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2018年5月

2018/05/31

キリン クリアモルト 糖質70%オフ

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ファミマ・サークルKサンクス限定発売の新ジャンル第2弾。
今回は糖質オフ。
と聞いただけで、あまり期待はできないのだが・・・

注いでみると、フツーの黄金色。
飲んでみると、思ったよりは悪くはないですね。
つけたような香りはあまり感じられないという意味で。だいたい、オフ製品ってどうもダメなのだけれど、まあこんなもんでしょうというレベル。

とはいえ、軽いですね。
度数4%ですから。
飲んだ気がしないなあ。


2018/05/30

東海道五十三次歩き(第23回) 美合~新安城(岡崎宿)4

3より続き

再び街道歩きをスタート。
突き当たりを右に折れ、さらに左に折れて(これで曲がるのもおしまい)、矢作川を矢作橋で渡る。

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広重の絵にも描かれている矢作橋。
東海道三大橋の一つで、江戸時代には9回も掛け替えられたという。

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渡った先に、蜂須賀小六と日吉丸の出合の像があった。この橋の上で2人は出会ったらしい。
そしてこのあたりが一里塚跡らしかったのだが、何も見つけられず。

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明知天皇御駐蹕之所碑と旧矢作橋(明治35年)の親柱もあった。

4_3
旧道に入ってすぐのところに勝蓮寺。
当然見られるわけではないが、家康の長男信康の肖像画他多くの遺品があるという。

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そして、これはなんだろう?
御堂の中に石が置かれているのだが・・・

弥五謄神社(やごとう神社)という難しい名前の神社を過ぎた先に誓願時十王堂。

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今回も十王を見た。壁の絵が派手だ。
お寺の前には地蔵堂もあった。

次にでてきた神社は、竊樹神社。
これは絶対書けない・・・どころか読めないし覚えられない・・・
なんだかこのあたりは難しい名前の神社が多いようだ。

いい感じの旧道は終わってしまい、国道に合流した。
かなりアツアツになってきていたので、ファミマでクーリッシュを買い、食べながら歩く。
国道だとよりいっそう暑く感じる。

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もう少しで旧道というところで、通りをはさんだ向かい合わせにたっているのが、薬王寺と聖善寺。ちょうど地下道があるとはいっても向こうに渡るのは大変なので、歩いている側の薬王寺のみ見学。

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安永4年(手前)、文化8年(奥)の常夜灯。

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そして、三河国薬王寺刀匠鍛刀造趾碑なるものがあった。
このあたりに、室町後期の刀鍛冶集団の三河国薬王寺刀派の刀工が住んでいたという。

安城市に入り、2キロあまりの国道歩きに別れを告げ、旧道に入る。
旧道に入るとホントにほっとする。そして、確実に少し涼しい。

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松並木が続いていて、街道らしい雰囲気。

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松の下にはマツバギクが植えられている。

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ここで、とうとうこの一匹目(というか唯一の)の猫に遭遇。やはりこれくらい暑くなると真っ昼間には出てこないらしい。

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東高根用水祈念碑に続いて、予科練の碑。
第一岡崎海軍航空隊跡だそうだ。
続いて一里塚跡碑があった(83番目)。

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安城市のマンホールはちょっと地味。
安城市発祥の三河万歳の扇と鼓とのことだ。
他のデザインのもあるらしいから、次回探してみよう。

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宇頭茶屋説教所バス停前に、明治天皇御駐蹕之所碑があり、かつて明治天皇が休憩したところ。
このあたりは地名の通り、立場茶屋が何軒かあったところという。

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やがて立派な松の木のあるお寺が見えてきた。永安寺である。
助郷役の免除を願い出て死罪となった助太夫の恩に感謝し、村の人々が彼の旧宅跡に草庵を建立、のちに寺として整えられたという。

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松は龍雲の松といい、樹齢推定350年で、助太夫のころからあったものと思われる。幹が北西、南、東の3方向に向かって横に伸びていて、確かに龍を連想させるものがある。

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西国三十三所観音もあって、この日3つめの馬頭さまも発見!ただし顔が隠れていたけれど・・・

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明治川神社交差点の角に明治用水記念碑がある。
明治用水は、矢作川から水をひいて灌漑するための用水路で明治13年に完成した。この用水路のおかげでこの一帯は日本のデンマークと言われる田園地帯に発展したそうだ。

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その後は松並木が続く。

最後に寄ったのは青麻神社。

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扁額が下に落ちて?しまっている。

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なんだかいろいろな石造物が並んでいるが、目立つのはお相撲さんの像。
明治初期に活躍した力士、濱碇(清見潟又市)だそうだ。
安城市の出身で、巡業中にけがをして廃業、その後、薬売りで財をなし、あちらこちらに地蔵を寄付した人・・・らしい。

