紀氏の一族が土着し春日部市を名乗ったということがあるが、江戸時代には糟壁、その後粕壁と書かれるようになったとのことだ。

18_20200629003901

境内には文政2(1819)年の猿田彦大神と文政11(1828)年の猿田彦大神があった。三猿が刻まれている。


(3へ続く)

2020/06/28

日光街道歩き(第4回) 越ヶ谷宿~粕壁宿1

約三ヶ月ぶりの日光街道歩き。
前回歩いたあと、緊急事態宣言が出され、解除されたあとも都外に出られず・・・
ということでようやく続きを歩くことができた。

スタートは北越谷駅。
予定していたより早い電車に乗れて、9時45分すぎに歩き始める。
なんとなく細かい雨が降っているが弱い雨なので傘はささずに歩く。

1_20200628172701

東武スカイツリーラインの高架をくぐった先に、石造物がいくつかある。
このうち一つは寛政3年(1791年)の青面金剛庚申塔なのだが、道標をかねていて、「右じおんじのじま道」と刻まれている。古奥州街道の道標である。

その先を進むと林が見えてくる。

2_20200628172701

冠木門があり、ここが宮内庁埼玉鴨場の入り口だ。
鴨の飛来が少なくなった浜離宮の代わりとして明治41年(1908)に元荒川沿いに設置された鴨場だが、いったい一年のうち何回くらい使われるのだろう?鴨池はなんと1万2000㎡あるとのことだ。

3_20200628172701
大林寺。

4_20200628172701

門前(右にみえている)にあるのは大乗妙典一千部供養塔は元文9年(1740)年の建立だそうだ。
一千回、読誦したことを記念したものだろうか?
境内に出世大黒天があるのだが、見ることはできなかった。

5_20200628172701

香取神社の参道には、壊れかかった石造物が並んでいた。
一番左は、享保5(1720)年の青面金剛庚申塔。その隣も三猿が見えるので同じく青面金剛庚申塔の模様。さらに隣は割れてしまっているが「申塔」と読める。一番右はまるで蛇みたいだけどなんだろう?

6_20200628172701

力石。

7_20200628172701

猿田毘古大神と猿田彦大神。
天孫降臨の際に、天照大御神に遣わされた邇邇芸命(ににぎのみこと)を道案内した神である猿田彦大神は、庚申信仰や道祖神と結びついた。
この日は、この後もいくつか見かけることとなった。

8_20200628172701

東武スカイツリーラインの踏切を渡る前にあった庚申塔。
宝永7(1710)年建立の青面金剛庚申塔である。

9_20200628172701

踏切を渡った先に、ごちゃごちゃっと石造物が。観音像、地蔵菩薩像など。どこか別のところにあったものが集められたのだろうか。

10_20200628172701

11_20200628173001

12_20200628173001
この先のいくつかの墓地の中に、青面金剛庚申塔や、たくさんの地蔵菩薩(古いのもある)があった。

13_20200628173001
下間久里香取神社。
こじんまりとした神社だが、下間久里村の鎮守として祀られており、県指定無形民俗文化財の 「下間久里の獅子舞」 が行われているそうである。

この先に秋田炉という秋田藩主の佐竹候が参勤交代の際に必ず立ち寄り、鰻を食べたという秋田家の跡があるはずだが、特に解説板などはなく・・・

気づくと春日部市に入っていた。
新方川(昔は千間堀と言われた)を渡ると春日部市なのだった。

14_20200628173001
大枝香取神社(このあたり香取神社が多い)。

15_20200628173001
その奥の歓喜院の中にあった、六地蔵尊碑(舟形の一石六地蔵)、寛永4(1627)年の宝篋印塔、かつて日光街道沿にあったと言われる安政4(1857)年の普門品供養塔。

16_20200628173001

これまた日光街道沿いにあったと言われる寛延3年(1750)の馬頭観音。

西光寺にも寄る(入り口がわからずぐるっと回ってしまった)。

17_20200628173001
参道脇の弘法大師、地蔵菩薩2体、大畑村講中と刻まれている庚申塔が並ぶ。

18_20200628173001

境内の宝暦4(1754)年の十一面観音菩薩を刻んだ普門品供養塔と寛政10(1798)年の聖観音菩薩。

19_20200628173001

なかなかにお庭の立派なお寺である。

20_20200628173001

台杉仕立ての北山杉。京都市街の鞍馬寺の周辺に群生する杉だそうだ。

(2へ続く)

2020/06/27

アサヒ ザ・ゴールド

2006271

期間限定発売のビールをゲット!!
オリンピックのエンブレムが描かれていて、これは応援企画なんでしょうね。結局来年に延期されたものの、どうなるかわからないわけだけど・・・


注いでみると、かなり薄い色。
飲んでみると、一口目甘いですね。
ゴールデン麦芽とザーツ産ホップ使用ということでコクを出そうとしたのかな?
でもコクにはなっておらず・・・
むしろビールより新ジャンル寄りになっちゃってるのが気になりますね。

2020/06/26

メンドーサ マルベック

2006261

コストコで買った赤ワイン。
アルゼンチンのワインは好きなので、ついつい買ってしまう・・・

注いでみると、いやー濃い色だな~
これはきっと味も相当濃いに違いないと思ったのだけど・・・

見た目の濃さよりは濃くなかったですね。
もっと濃くてもいいくらい(笑)。
いやでも、これはいいですね。好きな味です。


見た目の濃さより濃くないワイン。

2020/06/25

レ・コンケ ブラン

2006251

フランス、ラングドッグの白。
ラングドッグってあまり白のイメージなかったけれどあるんですね。
品種はグルナッシュ・ブラン60%、ソーヴィニヨン・ブラン40%。
ふーん、グルナッシュにもブランがあるんですねぇ。

注いでみると、薄い黄色みがかった色。
飲んでみると、わずかに酸味があるけれど、すっきりした飲み口。
これはどんどん飲んじゃうタイプのワインで危険ですね(笑)。

2020/06/24

ダーミナ サンジョヴェーゼ プーリア

2006241

イタリア、プーリア州の赤ワイン・サンジョヴェーゼ種で、勝手にもっと濃いイメージだったのだけど・・・

よく言えば穏やか、悪く言うとちょっと薄い、よく言えばフルーティ、悪く言うとちょっとコクがない・・・
というなんとも・・・なワイン。度数が11度と低めなので仕方ないのかもしれないが・・・

まあ激安ワインなので文句は言えませんがね。いや、値段からしたらアリだと思いました。

 

2020/06/23

シャトー・デ・モワンヌ・メノダン ボルドー・シュペリュール

2006231

ボルドーの赤。
飲み始め、ちょっと角があるかなと思ったがすぐになくなった。
メルローにちょっとだけカベルネ・フラン?

スイスイ飲めるワインであります。

2020/06/22

クイーン モン・ペラ ルージュ

2006221

成城石井とボルドーのシャトー、デスパーニュが共同開発した赤ワイン。

飲んでみると、ん?ボルドーにしては濃くないですね。12.5%と度数が高くないないからだろうか?
品種はメルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フランとのことだが、メルローがかなり勝ってる気がする。

悪くはないけれど、好みはもうちょい濃い感じかな~
まあでもこれ、お料理は選ばない感じでよいかも。

«サッポロ サクラビール 2020

twitter

google


  • Google

    WWW
    ブログ内

amzon