【プラド美術館所蔵 ゴヤ-光と影展】
art-32 【プラド美術館所蔵 ゴヤ-光と影展】 国立西洋美術館
「着衣のマハ」40年ぶりの来日!
ということで、行って参りました、ゴヤ展。
入口ではそんなに混んでいるように思えなかったが、中に入ってみると結構な人の入り。
ちっちゃな作品が多かったこともあって、結構鑑賞が大変。
展覧会は、細かく14のパートにわかれる。
Ⅰ かくある私-ゴヤの自画像
まずは、自画像から。
友人?にあてた書簡に描かれた自画像が戯画化されておもしろいが、晩年のくたびれたような怖いような自画像も印象的。
Ⅱ 創意と実践-タピスリー用原画における社会批判
初期の頃の絵。
庶民の生活を描いているということもあって、わかりやすいし、色遣いも鮮やか。
「日傘」、これはプラドで見たという明確な記憶あり。
猫っぽくないが、「猫の喧嘩」、これは好き。
Ⅲ 嘘と無節操-女性のイメージ:〈サンルーカル素描帖〉から私室の絵画へ
早くもここで「着衣のマハ」が登場。
間近でみるとやはりいいですね。でも、やっぱり「裸のマハ」と見比べてみたかった・・・
贅沢な希望ですが。
異様な雰囲気の「魔女たちの飛翔」の他、素描帖A,B、ロス・カプリーチョスの作品たちに中にも不思議なものがたくさん。
Ⅳ 戯画、夢、気まぐれ-〈ロス・カプリーチョス〉の構想段階における自由と自己検閲
Ⅴ ロバの衆:愚鈍な者たち-〈ロス・カプリーチョス〉における人間の愚行の諷刺
Ⅵ 魔物の群れ-〈ロス・カプリーチョス〉における魔術と非合理
ロス・カプリーチョスは版画集。
聖職者の堕落を批判した作品、特権階級にいる人々を痛烈に皮肉った作品・・・
全部が理解しやすいというわけではないが、丹念に見ていくとなるほどねと思う作品ばかり。
愚鈍の象徴であるロバが登場する作品たちは、ユーモアの中に皮肉がこめられていてなかなかおもしろい。
Ⅶ 「国王夫妻以下、僕を知らない人はいない」-心理研究としての肖像画
ゴヤの肖像画、非常に出来がいい。
迫力もあるし、おそらく相当リアルだったに違いない。
Ⅷ 悲惨な成り行き-悲劇への眼差し
ナポレオン侵攻後の戦争はスペインを混乱に陥れる。
ゴヤの作品にも戦争の影響は色濃く出ていて、版画集「戦争の惨禍」は非常に暗く重い。
この並びにあった「死せる鳥」という絵は、よく見ると死んだ鳥が折り重なっていて、戦争のイメージと重なる。
Ⅸ 不運なる祭典-〈闘牛士〉の批判的ヴィジョン
続いて作られた版画集「闘牛士」。闘牛の派手さ、華やかさを描いたものでなかったためか、商
業的には失敗したそうだが、このシリーズ、いいと思う。
テーマは、「戦争の惨禍」にも通じるものがあって、暴力と死の空しさが伝わってくる。
よくよく見るとあまり気持ちがよくない絵もあることは確かだが・・・
Ⅹ 悪夢-〈素描帖C〉における狂気と無分別
素描帖もCまでくると、だいぶ不可解になってくる。
ⅩⅠ 信仰と断罪-宗教画と教会批判
「無原罪のお宿り」の絵があったのにびっくり。ムリーリョじゃないの?
絵自体も言われなければゴヤとはわからないし、これはちょっと異質な感じ。
ⅩⅡ 闇の中の正気-ナンセンスな世界の幻影
ⅩⅢ 奇怪な寓話-〈ボルドー素描帖G〉における人間の迷妄と動物の夢
ⅩⅣ 逸楽と暴力-〈ボルドー素描帖H〉における人間たるものの諸相
版画集「妄」、素描帖G,H。
ひたすら、暗く、グロテスクで、異様。
晩年のゴヤの狂気とも思える内面をかいま見るようで怖い。「黒い絵」に通ずるものがある。
と、最後は重々しく終了。
ゴヤの若い頃から晩年の作品まで、その心の変遷がわかるような構成がおもしろい。
そして、素描をたくさん見られるという点で貴重。
ただし、マハのような絵ばかりあると思っていくと、がっかりするかもしれません・・・
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