2023/01/27

第95回アカデミー賞ノミネート

やって参りました!アカデミー賞の季節。
最近、映画から遠ざかってしまっているので、何の根拠もないけれど、またまた勝手な予想を。


〈作品賞〉
今年は10作品のノミネート。
本命は「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」。本来候補に挙がらなそうな映画だけども・・・
対抗馬は、「イニシェリン島の精霊」。この映画の方がアカデミーに好まれそうではある。
穴は「フェイブルマンズ」。スピルバーグがいかにしてスピルバーグになったか。これは興味あるな。


〈監督賞〉
本命は「フェイブルマンズ」のスティーヴン・スピルバーグ。3度目も十分ありそうだ。
対抗馬は「」のダン・クワン、ダニエル・シャイナート。作品賞がいけばあるいは!
穴は「TAR ター」のトッド・フィールド。

〈主演男優賞〉
本命は「イニシェリン島の精霊」のコリン・ファレル。やんちゃだったこの人も落ち着いた演技が出来るようになったんだなあ。
対抗馬は「ザ・ホエール」のブレンダン・フレイザー。見事復活!ハムナプトラシリーズ大好きだった。
穴は「生きる LIVING」のビル・ナイ。演技が渋い!

〈主演女優賞〉
本命は「TAR ター」のケイト・ブランシェット。作品ごとの園児分けがすごい。すでに2度受賞しているけれど、3度目もありそう。
対抗馬は「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」のミシュエル・ヨー。アジア系初の受賞なるか?アクションやコメディのイメージが強い人ですね。
穴は「フェイブルマンズ」のミシェル・ウィリアムズ。いつかは受賞するだろうなあ。

〈助演男優賞〉
本命は「フェイブルマンズ」のキー・ホイ・クァン。グーニーズやインディ・ジョーンズの彼が復活!これはうれしい。
対抗馬は「イニシェリン島の精霊」のブレンダン・グリーソン。大ベテランだけど、クァンが圧倒的かも。
穴は「フェイブルマンズ」のジャド・ハーシュ。こちらも大ベテラン。

〈助演女優賞〉
本命は「ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー」のアンジェラ・バセット。ゴールデン・グローブ賞を受賞して勢いに乗ってる。
対抗馬は「イニシェリン島の精霊」のケリー・コンドン。前哨戦では当初強かったようだけど・・・
穴は「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」のジェイミー・リー・カーティス。初ノミネートなんですね。個人的にはあげたいところ。

授賞式を楽しみに待ちましょう。

2023/01/26

渡邊佐平商店 純米吟醸 日光誉

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日光街道、今市宿の道沿いにある酒蔵のお酒。
歩いた際に購入したもの。

飲んでみると、やや甘めかな。
けれど、くどいわけではなくて、くせがなくとても飲みやすい。
お料理はさっぱりしたものでもいいし、がっつり系でもいいんじゃないかな。

街道歩きをしていて、酒造があるとうれしくなりますね。

2023/01/25

姫街道歩き(第2回) 和田辻~嵩山宿~三ヶ日宿~都筑駅4

(3より続き)

しばらくしてようやく国道脱出!

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またまた秋葉山常夜燈鞘堂が。

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鞘堂自体は明治のもののようだが、常夜燈は大正5年のもののようだ。

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みかんの流通センターやJAなどの建物が続き、みかんをのせたトラックも頻繁に行き交って、とにかくみかんの街だなあと思う。

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昔三ヶ日高校だったところにはJAがある。

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宇利山川を宇利山橋渡る。
釣橋川に合流する。

釣橋川橋との間に公園があり少々休憩。

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水仙のいい香りが漂う。

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浜松市に入ってから全然マンホールがなかったが、ようやく発見。旧三ヶ日町のマンホールである。
浜名湖に浮かぶヨット、瀬戸橋、町の花みかんの花と実が描かれている。

いよいよ三ヶ日宿に入ってきた。
本陣1、脇本陣なし、旅籠4。

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遺構は何もなく、本陣跡の説明板も見逃してしまった・・・

そろそろ帰りの電車が気になるところだが、がんばれば次の駅都筑で3時半すぎの電車にもしかして乗れるかも?とペースアップ。といいつつ、寄り道して三ヶ日製菓でみかん最中を買い求める。

