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2017/08/20

東海道五十三次歩き(第8回) 大森~神奈川宿1

東海道歩き、次回は9月後半になるはずだったのだけど、ワタクシの夏休みで、同居人が仕事の日、そんなに気温も高くなく、でも雨が降るかもしれないという日があったので、急遽歩くことになった。
静岡の続きじゃなくて、雨の日用?の近場である。

前回は、大森町駅でフィニッシュだったのでそこからのスタート。
ひたすら第一京浜を歩くことになる。

まずは貴菅神社と閻魔大王と延命地蔵が置かれている小堂が見えてくる。

1
梅屋敷駅を通りすぎた先が梅屋敷公園。明治天皇行幸所蒲田梅屋敷があったところ。
広重の名所江戸百景にも描かれているところで、和中散という薬を売っていた薬やの山本久三郎という人が梅の木を植えた庭園を造って、茶屋を営んだことにちなむという。
公園としては小さいけれど、昔はもっと広かったんでしょうね。

2
復元された里程標(日本橋から三里十八丁)があった。
この公園の向かいには区立体育館があって、なかなかに斬新な建築だった。

3
呑川を夫婦橋で渡り、京急蒲田駅を通り過ぎて、雑色駅近くにあったのが熊野神社。
昔、若者たちが力くらべをしたという力石があった。おいなりさんもある。

雑色駅を通り過ぎ、しばらくいくと、六郷神社がある。源氏ゆかりの神社だ。江戸名所図会にも描かれている。

54
ん?これはおもしろい狛犬ですねぇ。丸っこくて顔が漫画チック。大田区の文化財に指定されているらしい。
旧六郷橋の親柱もある。

6
梶原景時が寄進したという太鼓橋が見当たらない!
と思ったら、あったあった。こっちが正面だったんですね。

その後細い道に入る。車もあまり通らない細い道に入るとホッとする。

7
六郷土手交差点を右に折れたところにあるのが北野天神。別名止め天神である。
元々は吉宗の馬が暴走したのをとめたというのが由来らしいが、なんでも止めるらしいですね。
千年石、万年石もあった。ボケないですこやかな生涯を長寿でまっとうしたい人はこの石にやさしく触れてと書いてあったので実践してみた。

8
元の道に戻り、階弾をあがって六郷橋を渡る。向こうに競馬場が見える。
川のかなり向こう側で神奈川県川崎市に入った。
橋の両側には船の模型が置かれている。昔はこうした船で渡っていたと思われる。
9

橋を渡りきると川崎宿である。
まずは、明治天皇六郷渡御碑があり、長十郎梨のふるさとの案内版もあった。へー、このあたりが長十郎発祥の地だったんですね。
川崎大師の燈籠もあり、ここから分岐していくらしかった。

10
川崎宿入り口には江戸名所図会にも描かれているハリスも泊まったという旅籠万年屋があったそうだが、今はマンション?になっている。この旅籠は奈良茶飯で有名だったらしい。

川崎宿に3つあった本陣の中で一番古い田中本陣跡。
江戸後期には衰えて、ハリスが宿を万年屋に変えたという。

(2へ続く)

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