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2017/12/06

東海道五十三次歩き(第13回) 神奈川~戸塚4

3より続き

一瞬迷いそうになったが、ここから焼餅坂を下っていく。
この坂にあった茶屋で焼き餅が売られていたことからついた名前で、別名牡丹餅坂というらしい。

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9番目の一里塚が現れた。品濃一里塚である。
両側ともほぼ昔の形のままに残っている一里塚は神奈川県内でもここだけということだが、静岡にもあったかな~まだこんな完全な形で現存している一里塚には出会ってなかった気がする。
右側の塚は一里塚公園となっており、庚申塔もあった。
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ほどなく、東戸塚駅前のオーロラシティに到着。久々に休憩する。
静岡の手前で入ったお店と同じかな~イオン系だし・・・タピオカスイーツのお店でタピオカドリンクを飲む。
マンゴーカルピスと抹茶ミルク。
のどがからからに渇いていたので一気に飲んだ・・・と言いたいところだけれど、タピオカが残っちゃって最後吸うのが大変だった(笑)

もう4時すぎ。
4時半には日暮れでもうだいぶ暗くなってきていたのでどうしようか迷ったが、がんばって戸塚駅まで歩くことにする。今回は前回の反省を踏まえてちゃんとミニライトももってきたことだし。

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果樹園を横目に見つつ進むと、おお!またまた富士山と大山が。夕日がきれいだ。

歩道橋で環状2号線を渡り、旧道を進む。

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国道1号線を渡って細い道に入ると、今度は富士山が真正面に・・そして、一瞬ではあるが、左富士が見えたのだった。左富士、ここでも見えるのか!という発見。

ここからは国道1号線にくっついたり離れたり。
道路沿いには山崎パン、森紙業(暗い中でマップみて森永製菓かと思ったら違った(笑))、ポーラと大きな工場が続く。

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これでもかと、ポーラの工場の脇に最後の富士山が見えたのだった。

王子神社に行ってみることにした。
しかし、道にほとんど電灯もなく暗い。境内はもっと暗い。

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撮影してみたら、ぼんやり。なんか怖いなあ。ホントは明るい時に来たかったところだがやむをえない。
この神社の本殿には護良親王(建武の新政を成功させたが足利尊氏と対立し直義に殺害された)の首が葬られていると伝えられている。

その後、東海道は不動坂の交差点から旧道へと入っていくのだが・・・
うーん、暗くて益田家のモチノキあお見逃してしまった。残念。

横道に入ったところに、護良親王の首を洗ったという首洗い井戸があるとのことで、行きかけたのだけど、道がわからず断念。

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戻ってすぐのところにレンガ造りの土蔵が。
ハム製造を行ったイギリス人カーティスの使用人だった斎藤角次が日本人初のハム製造を始め、鎌倉ハムと言われた。ここがその倉庫だそうである。

その先でやや迷いかけたが、再び国道1号線に合流、やっと明るくなってほっとする。暗くなるとこういう道の方が安心ですね。ホントは国道を歩くのはうれしくないのだけど。

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フォルクスの前に江戸方見附跡の石碑があり、続いて吉田一里塚跡。
暗いと撮影するのも大変だ。
ちなみに、戸塚区のマンホールは昔の風景の中を駅伝選手が走っていておもしろい。
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吉田大橋の欄干には広重の絵があり、片側の2枚のみ撮影。
この橋の手前が鎌倉道で東海道との分岐点だったという。

いよいよ戸塚駅到着。
かつては開かずの踏切だったが、数年前にできたという大踏切デッキをわたって西口までいって終了。午後6時。

東海道線、中央線を乗り継ぎ、地元に戻っていつものように庄やで乾杯!
生ビール2杯。お通しはは肉豆腐。その他、砂丘らっきょう、鮪とアボカドのわさび醤油、かにつめクリームフライ、鶏だんご鍋。おなかいっぱいになりました。

約39200歩。スタートが遅かったわりにはまずまず歩きました。

次回は、1月新居まで行く予定です。

(完)


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