大急ぎで街道に戻り先を進む。

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三ヶ日一里塚址の碑。71里目。

さらに先に進んだところで痛恨のミス!
整体院のところで左に進むべきところ、右へ行ってしまった!
国道まで行って間違いに気づいたが、元々ギリギリ間に合うかというところだったので、もう間に合わないことは確実。1時間後の電車をめざしてゆっくり行くことにする。

整体院のところに戻ってみると、ちゃんと案内板があるではないですか・・・

ゆるやかな坂道を上がっていくと高札場跡と茶屋跡の説明板があった。

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片山竹茂墓(は見つからなかったが)の方に上がっていくと、猪鼻湖が見えた。猪鼻湖は浜名湖の支湖。大崎半島で浜名湖と仕切られ、幅120メートルの瀬戸水道で浜名湖に通じている。

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今度は坂を下っていくと田んぼが広がっており・・・

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その先はまたまたミカン畑。
道は大里峠へ向かって登っていく。
この道は高速道路で分断されていて、いったん大里橋で高速を渡る。
大里峠の案内板があったが、行き止まりとのことだった。

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今度は高速の下を通ってまた南側へと戻ってくる。

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仇討説明板(嘉永5年(1852)の仇討ちのお話)を通り過ぎ、御殿道との分岐でこの日の街道歩きは終了。
家光が休憩所として、寛永3年(1626)浜名湖に面した野地城にお茶屋御殿(野地城御殿)を建てた。寛永11年(1654)の上洛の際、行きも帰りも姫街道を通り、野地城御殿で昼休みをとった。姫街道から南に分かれて野地城址まで続く一本道を、今でも御殿道と呼んでいるのだそう。家光以降、将軍があまり上洛しなくなったため、廃城となり建物は新居関所に移されている。

この御殿道を南下、都筑駅に向かう。

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駅舎があるのは南側なので、踏切を越えぐるりとまわって駅へ。4時到着。

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ここにある公衆トイレは水色の象。他の天竜浜名湖鉄道の駅にあるトイレもみかんとかうなぎと牛とかあるらしいけれど、ここが象なのは、次回歩く引佐峠への途中に象鳴き坂があるから。

パン屋さんのイートインで電車を待ちたいところだったが、混んでいたのであきらめて駅待合室で待つ。

4時31分発の一両編成の電車に乗り、新所原駅到着5時。ちょうど日が沈むところだった。
5時17分発の東海道線を待つ間が寒くて寒くてすっかり体が冷え切ってしまった・・・

浜松駅到着5時41分。
改札を出て、まずは新幹線の切符を買う。次のこだまよりその次のひかりの方が早く到着するのでそちらを。

おみやげやさんでお酒とうなぎパイのおみやげを買い、駅弁も購入(あとで、改札内のお弁当やさんを見たら残り2つだったから、やはり外で買っておいてよかった)。

改札内のコンビニでビールを買い、6時17分のひかりに乗り込む。

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この日の駅弁は、浜松三ヶ日牛&遠州しらす弁当。2種類の味が楽しめてよい。久々の静岡麦酒もおいしかった。

東京到着7時42分。
帰宅は8時半すぎだった。

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この日のおみやげ。
三ヶ日みかんはお裾分け。

次回も助っ人を加えて引佐峠を越えます。

約37000歩。

(完)


マップはこちらを使っています

2023/01/24

姫街道歩き(第2回) 和田辻~嵩山宿~三ヶ日宿~都筑駅3

(2より続き)

体がすっかり冷えないうちに出発。

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ごくごく短い距離、旧道があり、そこに弘法堂(太子堂)がある。
2体の弘法大師像。

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国道を渡って、下り坂の旧道へ。

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とにかく、みかん畑・・・である。
それほどなっていなくて、地面にたくさん落ちているので、もう収穫が終わったということだろう。

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お、なってると思ったら、いよかんか何か?だろうか。

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高札場跡に秋葉常夜燈鞘堂がある。常夜燈は文化4年(1807)のもの。
どうやら石垣の土台の上に高札場があったようだ。

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ちょっと寄り道。橘神社。
平安時代の初期三筆の一人として著名な橘逸勢を祀った神社である。
逸勢は承和9年(842)伴健岑(とものこわみね)等と皇太子恒貞親王を奉じて叛を謀ったとのことで伊豆に配流の途次遠江国板築駅に於いて病没其の地に埋葬された。随行した逸勢の娘、妙沖尼は墓畔に庵を結び父の冥福を祈った、とのことだ。