これにて今回の東海道歩きは終了。
次の角で左に折れ、新安城駅へと向かう。

ちょうど5時32分の急行に間に合い、東岡崎で快速特急に乗り換えて豊橋へ。

帰りの切符も事前に買ってあったので、あとは駅弁とビールを買ってホームへ。
実は次のひかりに乗った方が30分以上早く東京に着くのだけれど、金曜日で混むかもと思い、1本前のこだまにすることにした。

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こだまも結構混んでいたが、なんとか席を確保、ビールをプシュ!
今回のお弁当は助六寿司である。稲荷寿司だけよりいい。ビールにあう若干濃いめの味付けだ。

しょっちゅう待ち合わせのためにとまるので東京まで2時間10分以上かけてようやく到着。
またまた中央線が遅れていてすんなりと乗れなかったが、10時すぎには帰宅した。

今回は約44200歩。まずまず歩きました。
次回は3週間後を予定していますが、梅雨の時期なのでどうなるか・・・

(完)

マップはこちらを使っています。
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ホントに歩く東海道 第10集 御油(小田渕)~岡崎(新安城) (ウォークマップ)

2018/05/29

東海道五十三次歩き(第23回) 美合~新安城(岡崎宿)3

2より続き

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2度曲がって国道に出たところで岡崎城に寄ることにした。

もうお昼をまわったところだし、まずは茶屋で味噌煮込みうどんを食べようと勇んでお店に向かったのだが・・・
がーん、お休みだった。
向かいの茶屋は菜めし田楽を出すお店だが、菜めし田楽は最近食べたばかり・・・
一瞬どうしようと思ったが、先にお城見学して、カクキューに行って食べることにした。
ということで、休憩所でバナナとカロリーメイトを食べる。

出たところになぜかアラモの碑なるものがあった。
なんでも、長篠城の戦いとアラモの戦いがよく似ていると建立されたものらしいのだが・・・

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龍城神社の前にはご神馬。

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天守閣の前には家康公の遺訓碑があった。
台座が亀だ。

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入場料200円を払って天守閣へ。

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中は撮影禁止だが、オカザえもんはOK(笑)。
展示は、藩政、城下町、城主の変遷など2階から4階まで。
一番上の5階からは三河平野を一望することができる。

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向こうの方に名鉄も見えた。

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外にでたところで芭蕉句碑発見!
東海道沿いはホントに芭蕉の句碑が多い。

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お堀や石垣(岡崎城趾にはいろいろな石垣があるようだ。)を見つつ、戻る。

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家康公の銅像。

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花時計もあった。

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二の丸の跡は能楽堂になっている。

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最後に東照公産湯の井戸(家康が誕生した際、産湯に使用された)を見て、見学終了。

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新田白山神社の横を通り、街道に復帰、板屋町の角を曲がると松葉惣門跡が。
ここで岡崎城を出る。

愛知環状鉄道をくぐって少し先に進むと八丁味噌のまるやとカクキューが見えてきた。

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まずはカクキューへ。

岡崎カクキュー八丁村内の食事処休右衛門にてやっとお昼ご飯だ。
味噌煮込みうどんを注文する。

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いやこれはなんだ?白い大きなものが!
と思ったら、たま麩なのだった。インスタ映えするな(笑)。
とり天、卵、あげ、ちくわも入っている。
味は濃いけれど、おいしい!もちろん、カクキューの八丁味噌使用である。
お城の茶屋がたまたまやっていなくて、結果的にはよかった気がする。大満足。

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自販機が、八丁味噌色で、しかもおかざエモンがついていた!

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今度はまるや(マークが八と丁の字でできてる!)に移動、工場見学をする(30分おきに出ている)。

見学中は中の写真は撮らなかったのだが、いやー、味噌樽大きい!
そして、見事な石積みだ。石垣みたいなのだが、一人前に積めるようになるまでに10年かかるという。

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外には樽と石が干されていた。

日吉丸石投げ井戸なるものもあった。
まるやに忍び込んで食べているのを見つかってしまった秀吉が、味噌石を井戸に投げ込み、自分が落ちたと思い込ませ、そのすきに逃げたとの話が伝わる。

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最後に味噌田楽のサービスがあり、おいしかったのでみそだれを購入。

アンケートを書いておみやげの赤だし味噌をいただく。

4へ続く

マップはこちらを使っています。
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ホントに歩く東海道 第10集 御油(小田渕)~岡崎(新安城) (ウォークマップ)

2018/05/28

東海道五十三次歩き(第23回) 美合~新安城(岡崎宿)2

2より続き

伝馬町交差点を曲がると通りの両側に街道にちなんだ石造物が並ぶ。

お茶壺道中、朝鮮通信使、助郷、飯盛女、田中吉政、人馬継立、三度飛脚、塩座、御馳走屋敷、籠田惣門、旅篭屋、市隠亭、一里塚、往来手形、作法触れ、あわ雪茶屋、矢作橋、二十七曲、駒牽朱印、本陣・脇本陣。
しっかり全部写真に撮ったのだけど、ここでは抜粋でアップ。
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この角にあるお菓子やさんが創業天明2年の備前屋で、あわ雪を売っている。
食べてみたかったのだが・・・
この日は暑く、まだ道のりは遠いので泣く泣く買うのをあきらめる。残念。

