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2016/10/03

大山街道歩き(用賀~鷺沼)

先週大山街道を歩いた。
用賀~鷺沼という、なんとも中途半端な区間だが、これは母親が何人かで大山街道歩きをしていて、この区間だけ参加できなかったため、一緒に歩くことになったから。
歩いた日は、30度以上。いやはや暑かったよ・・・

用賀スタートは10時5分。
スタート地点からどっちに行くかまずわからず、Googleマップで確認。
「ホントに歩く大山街道」という本の地図を見ながら歩いたわけだが、これだけで歩くのは結構困難かと。

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用賀の駅から首都高をくぐって二又の分岐点に延命地蔵。
今回は左の行善寺線の方を行く。
という名のとおり、行善寺というお寺がある。江戸時代、眺めがよく玉川八景と呼ばれたそうだが、残念ながら今は建物だらけ。それでも、うっすら大山が見えたのだった。確かに昔は眺めがよかったに違いない。
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行火坂と書かれた石碑を左に上がっていくと法徳寺というお寺があるが、ちらっと見ただけで再び直進。坂を下ったところが六郷用水(丸子川)で、調布橋を渡る。江戸初期に作られた水路である。

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ほどなくして二子玉川駅の近くに着くが、多摩川べりまで行ってみることに。切り通しをを通って川まで出たが、二子の渡し跡の石碑が見つからない・・・と思ったら、土手にあるわけではなく、手前の通りの福祉作業所の入り口のところにあったのだった。
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現代では、渡し船がないので、二子橋を渡るしかないのだが、かなり気温が上がって暑かったため、ちょっとずるをして一駅電車に乗ることにした。二子玉川、久々にきたがずいぶんと変わりましたね。
二子玉川と二子新地間はあっという間で電車で涼しい思いが出来たのはほんの一瞬。再び歩きはじめる。

二子の渡し場入り口と書かれた看板の少し先にあるのが二子神社。
入り口の鳥居の脇に常夜灯があるはずだったが見当たらない。奥かと思ったがやはりない・・・どうも夏の期間しかないらしい。
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そして、その敷地内にあるのが岡本かの子文学碑で、岡本太郎作である。いかにもなモニュメント。川端康成直筆によって刻まれた碑もあった。

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街道に戻ると、そこかしこにステッカーが貼ってあるし、道路には小さな青い石が埋め込まれていて大変わかりやすい。
少し進むと光明寺というお寺がある。このお寺は、若くして亡くなったかの子の兄大貫雪之助のお墓があるという。
ちょっと通りすぎてしまったが、手前に大貫権之丞のお店だった大和屋の建物があり、その向かい側はもと大貫病院(かの子の実家、太郎の生家)があった場所で今はマンションとなっている。

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さらに歩くと高津図書館内に国木田独歩の碑があり、碑文は島崎藤村が書いたものとのこと。隣の隣の古い建物が田中屋呉服店で、釘を使用しない造りの建物。
交差点を渡ると田中屋秤店がある。残念ながら今は新しいビルとなっているが、川崎で唯一の秤やさん。中をのぞいてみると、今もありとあらゆる秤を売っているようだった。
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その一軒隣が灰吹屋。昭和35年まではこの蔵がお店だったそうだが、街道には薬屋があまりなかったため、昔は繁盛していたらしい。

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そしてその先には大山街道ふるさと館がある。
街道の歴史や動物、民具、衣類などを紹介した展示室があるが、閑散としていた。なんかもったない空間である。
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川崎信金の前にこんな看板があったので、参詣の折に納めた太刀はこのくらいの大きさで一人で持てるものかと思ったが、展示を見るとかなり大きなものもあって、これは何人かで持たないと運べないサイズのようだった。
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益子焼で有名な濱田庄司の生家(大和屋)、岩崎酒店、丸屋の先に二ヶ領用水(家康が作らせた水路)があり、大石橋がかかっている。
ここで、12時をだいぶ回ったので、昼食にすることにしていったん街道からはずれ、溝の口の駅前に出て昼食。
カプリチョーザでイタリアンのランチセットを食べた。
気温はさらに上がっており、冷房がありがたい。

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十分休んで再び出発、街道へと戻り、まずは溝口神社へ、そして宗降寺へ。立派な山門である。芭蕉の句碑があるとのことだったが見つからず(どうやら入って左手にあったらしい)。濱田庄司の墓もあるとのこと。

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南武線の踏切を超えると庚申塔があり、旅人の道標もかねていたという。よく見ると、見ざる、言わざる、聞かざるが表されている。

交差点を渡ると緩い坂道になり、ねもじり坂の案内板を左折すると、旧道に入る。道なりに行くと新道でこちらの方が緩やかなようだったが、旧道の方は結構な坂道だ。坂があまりに急で腹が減るので、腹減り坂とも呼ばれていたらしい。

坂を登り切ったところに笹の原の子育て地蔵があり、やがて246にぶつかるの歩道橋を渡る。少々歩いたところで(この頃雨が降り始めていた)、暑さにやられ(すごい湿度だった)、思わずローソンでアイスを買ってしまった。ここで少し生き返る。

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気を取り直して、宮崎中という信号で左に入ったところに宮崎大塚があるはず・・・だったのだが、見つからない。諦めかけたところで、Googleマップで見てみると、なんとそんなところにあったか!フツーのお宅の庭かとおもったところがそうだったのだ。こりゃ、この本だけじゃわからないなあ。スマホ必須である。
この塚、古墳なのかなんなのかわかっていないらしい。

再び街道に戻り、庚申坂を下り、宮崎第二公園~宮崎双葉幼稚園を通り、八幡坂を下って宮前平駅の方へと向かう。このあたりは、昔の大山街道とは違う道である。

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駅前に石段があり、そこが八幡神社。
庚申塔を横目に見つつ、100段あまり石段を上る。
ここの狐は巻物と玉をくわえていた。

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尻手黒川道路を渡り、レンタカー屋に沿って進み左折、ガードをくぐると竹藪が見えてくる。そこから坂を上がる。
暑く、だいぶくたびれてきたので、小台公園にて休憩。ペットボトルの水を飲み干す。指の付け根を蚊に刺されてかゆい・・・

水を飲んで復活したのでそのまま進んでいくが、少し行って道が違うことに気付いた。なんだかぼーっとして進んでしまったが、公園の手前を右に入らねばならなかったのだ。
緩やかな坂を登り切ったところに四等三角点があるはずだったが見つからず・・・もう必死に探す気力はなかったので、そのまま下っていく。

ファミマで炭酸水を買い(とにかくのどが渇く・・・ホントはビールが飲みたいところだったけどね)、鷺沼駅へ。
到着は4時過ぎだった。
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帰宅は5時半前。
約28000歩(16キロあまり)、よく歩いた一日でありました。
街道歩きもなかなかおもしろいですね。

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