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筆塚と妙冲尼観音。

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妙冲尼の孝行を称えた旌孝碑。

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急な石段をさらに登る。

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本殿。
横にさざれ石のようなものがあったのだが、これがどうやら橘逸勢だったらしい?うーむ、撮りそびれてしまった・・・

街道に戻る。

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本所関所跡。
戦国時代から関所が置かれ、江戸時代、幕府により新居関所とともに整備されたが、寛永元年(1624)気賀関所が置かれると、ここは廃止されている。

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国道に合流するが、すぐ先の崖の上に旧道が残っており、そこにあるのが本坂一里坂である。72里目。
北側の塚は現存。南側の塚は大正4年(1915)、本坂隧道開設のため崩され復元されたもの。

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一里塚前にはずらりと馬頭観音が並ぶ。

再び国道に合流、しばらくは国道歩きだ。

板築駅跡(古東海道の駅家で、海側を通っていた猪鼻道が天長10年(833)の大地震で崩壊し、承和10年(843)に復興するまでの間の10年あまり存在)を通り過ぎ、少し進んだ先に二宮金次郎像。

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二宮金次郎があるとついつい写真を撮ってしまう。
元々小学校の分校があった場所で、戦時中に供出されてしまったため、戦後作り直されたもの。

華蔵寺に寄る。

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山門。

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植栽で作られた門と本堂。

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十王堂。

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大日堂。
板築駅の説明板の近くにあった道標が保存されているとのことだったが見つからなかった。

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長屋門が遺された家がある。
門屋と言われていたしょうや、鈴木家の屋敷跡地だそうだ。

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少し先左側に秋葉山常夜燈鞘堂。

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夜燈はちらっとしか写っていないけれど、木製だ。

(4へ続く)

マップはこちらを使っています

2023/01/23

姫街道歩き(第2回) 和田辻~嵩山宿~三ヶ日宿~都筑駅2

(1より続き)

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嵩山一里塚が現れた。73里目。
両塚とも現存。唯一完全な形で遺されている。
何かの調査が行われていて、片側(西塚・豊橋市指定史跡)だけ撮影。

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すぐに旧国道に出る(この後も何度か横切ることになる)。

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渡った先の姫街道碑。

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茶旧川に架かる茶旧川橋。

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茶屋場跡・・・なのだが、茶の字が・・・

嵩山七曲がりと呼ばれるところにさしかかったのだが・・・七曲がり以上ありますね~

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水場。あまり水は流れていないが、かつては旅人が喉をうるおしたのでしょう。

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ケルンが築かれていて、我々も3つ重ねてみる。

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弘法水。
昔、弘法大師がこの地を訪れた際、喉を潤したとされる言伝えがあるそうだが、本当に通ったのかな・・・

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ほどなく、本坂峠到着。328メートル。姫街道最高地点。風が吹き抜けて寒い。
それほど大変な登りではなく、ここまではトレッキンポールなしできたが、下りは使用することとする。

静岡県に入った。

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少し下っていくと椿の原生林が現れた。樹齢200年以上のものもあるという。
1~3月に咲くというので、多少は咲いているかなと期待していたのだが・・・
確かに少し咲いてはいるのだけど、高い位置にあって、撮影しづらい・・・

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ピントをあわせるのが難しい。

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こちらの方がよく撮れてるかな?

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ベストショットはこれ。

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が、実は下に落ちている椿の方がよく撮れていたりして・・・

下りは石畳だ。原生林に入る前にも横断した旧国道をまた横切る。

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大きな松ぼっくりをたくさん見かけた。
大きな松ぽっくりができる木の種類は結構あるらしいのだけれど(30センチなんてのもあるらしい)、これはなんだろうなあ・・・10センチ近くはあったのだけど。

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鏡岩。
高さ4m、幅10m。昔は光っていて旅の女性たちがこれを鏡にして身づくろいをしたというが、鏡がわりになるものだろうか??
石畳は少々降りづらいのだが、この石畳は昭和34年、電話線を敷設する際にケーブルを押さえるために敷かれたものなのだそう。

突然視界が開けると、みかん畑が現れた。

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富士山の形をした東屋も見える。

ついに国道に出た。

上から見えたこの東屋でお昼ご飯にすることにする。

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おにぎりと、味噌汁、いちご。熱々のお湯を入れたのだけれど、あっという間に冷める。
陽は当たっているのだけれど、時折吹く強い風が冷たく、ささっと食べる。
しっかり押さえていないと、いろんなものが飛んでいってしまう・・・


