東海道五十三次歩き(第9回) 藤枝~金谷4
3より続き
川越遺跡に戻り、札場に続いて川会所へ。
靴を脱いで中に入り見始めたところで、どこからともなく案内人の方が登場(どこにいたの??)。説明を聞く。



川の深さによってずいぶんと細かく値段が設定されていたんですね。
肩車よりは、連台に乗って渡りたいものだ。

朝顔の松公園に寄る。
浄瑠璃で有名な朝顔日記に出てくる朝顔の松がある。
元の木は昭和10年代に枯れてしまったそうで、これは新しく植えられた松?
その公園の向かいにあるのが島田市博物館。
常設展示だけでも見たかったところだが・・・
ここからまだ金谷駅まで行かねばならず、陽も短くなってきているので残念ながら入るのは諦めることにした。

島田大堤を歩いて大井川橋へと向かう。
桜並木で春はきれいでしょうね。
この日は各所で堤を見て、大井川ってホントに洪水が多かったんだなと思いましたね。


いよいよ大井川を越える。
橋は1026.4メートルもあり、渡りきるのに15分近くかかった。
今は水量はそう多くはないみたいだが、昔はさぞ越えるのは大変だったことだろう。
川に沿って少し進み、旧道へと入っていく。
東町水神公園にあった像は中田源蔵という人の像。
この人は、川越制度が廃止され失業した人足のため、私財を投じて援助、政府に牧ノ原茶園の開墾を直訴して実施させた人だそうだ。

その先に金谷川越し跡復元図解説があったが、今は残っていない。大水でほとんどが流れてしまったそうである。
旧家の加藤家も平成16年までは残っていたが、今はなく駒札があるのみ。

少し通りすぎてしまったが、やっぱり駅舎を見たくなり、新金谷駅に寄ってみる。ちょっとレトロな雰囲気。ベンチには汽車の車輪がつけられていて、鉄道好きの人ならうれしい駅だ。
いよいよ金谷宿へと入ってきた。
山田屋本陣跡、佐塚屋本陣、柏屋本陣跡、脇本陣跡、七里役所跡・・
大火による焼失、その後の安政の大地震を経て、本陣は機能しなくなり、明治3年本陣はすべて廃止に。今は跡が残るのみだ。

だいぶ暗くなってきたが、巌室神社に寄り、金谷宿案内絵図を見て、一里塚跡を曲がって、大井川鉄道と東海道線をくぐる。

すぐそこにあるのが長光寺。階段を上がっていくと、芭蕉の句碑があった。
大井川を越えた芭蕉が馬上で詠んだ句である。
もう日暮れ、このあたりで終わりにすることにし、駅へと向かう。
切符を買い、6時1分の東海道線に乗り、静岡へ。
駅弁や、おみやげのお酒、新幹線の中で飲む缶ビールを買い、6時52分のこだまに乗る。

今回のお弁当は、茶めし弁当。
抹茶で炊き込んだ茶めしにお茶っ葉ものっている。さすが、静岡だけあってわさび漬けも入っている。
静岡限定ビールもおいしい!
東京駅で乗りかえ、帰宅は9時半。
歩数は約47,500歩。まずまず歩きましたね。
次回はいよいよ東海道三大難所の一つ、小夜の中山峠越えです。
(完)
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