備前屋の数軒先のお肉やさんも古い感じの建物だったが、創業は天保14年とのことだ。

岡崎は太平洋戦争の大規模空襲により往事の面影はほとんどないようだ。

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本陣などなども跡の石柱があるのみだが、ほとんど見過ごしてしまい、西本陣跡の石柱のみ気づいた。

そこを左折して、すぐに右折。
吉良道の道標(前回も見たっけ)を通り過ぎ、レンガ造りの立派な建物が見えてきた。

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それが、岡崎信用金庫資料館。
元々は岡崎銀行本店だったのが、戦後、商工会議所として使われ、現在は資料館となっている。

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東惣門跡で曲がり、田中吉政像を見る。
家康が江戸に移ったあとに岡崎城主になり、岡崎二十七曲りの基礎を築いた人物である。

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そして、東海道は籠田公園を突っ切り、左に折れる。
いやはや、ホントによく曲がる。これなら容易に敵も攻め入ることができなかったでしょうね。

さらに何度か曲がったところで、ちょっと寄り道。
大林寺に寄ってみる。

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ここには、家康の祖父、松平清康と婦人の春姫、家康の父広忠のお墓がある。

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そしてこの石は?
家康が8歳の時に、広忠の廟参の時に納めたという獅子頭の石。
確かに獅子の頭に見える!

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カクキューの早川家のお墓も。
岡崎藩主本多忠民に久姫が生まれたため、久のつく日とは改名するようにとお触れが出され、久右エ門から休右エ門と改名したそうである。

街道に戻る。

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唐弓弦という看板のかかった家がある。
唐弓弦とは江戸時代に使用されていた綿をうつ道具で、明治の終わり頃まではよく売れていたそう。

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左折すると(ホントに何度曲がったことか!)白山神社があり、卍紋のついた創建当時(天保16年)の鬼瓦がある。

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また、弦問屋と刻まれた常夜灯が。

Photo
唐弓弦と関連があるようだ(取引の大阪の問屋が奉納)。

3へ続く

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2018/05/27

東海道五十三次歩き(第23回) 美合~新安城(岡崎宿)1

3週連続の東海道歩き。
今回は美合から。

5時前に起きて(さすがに眠い)5時半すぎの電車に乗り、6時33分のこだまに乗る。
途中、小田原の手前ではうっすら見えていた富士山だが、その後は雲に隠れてしまった。

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豊橋到着。駅に市のマスコットキャラクター、トヨッキーなるものがあった。
豊橋の鬼→トヨッキーだそうで、鬼祭(前々回安久美神戸神明社で赤鬼を見たっけ。)の赤鬼をロボット風にアレンジしたものとか。

名鉄の急行に乗り換え、前回のゴール美合駅に到着。
歩きはじめは9時15分。

曇っていた方が涼しくていいなと思っていたが、バッチリ晴れている。
暑くなりそうな予感・・・

まずはじめに地蔵寺に寄る。

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六地蔵、聖観音菩薩、子育地蔵尊や・・・

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鯖大師!最近、鯖大師も気になる・・・

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一枚岩に陽刻された地蔵菩薩。

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本堂前の抱き地蔵尊がとてもかわいらしい。水掛け地蔵もあった。

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三面の馬頭観音があると聞いてきたのだが、どこ?
見つからないなあと思ったら入口の脇にありました!

東海道に戻り、山瀬川を高橋で渡る。
その先の太平川にはかつて堰のあたりに橋がかかっていたそうだが今はなく、直進できない。国道をその区間だけ通ることになる。

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ふと川辺を見ると、馬が三頭!
なんでも4月に行われる家康行列のための馬らしい。

国道を渡って旧道は続く。

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文化4年の常夜灯を過ぎ(岡崎も常夜灯が多いな)、つくで道の道標を見る。
つくでとは新城市の作手で、そこへ至る道しるべである。

その先の郵便局のところで右折、西大平藩陣屋跡へ。

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あの大岡越前守忠相は将軍吉宗の口添えで72歳の時に1万石の大名となった。
ここはその陣屋で、大岡家は廃藩置県まで7代にわたって領地をおさめたという。
ただ、大岡家は江戸に常駐する定府大名で、家臣の多くは江戸に住んでいて、この陣屋に詰めていたのはわずかな人数だったとのことだ。
大岡越前というと、ワタクシ的には生まれ育った茅ヶ崎の大岡越前祭のイメージなんですけどね。

話が横にそれてしまったが・・・
このお屋敷、かなり立派なお屋敷だったと思われる。

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復元された井戸の他、大岡稲荷社もあった。
大岡越前は領地に近い豊川稲荷の本尊を厚く信仰し、この陣屋内に大岡稲荷として社殿を建立したという。今ある社殿は平成14年に再築されたものだそうだが。