(3へ続く)

マップはこちらを使っています

2023/01/22

姫街道歩き(第2回) 和田辻~嵩山宿~三ヶ日宿~都筑駅1

第2回の姫街道歩き。
今回はそれほどの難所ではなさそうではあったが、峠越えということで助っ人を頼むことにした。というわけで土曜日。
翌週はかなり寒くなるので無理、でもこの土曜日ならばギリギリ大丈夫であろうということで出かけることにしたのだが・・・
予想以上に風が強く、寒い一日となった。

前回と同じ東京駅6時21分のひかりに乗る。

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豊橋到着は7時48分。
バスの時間が8時22分なので少々待ったが、やはり寒い。

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バスはちょっとだけ遅れて8時55分頃和田辻東バス停に到着。
ここから歩きスタート。
気温が低いのもあるけれど、風もあって、いつもなら歩き始めるとすぐに暖かくなるのが、なかなか暖まらない。

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少し歩くと長楽(ながら)一里塚碑があった。74里目。

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その先に、秋葉常夜燈。
手前には自然石の道標があり、「左豊橋 右豊川」と刻まれている。

この先で100メートルほど旧道を歩いてまた国道に合流。

しばらく歩いて長楽鉱山(前回ずっと見えていた削れた山は鉱山だったのだ・・・石灰石の採掘がされているそう)入り口と反対の右に入ると、大きな檜が見えてくる。

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長楽の檜(地蔵檜)である。

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鉄柱で支えられている。

幹の周囲が目通りで約5.2m、樹高は約10m、枝張りは約13m、樹齢は約300年だそう。

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落雷のため根元が空洞になっている。尖端は枯死しているそうだ。

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地蔵堂。

街道に戻り、また少し旧道を歩く。

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筆の里?
江戸時代より伝わる豊橋筆の工房らしい。

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豊橋って筆が有名だったのか・・・

この先で旧道に入る。
嵩山宿である。
明和元年(1784)に東海道と同格の宿駅に指定された。本陣1、脇本陣なし、旅籠11の小さな宿である。
宝永4(1707)の大地震と津波で東海道が通れなくなると、旅人は姫街道を通ったが、村の農作業もままならなくなり通行禁止を願い出た。

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すぐのところに、煉瓦塀で囲われた秋葉常夜燈があった。文政10年(1827)のもの。

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ん???カエルさんもいますね。

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屋号札があった。割と新しめですかね。

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これはなんと読むんでしょう?

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夏目本陣跡を通り過ぎ、進むと藤上公会堂(このあたりは近距離にいくつも公会堂があった)の前に姫街道碑があった。「東 本坂峠 西 嵩山宿」と刻まれている。

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横には嵩山七曲がり付近で詠んだという香川景樹の短歌が刻まれている。
「ましらなく 杉のむらたち 下にみて 幾重のぼりぬ すせの大さか」

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次第に山道になってきたが、まだ舗装路。

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「左ふどうさま」の道標のあたりから、土の道に。
不動滝は時間の関係でパス。

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随所にこうした道しるべがあって、迷わずに登っていける。

(2へ続く)

マップはこちらを使っています

2023/01/21

神沢川酒造場 正雪 大吟醸 無量寿

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酒屋さんで日本酒を買おうと物色したいたところ、正雪のラベルが目に飛び込んできた!

この酒蔵は、東海道を歩いた際に訪れて、とても印象深かったところ。
迷わず、こちらを購入。

正雪という名前は、由井正雪にちなんだもの。
「時代に逆らってまで正直に生きた気骨の兵法家、由井正雪の名に恥じず、ただ一心に杯のすすむ酒をめざしています。」とのこと。

飲んでみると、香りがまずきて、これがなかなかいいんですね。
味はというと、わりととがった感じがあって、渋みも苦みもある。
きりりとしたお酒でありました。

2023/01/20

黄桜 ラッキーラビット LUCKY RABBIT

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毎年出る黄桜の干支ビール。
ゲットできなかった年もあるけれど、今年は首尾よくゲット!
ちゃんと年が明けてから飲みました。

注いでみると、かなり濃い色。
飲んでみると、うーん、ホップがすごく香りますね。そして、結構な苦み。一瞬、IPAかと思ったほど・・・
白ワインのようなフルーティなアロマ・・・というのはわからなかったけれど、なかなかよいです。

