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2017/07/11

東海道五十三次歩き(第6回) 江尻~府中2

(1より続き)

もうすぐ11時半。ちょっと早めではあるが、ここを出ると昼食場所を見つけるのは難しそうなので、駅近くで昼食にすることにする。
アーケードの途中にあるおにぎり屋さんのイートインにて。アーケードは七夕祭りの準備中。ここのイートインも翌日からその準備のため利用できなくなるところだった。ぎりぎりセーフ!

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おでんコーナーから自分でおでんを入れ物にいれ、青のり、だし粉をかけ(味噌はパス)、おにぎりを選んでいただきまーす!しぞーかおでんとおにぎりの昼食。
おでんは、大根、卵、なると、牛すじ、黒はんぺん、じゃがいも。
おにぎりは、ワタクシがたぬき、しらす、母親が梅じゃこと鳥飯。
おでんももちろんおいしいけれど(じゃがいもがgood)、おにぎりもおいしいし、リーズナブル。たぬきおにぎりが意外なおいしさで今度家でやってみよう!

さて、いよいよ東海道歩き再開。前回のゴールからスタートである。
まず現れたのは、江浄寺。
信長が家康を試して自害させた信康の墓があるお寺であるが、なぜか入り口が閉まっていて入れない。

少し進んだ角あたりが脇本陣跡で、鉤型に右折。ここからが江尻宿の中心だが、今は静かな商店街。
途中左に曲がって橋を渡るのだが、ちょっと寄り道。
直進すると魚町稲荷神社がある。
武田信玄の過信でのちに家康に仕えることになった穴山梅雪が造った神社だら、なんといっても石で造られたサッカーボールが目立つ。
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日本少年サッカー発祥の碑だそうで、サッカー神社と言われているらしい。
お隣の小学校が江尻城跡だ。

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元の道に戻り、巴川を稚児橋で渡る。四隅にはかっぱの像があり、そのうちの一つはきゅうりを持ってる!かっぱはキュウリがすきですもんね。
川の渡り初めに、河童が渡ってさっていったという伝説があるらしい。

橋を渡って、右側に船高札の説明版が、左側の料亭の前にかっぱの腰かけ石がある。
久能道との分岐を右に行くのが東海道。

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すぐ先に法岸寺があり、ここには浄瑠璃「朝顔日記」深雪のモデルと言われた人の墓がある。

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向かい側の東明院の山門は立派。
江尻城が廃城になる際、家康から裏門を下賜されたものだが、火事で焼け、1831年に再建されたもの。
そのすぐ先の慈雲寺は芋和尚で有名とのこと。白隠に学んだ長泉和尚が、やせ地で困窮していた三保の農民に甘藷の栽培を広めたことからその呼び名がついたらしい。

ここで江尻宿を出る。
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有名な羊羹のお店、追分羊羹のすぐ手前に「是より志三づ道」と書かれた道標があり、清水港へと至る道が分岐している。
一口羊羹でも買って帰りたいところだったが、この日は結構暑くずっと持って歩くのはなんなので諦めた。

1時を過ぎてかなり暑くなってきており、延寿院で少々休憩しつつ、Tシャツ1枚になる。休憩ポイントまであと少し!

清水といえば、ちびまるこちゃんにサッカーにそして清水の次郎長。
ここに、森の石松を殺害した都田吉兵衛を次郎長一家が仇討ちした供養塔があった。あいにくと、次郎長についてはあまりよく知らないのだけど・・・

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金谷橋を渡ってすぐのところに姥ヶ池と弁財天が。
昔々、ひどい咳が止まらない子の姥が子供の代わりに池に入水し、これによって病気が治った・・・その後子供の親である長者が社を建て、ひどい咳に苦しむ子供がお祈りするとたちまち治ると言い伝えられているところ、だそうである(ただし、東海道名所図会には別の説が書いてあるとのこと)。
(続く)

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