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この近くで岡崎市の別バージョンのマンホール発見。
岡崎城と乙川の五万石船である。

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街道に戻り少し進んだ先にわりと新しめの常夜灯があった。昭和9年のものという。

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隣に地蔵堂があって、お地蔵様+三面六臂の馬頭観音を発見。この日はもう見ることはないと思っていたのでうれしい。

そして、振り向くと・・・

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向かい側には大平一里塚があった(80里)。
常夜灯と地蔵堂がある側は昭和3年の道路改修の際になくなってしまい、こちら側だけが残る。榎は昭和28年の台風で倒れてしまい、新たに植えられたものということだ。

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少し先で国道に合流、松並木がポツポツとある。
高速のインターをくぐり、筋違橋を渡り、再び国道からは離れる。

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文政13年の常夜灯を過ぎた先に、冠木門があった。
岡崎城下の入口で二十七曲が始まる。
東海道は元々乙川の南を通っていたが、城下に移されたとのことである。

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こんなに曲がると迷うんじゃないかと心配になるが、大丈夫。要所要所でこのような標柱がたっているので迷わない。
上に草履がのっているのがおもしろい。

はじめの角で、おばあさんが駆け寄ってきて、すぐ先にある根石原観音堂などが載っているリーフレットを下さった。
なんでも、昨年だか亡くなっただんなさん(90を越える)が、病気もせずに理想的な最期だったのは、毎日観音堂にお参りしていたおかげだと聞いた。

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その角にあったのが、不思議なモニュメント。

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もちろん!ちゃんと根石原観音堂にお参りする。
悪病の流行に心を悩まされた元明天皇の命により、行基が観音様を彫り、そのうちの2体がここに祀られている。はやり病も治まったという。
また、家康の長男信康も初陣の折、この観音像に祈願したところ軍功をあげたとのことだ。

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曲がった先に、常夜灯の上の宝珠が小屋?に納められている。
寛政2年に建てられ、空襲でも残ったが、痛みがはげしくなり宝珠のみ保存したそうだ。

2へ続く

マップはこちらを使っています。
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ホントに歩く東海道 第10集 御油(小田渕)~岡崎(新安城) (ウォークマップ)

2018/05/26

キリン クリアモルト

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ファミマ・サークルKサンクス限定発売の新ジャンル。
キリンが醸造元とのことである。

注いでみると、フツーの黄金色。
飲んでみると、うーん、ビールじゃないつけた香りですね。
そして、後味は甘くて、クリアじゃないなあ。
飲み応えの方は度数を高くすることで出そうとしているのかもしれないけれど、あまり成功してないような?
やたらに度数を高くしなくてもいいんじゃないかと思う。

2018/05/25

サントリー 海の向こうのビアレシピ 芳醇カシスのまろやかビール

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オレンジピールのさわやかビールに続いて飲んだのが芳醇カシスのまろやかビール。

注いでみると、赤っぽい色。
飲んでみると、カシスというか何かのベリーの香りが強い。
そして、甘酸っぱい味で、イメージはベルビュークリーク(ベルギーのチェリービール)。

これもやはりこれだけ飲めばいいのだけど・・・
オレンジのよりさらに食事にあわせづらいなあ。

2018/05/24

サントリー 海の向こうのビアレシピ オレンジピールのさわやかビール

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酒税法の改正で4月からビールの定義が変わり、今まで原材料として認められていなかったものが認められるようになった。
今後、いろいろなビールが発売されるんでしょうかね。

これもオレンジピール、コリアンダーシードが入っており、従来ならばビールの範疇に入らなかったもの。
ま、でもベルギーのヒューガルテンホワイトなんかは、こうした原材料が入ってますからね。イメージはわかる。

とはいえ、料理を選びそうで、なかなか飲む機会がなく・・・

注いでみると、やや薄めの色。
飲んでみると、ふわっとオレンジの香り。
これはこれでありだと思うし、これだけを飲むならさわやかな飲み物なのだけど、やっぱりフツーに食事に(特に和食に)あわせるのはちょっと微妙かなあ。

2018/05/23

東海道五十三次歩き(第22回) 国府~美合(御油・赤坂・藤川宿)4

(3より続き)

降りたところにちょうど名鉄の舞木検査場が見える。

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再び旧道に入ると、そこに東棒鼻があった。
広重が藤川宿の絵に描いている通りに再現されている。

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そこから本当は直進し、鉤の手に曲がるのだが(曲手)、右に見えたむらさき麦の畑に気をとられ、うっかりそちらの道を行ってしまう。
いやーホントに紫色だ!