来年も是非飲みたいな。

2023/01/19

姫街道歩き(第1回) 御油追分~和田辻5

(4より続き)

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三明寺に寄る。
大宝2年(702)の創建。平安時代に焼失したが南北朝時代に再興された。通称豊川弁財天。

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鳥居。

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観音霊場石仏・馬頭観音・地蔵菩薩などが並ぶ。

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三重塔。重要文化財。
享禄4年(1531)の建造で、総高14.5mの柿葺。一層、二層を和様に、三層を禅宗様にしたのが全国的にも珍しいのだそう。

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弁天橋(神橋)。

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豊川弁財天堂拝殿。

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弘法堂。

先に進む。

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霞堤へ。
堤防の数か所に切れ目をつくり、豊川の水位が増すと、その切れ目から堤防内に水を入れて、広い田や畑に誘水し、一時的に水を溜め、川の水位が下がった時に減水させるようになっていたという。
っこのあたり、洪水が多かったのですね。
今でも切れ目はあるらしい。

三谷原神社を通り過ぎ、古川を渡って旧道へと入る。

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「時ハ吾人ノ生命ナリ」と刻まれた常夜燈。

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文政2年(1819)の秋葉常夜燈の奥には秋葉神社があるのだが、石積みの上にある。
洪水が多かったためらしい。

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当古の渡し場に突き当たった。
当古村はかつて渡しの船宿と豊川の船運の港として栄えたが、豊川鉄道が通ることとなり、廃れてしまった。

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豊川を当古橋で渡る。

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豊川、きれいな川だ。

ここで豊橋市に入る。

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豊橋市のマンホール。
朝日のなかを船が三河港を出港する姿から人・緑・街をデザインした・・・ものだそう。

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小倉橋で牟呂用水を渡った先の段上に馬頭観音と弁慶首塚松碑がある。
大正時代の馬頭観音とのことだが、馬がかわいい。
弁慶首塚松碑の方は、かつてここに弁慶塚があり、直径7尺の松の木が二本あったものの、一本は明治26年4月に倒れ、もう一本は明治32年9月に倒れたのだそう。
向かいの崖の上は南北朝時代の高井城址とのことである。

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消火栓は手筒花火。

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そしてこの日のゴール和田辻東バス停に到着。
もう少し先まで歩けるのだが、この先はバスがあまりないため、ここで終了。
バスで豊橋駅に出る。

駅ビルでおみやげを買い、壺屋で稲荷寿しを買う。
もう少し待ってひかりに乗った方が早く着くのだが、確実に座って帰りたいということでこだまに乗る。

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5時半すぎたところで夕食タイム。
夕食の稲荷寿しは季節の稲荷。普通のおいなりさんの他、帆立うま煮、かに、黒豆と酢蓮根、野沢菜とゆず。ビールで乾杯!

東京駅でも順調に乗り継ぎ、帰宅は8時だった。

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おみやげは、豊川稲荷門前の宝珠まんじゅう、豊橋の四海王ワンカップ、そして黄色いゼリー。このゼリーは東海道を歩いた際に買いそびれていつか買いたいと思っていたもの。井上靖のしろばんばに出てくる日向夏のゼリーだ。

約40660歩。意外と歩きました。

次回は助っ人1名を加えて本坂峠を越えます。

(完)

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2023/01/18

姫街道歩き(第1回) 御油追分~和田辻4

(3より続き)

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神社系とは違って赤い鳥居が続いているわけでなく、のぼり幟が並ぶ。
どのくらいあるのだろう?
数の多さから通称千本幟と呼ばれているそうだ。

万堂へ。

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七福神。

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毘沙門天。

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宇賀神様もいた。

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弘法大師も。

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おびんづるさま。

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大黒堂。

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霊狐塚にも行ってみる。

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狐が並んでいるが、よくよく見ると顔は何パターンかあるんですね。

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怖い顔のもある。

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すごい数の狐だ。

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圧巻。

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年々増えていくのだろうか。

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奥の院。文化11年(1814)建築。彫刻が素晴らしい。

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三重塔。

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池に鯉がいたが、あまりガツガツしてなかった。十分餌がもらえてるのだろうか。

いやー、豊川稲荷、見所の多い所でしたね。

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街道に戻り、姫街道踏切を渡る。

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ちょうど飯田線が通っていった。

(5へ続く)

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