東海道五十三次歩き(第5回) 日本橋~大森4
(3から続き)
その先で運河に出てみる。
ちょうど犬の散歩の時間らしく、たくさんの犬が。水辺に出るとちょっと気持ちいい。
ちっちゃな公園の中に浜川砲台の大砲があり(土佐藩が鮫洲に屋敷を持っていたので砲台をここに造った)、仲町稲荷神社の隣の公園には若き日の竜馬像が建てられている。
ここからすぐの所に浜川橋。別名涙橋という。鈴ヶ森刑場へ行く罪人との別れの場所だったところからこの名前に。
天祖諏訪神社、浜川神社をすぎ、第一京浜に合流するすぐ手前にあるのが、鈴ヶ森刑場跡である。
火あぶりの鉄柱、磔の木柱台石がそのまま残されている。
八百屋お七や天一坊が処刑された刑場だ。
しながわ水族館のそばに、利田神社前の公園にあった鯨の頭のオブジェの対になったしっぽのオブジェがあると聞いたので撮影しようと思ったのだが、はじめどこだかわからず、しながわ区民公園をうろうろ。
ここがとっても立派な公園!猫もいたし。思わず写真をパチパチと撮ってしまう。
で、ようやく見つけました。ホントに水族館の前でしたね。
だいぶ時間も遅くなり、どこまで行くか?
平和島駅の近くに、大黒屋という和菓子やさんがあり、のり大福が名物と聞いて食べたいな~でもこの時間じゃあいてないかも~でも一応チャレンジしよう!
ということでもうちょっと歩くことにする。
第一京浜からまた細い道にはいる。
大きな通りじゃないとホントほっとしますね。
このあたり、大森に入ってきて、海苔やさんがたくさん。さすがである。
しかし、大黒屋はあいていなかった・・・
しかもこの日(水曜)は定休日!あーあ。かなりがっかりしたが、ならばいっそ、もうちょっと稼いでおこう・・・
ということでもう一駅だけ歩くことにした。
内川橋で内川を渡るところにするがや通りという案内板が。
この通りはかつての羽田道で、川崎大師や穴守稲荷に行く道として利用されたそうである。
再び道は第一京浜に合流するが、その手前に一里塚の案内板があるはず・・・
だったが見当たらず。もうだいぶ疲れてきていて熱心に探す気力はなく、大森町駅に到着。
品川まで出て、JRに乗りかえ東京駅へ、そして最寄りの駅まで戻ってきた。
この日はまたまた庄やにて食事を。
生ビール2杯、冷やしトマト、炙りあなご、いわしの刺身。
歩いたあとのビールはおいしいなあ!
歩いた歩数約43000歩でした。
次回は晴れるといいのですが・・・
(完)
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