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曲がった先はまっすぐな道で、格子造りの家がぽつぽつと残る。旧街道らしい雰囲気だ。

明星院に寄ろうと左に入ったところで・・・

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この日はじめての猫に遭遇。
おばあさんとお散歩する猫で、聞くと結構なお年の猫だそう。かわいい!
(このお寺では他に2匹の猫に遭遇)

このお寺には残念ながら見られないが、片目不動尊がある。
家康に放たれた矢を見知らぬ武士が身代わりとなって受け、片目をつぶしたままいなくなった。のちに明星院を訪れたところ、祀られていた不動尊がそのときの武士にそっくりで片目が潰れていたという。

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役行者さまもいた。

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称名寺には三十三所観音菩薩があり、またまた馬頭観音を発見したが、十一面観音がたくさんあった。

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問屋場跡を通り、公園になっている森川家本陣跡へ。
バナナを食べて少々休憩。

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ここには高札場が再現されている他、むらさき麦が栽培されている。
なんか石垣が見えるね、なんだろうという話をしていたのだが、降りてみればよかった!
当時の石垣が残されていたのだった。残念!

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お隣は橘屋脇本陣跡。
門は享保4年に建てられたもので、中の建物は藤川宿資料館になっている。
中には宿の説明の他、ジオラマ、高札などがある。
自分で電気をつけて、見終わったら消すのだが、前に来た人が消し忘れたようで、電気がつけっぱなしになっていた(ちゃんと消しましたよ)。

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藤川小学校の先に西棒鼻。
ここで藤川宿を出るのだが、右折し駅を越えて道の駅藤川宿に寄ってみることにする。

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越えた向こうに大きな家康の像があった。

歩くのをここで終了すればたくさんおみやげを買ってもいいのだが・・・
まだ4時半すぎでもう一駅、美合まで歩いた方が急行がとまる駅なので次回が便利ということで歩くことにしたので、たくさんは買えない。
ということでオカザえもんビールのみ購入した。

東海道に復帰、西棒鼻の斜め向かいの十王堂に寄る。

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手前左が閻魔様かな?

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ここにはむらさき麦の畑の風景を詠んだ芭蕉句碑もあったが(「爰(ここ)も三河 むらさき麦の かきつはた」)、この近辺で一番大きな句碑とのことだ。  

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藤川宿の一里塚跡(79里目)を過ぎ、吉良道(脇街道。潮の道としても利用された)の道標の先、踏切を渡ると、藤川の松並木が出現する。
1キロほどの間に90本あまりの黒松が植えられているという。
思ったより立派で、なかなかの風情だ。
御油といい勝負!

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国道への合流地点手前に大きな灯籠と小さな灯籠があり、またまた楽しくない国道歩きに入る。

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岡崎市の別バージョンのマンホール発見。
岡崎城と岡崎公園の桜、三河花火のデザインである。

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阿弥陀寺のお寺自体は立て直ししている最中のようだったが、門の手前の馬頭観音は撮影できた。
返す返すも、関川神社の馬頭観音を撮りそびれたのが残念だ。

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その後旧道に入ると、少し松が残っており、やがて美合駅に到着。
今回の東海道歩きはこれにて終了。

美合駅から準急豊川稲荷行きに乗って本宿で急行豊橋行きに乗り換える。
豊橋で新幹線の切符を買い、駅弁とおみやげのヤマサちくわを買って前週と同じひかりに乗る。

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今回の駅弁は「吉田伝説」という幕の内。
飯田線開業80周年を記念して販売された駅弁らしい。飯田線には乗っていないけど買ってしまった(笑)。

稲荷寿司に太巻き、じゃこご飯、メヒカリの唐揚げ、サワラの西京焼き、海老の天ぷら、鶏ささみ竜田揚げ、しそだんご串、しんじょう、しそはペン、玉子焼、うずら卵の燻製、ゼリーなど。なかなかにおいしかった。
ビールは前回と同じ、一番搾り名古屋づくり。

あともう一回、豊橋で駅弁を買うことになりそうだけど、また別のお弁当が買えるといいなあ。

東京駅で中央線に乗り換え、帰宅は9時半前。
約43000歩だった。

こちらがおみやげ。
21_2

次回は美合から歩きます。

(完)

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ホントに歩く東海道 第10集 御油(小田渕)~岡崎(新安城) (ウォークマップ)

2018/05/22

東海道五十三次歩き(第22回) 国府~美合(御油・赤坂・藤川宿)3

(2より続き)

安政6年の常夜灯、聖観世音菩薩を祀る観音堂、地蔵菩薩を祀る地蔵堂を通りすぎた先でとうとう国道1号線に合流した。
これから先、2キロは国道を歩かねばならない。
空気は悪いし、暑いしで、とにかく黙々と歩く。
唯一の楽しみは、国道のすぐ脇を走る名鉄の車両を見ること。

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赤系、白系、銀色系とあるが、白でも銀色でもどこかに赤が入っている。

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岡崎市に入ってすぐ、本宿村の説明板があり、冠木門をくぐる。
本宿は赤坂宿と藤川宿の中間にあり、立場として繁盛した場所である。

もう少し進むと道標と説明板があり、ようやく旧道へと入る。ほっとする。

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と、岡崎市のマンホール発見!
岡崎城とやはぎはしがデザインされている。

連子格子の旧家の向かい側に法蔵寺がある。

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入ってすぐのところに御草紙掛松。
幼少期の家康が手習いの紙を干したという松だが、現在の松は四代目という。

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鉢地川にかかった赤い来迎橋を渡り、地蔵菩薩を見て石段を上がる。常夜灯は文政11年のものとのこと。石段の脇には日本武尊に因んだ賀勝水という井戸もある。
立派な鐘楼門をくぐった左には行基が植えたと言われるイヌマキと家康公お手植えのヤマザクラがあった。

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六角堂の横を通り、少し上がったところにあるのが近藤勇の首塚。

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京都で晒された首を同士が盗み、近藤が敬慕していた和尚の転任先のこのお寺に埋葬したという。隣に立派な胸像もある。

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松平家(家康の長女亀姫、異母兄弟忠政など)及び三方ヶ原合戦で死んだ者たちの墓、東照宮(江戸初期からあるそう)を見て、下る。

本宿陣屋跡と代官屋敷(現在は富田病院。代官食は富田家が世襲した)の説明板を過ぎ、本宿村道路元標、寛政13年の秋葉山常夜灯の先に本宿一里塚跡(78里目)。

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さらに進むと、長屋門が見えてきた。
医師の宇津野龍碩氏邸跡である。当時としては画期的な種痘を施した蘭方医だそうだ。

ちょうど持っていた麦茶が終わりそうだったところにコンビニが現れた。
座るところもあったので、アイスと冷たいものを買って休憩。
この日は曇りの予報だったのだが、ほぼ太陽が出ていて予想以上に気温が上がってアチアチになっていたのでアイスがとてもおいしい。

復活して出発する。
本宿を出たところで、再び国道1号線に合流。またしばらく黙々と歩く。

1キロちょっとで再び旧道へ。

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名電山中駅を過ぎた先で跨線橋を渡り、興円寺へ行ってみる。

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ここでまたまた馬頭観音(これは三面六臂)に出会う。

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地蔵菩薩、六地蔵尊の他、不動明王も発見!

松の木が少し残る中を通り、国道にまたまた合流。
ちょっと街道をはずれて山中八幡宮に行ってみることにした。

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入口に御開運御見隠山碑があり、突き当たりに巨大な常夜灯が。
これは目立ちますね。天保4年のものとのことだ。

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周りに広がるのは麦畑。藤川宿が近づいて畑は麦畑になった。

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山中八幡宮の鳥居をくぐると大きなクスノキがあり、神門の手前で左に折れると、三河一向一揆に破れ逃げてきた家康が隠れたという狭い洞窟がある。

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洞窟から鳩が出てきたため、人がいるところに鳩がいるわけはないと追っ手が通りすぎ、家康は助かったという。

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本殿の裏にまわり、奥宮神籬(ご神木がある)の先を下って国道へと降りたのだが、道は結構急で滑りそうになった。こういう時はストックがほしい。
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(4へ続く)

マップはこちらを使っています。
 ↓ ↓ ↓
ホントに歩く東海道 第10集 御油(小田渕)~岡崎(新安城) (ウォークマップ)

2018/05/21

東海道五十三次歩き(第22回) 国府~美合(御油・赤坂・藤川宿)2

(1より続き)

松並木が終わり、橋を渡ると、赤坂の東見附跡。
御油宿と赤坂宿の間はわずか1.7キロで、もっと短い。確かにあっという間だった。

御油も赤坂もいい感じの建物が並ぶ。

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関川神社にある芭蕉の句碑にある「夏の月 御油よりいでて赤坂や」は、夏の夜の短さと二つの宿の短さをかけた句である。

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樹齢800年以上という大きなクスノキもあったが、がーん・・・
ここにも馬頭観音があったのか!見落としてしまった・・・残念(その後4つ遭遇)。

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問屋場跡に復元されている高札場を撮影、少し先を左に入ったところの浄泉寺へ。

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ここには広重の赤坂宿の絵にも描かれているソテツがある。旅籠の清須屋から移植されたものという。

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百観音もあり、馬頭観音も発見!

2015年廃業した江戸時代の旅籠大橋屋は、来年一般公開予定とのこと。

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すぐ先のお休処よらまいかんに一瞬寄って休憩する。

裏にある音羽生涯学習館の2階に赤坂宿場資料館がある。
受付で記帳し、開けてもらう。

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浮世絵、駕籠、高札の展示の他、宮路山(途中でこの山に登るという人たちにあった)の自然に関する展示、昆虫の展示、また赤坂の舞台に関する展示など。

学習館を出、赤坂陣屋跡(代官所跡)を過ぎ、杉森八幡社に寄る。

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樹齢1000年という夫婦楠がある。根株が一本化し、二本に成長していることから夫婦楠と呼ばれている。

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またここには、赤坂の舞台がある。
年一回歌舞伎の公演が行われ、公演の際には小屋がけと呼ばれる竹のドーム屋根がついた伝統的な観客席が再現されるという。

鳥居のすぐ先に西見附跡があり、赤坂宿を出る。

十王堂跡、弘法大師の祠、常夜灯を過ぎる。

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このあたりは山が見え、田畑が広がって歩いていて楽しい。
蛙も鳴いていた。

毘沙門天の標柱、一里山庚申道の道標を通り過ぎ、ちょっと国道の方へ。

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ヤマサちくわ音羽インター店にて昼食である。

前週、豊橋駅で時間がなくてヤマサのちくわを買いそびれてしまい、是非ともちくわを食べたい!と思っていたので、頼んだのは、暖かいちくわうどん(いなりつき)である。

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関西風のうどんで、なんといってもちくわがおいしい!
かなり気温も上がってきていたので、冷たいうどんもいいかなと一瞬思ったけれど、やはり暖かい方がちくわにはあう。

しかし外は暑い。ということで半袖Tシャツ1枚になった(結果、腕が焼けた。日焼け止めは塗っていたのだけど)。

街道に戻ってわりとすぐに長沢一里塚跡。77里目である。

その先の長沢小学校の前に長沢城跡の説明板がある。
城跡はちょっと行きづらそうなので行くのをあきらめる。
この小学校敷地内には家光上洛の際の休憩所として長沢御殿が作られたものの、一度も使用されることなく取り壊されたらしい。

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右に折れて観音堂にある長沢の三尊種子板碑を見にいく。
文字は結構よく見えるが、梵字は読めず・・・
なんと1300年のものらしい。

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国道がすぐそばに見え、次第に合流地点が近づきつつあったが、田んぼが広がりいい風景だ。

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寛政10年の常夜灯を過ぎた先で、新たなマンホール発見!
広重の赤坂宿の絵である。

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そして、このあたりも連子格子の古い家が並ぶ。

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右手に観音堂跡。

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奥に聖観世音菩薩がいらっしゃるが、ワタクシが注目するのはやはり馬頭観音!
前回の歩きから三面八臂か六臂の馬頭観音をよく見る気がする。

(3へ続く)

マップはこちらを使っています。
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ホントに歩く東海道 第10集 御油(小田渕)~岡崎(新安城) (ウォークマップ)

2018/05/20

東海道五十三次歩き(第22回) 国府~美合(御油・赤坂・藤川宿)1

前週に続いての東海道歩き。今回のスタートは名鉄の国府駅である。
前回から一本早いこだまになったのだが、今回は6時56分東京発のにすることに。
早いのに乗ってしまうと、御油の松並木資料館があいていない時間に通過してしまいそうだったからだ。

このこだまは駅に着くたびに何分か停車するので、2時間10分以上かけてようやく豊橋到着。十分眠れたのでいいのだけれど。
すぐに名鉄の特急がきて慌てて乗る。
国府到着は9時22分で、9時半前には歩き始めた。

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まず立ち寄ったのは国府観音。

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西国三十三所観音菩薩や・・・

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一面六臂の青面金剛の庚申塔などもあり・・・(これ好き!)

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が、なんといってもおびんずる様(なでぼとけ)である。
自分の病気のある部分と同じところを撫でて願をかけるとよくなる、あらしい。お釈迦様のお弟子さんで、病に苦しむ人を助ける仏となったという。

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ちょうどこの日は人形供養の日だったようで、たくさんの人形が集められていた。

芭蕉句碑は撮影し忘れたまま出発。

東海道に戻り、見えてきたのが大社神社だ。

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ここの石垣は、近くにあった田沼陣屋(行かなかったが近くの高膳寺付近のようだ)の石垣を移築したものだそう。
田沼意次がこの地に関係あったんですねぇ。知らなかった。

すぐ先、がましん(蒲郡信金・・・キャラクターはカエル!)のところに御油一里塚跡の碑がある。76里目だ。

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次の交差点が、姫街道追分。見付(磐田)でもこれと同じような看板を見たっけ。
是非そのうち姫街道も歩いてみたいものだ。

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秋葉常夜灯、秋葉山三尺坊大権現道の道標、國幣小社砥鹿神社道是ヨリ凡二里丗町の道標もあった。

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左折したところには豊川社道の道標(豊川稲荷への道)があった。

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八面神社への「従是神社道」道標を通り過ぎ、昭和10年に改築されたとある御油橋をわたる。

いよいよ御油宿だ。

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若宮八幡社の先、曲尺手の角に「花・ベルツゆかりの地」の説明板があった。
明治政府がドイツから招いた医師ベルツの妻となりドイツに渡った(のちに帰国)花の父親の生家のあった場所とのこと。国際結婚の先駆けだったんですね。

説明板の斜め向かいに高札場跡。
少し進むと問屋場跡。

道を再び曲がる前に松並木資料館に寄った。

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資料館の前に大きな松の根が展示してある。
樹齢約380年。家康が東海道に松を植えた最初のものらしい。でかい!

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松の木肌は亀甲型。三河黒松の一大特徴とのこと。

中の展示は、浮世絵やジオラマなど。またまた手筒花火もあった。

街道に戻り、おふくというお菓子やさんに寄る。
お目当ての黒松もなかを購入、先を進む。

そろそろ本陣跡があるはず・・・

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が、イチビキの工場に気をとられてうっかり通り過ぎてしまい、戻る。
イチビキ、こちらでも味噌製品は売ってはいるけれど、買ったことがあるのは鍋の素くらいかなあ。イチビキは1722年大津屋の屋号で味噌と醤油の醸造を始めたとのことで、結構古い会社だったんですね。

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工場は蔵っぽい作りだ。

御油宿は強引な客引きで有名で(広重の絵に描かれている)、飯盛女もたくさんいたという。

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飯盛女の墓があるということで東林寺に寄り、5つ並んでる墓らしいと聞いていたのでこれだ!と写真を撮ったのだが、違っていたようだ・・・がっかり・・・
ちなみにこのお寺は家康が二度立ち寄っているとのことだ。

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今の季節、ちょうどツバメの子育ての時期で、あちらこちらに巣があった。
ちょうどいい軒先がたくさんあるんですね。

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さて、御油の松並木がはじまった。
御油から赤坂まで約600メートルの間に約300本の松が植えられている。
元は600本以上あったという。
舞阪もそうだが、こうした松並木を維持するのは大変でしょうね。

松並木の途中に御油松並木公園があったので、少々休憩。
先ほど買った黒松もなかをいただく。

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まつぽっくりの形がいいですね。皮がぱりっとしていておいしい。最中は皮が命!

(2へ続く)

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ホントに歩く東海道 第10集 御油(小田渕)~岡崎(新安城) (ウォークマップ)

2018/05/19

オカザえもんBEER

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おととい、東海道を歩いた際、道の駅藤川宿でゲットしたビールを早速飲んでみた。

なんといってもオカザえもんがキモい(笑)。
遠くから見た時は人には見えなかったのだけど・・・

本名?岡崎衛門之介なんですね。
慎重80センチ、体重60キロ。好物は岡崎まぜめん、八丁味噌。
よくよく見ると岡崎と書いてあるという・・・
結構人気のあるゆるキャラの模様。

注いでみると、色はダーク。
が、飲んでみるとそれほど味は濃くはなく、カラメル味はするけれどすっきり系。

無濾過ビールだけあってちょっとフルーティな感じはしたけれど、この色なので濁っていたかどうかは不明。

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おつまみに豊橋駅で買ったヤマサのちくわを。
なぜかわさび漬がついてました。そのままでもよし、わさび漬と一緒でもよし。おいしいちくわでした。

2018/05/18

サッポロ 黒ラベル エクストラブリュー

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3年連続で発売されている黒ラベル派生品。

注いでみると、フツーの黄金色。

飲んでみると、意外にも甘みが強いですね。
フツーの黒ラベルはこれほど甘くないですから・・・

とはいえ、嫌みな甘さではないのでOK!
さすが黒ラベル!

2018/05/17

バナナケース

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東海道歩きでは、母親がバナナを持ってくる。
たいていは食べるのは午後で、そこまでリュックの中で揺られ、あちこちぶつかって傷んでしまっている場合が多い。

ということでバナナケースを買ってみた。
100均にて購入。
100円だからどうだろ?と思っていたのだが・・・


今回使ってみて、結構いいじゃないですか!
まったく傷つくことなく運べました。

どんな形でも入るというのもいいですね。
これからも利用しよう。

2018/05/16

東海道五十三次歩き(第21回) 二川~国府4

(3より続き)

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豊川放水路を渡ると工場が続く中、子だが橋の碑があった。
1000年前、兎足神社(このあと行った)には人身御供があり、春の大祭の初日にこの街道を最初に通る若い女性を生け贄にする習慣があった。ある年、故郷に帰る若い女性が通り、ふと見ると我が子だったが、子だがやむを得んと生け贄にした、という悲しい橋だという(今は橋はない)。

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すすき?がきれいな草地を過ぎ、兎足神社へ。

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お賽銭箱にもうさぎさんがいるが、張り子のうさぎさん(御神輿?)も置いてある。

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飯田線の小坂井踏切を渡った先に秋葉神社。

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明光寺には、地境争いの五輪塔がある。
野川の川筋のことについてたびたび争いがあり、その地境に五輪塔があって両方で奪いあったため、ここに下の部分が、上の部分は相手の方にあるとのこと。

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またミニ八十八カ所巡り?も。

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またまた三面の馬頭観音発見!

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伊奈村立場茶屋(俗称:茶屋本陣跡)。
吉田宿と御油宿の中間にあたり茶屋が設けられたので、このあたりの地名が茶屋となったという。
芭蕉の句碑と鳥巣の句碑がある。

迦具土神社、伊奈一里塚跡(75里目)を通り過ぎ、速須佐之男神社へ。

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なぜか、境内に二宮金次郎の像があった。どうしてここに?

佐奈川にかかる左奈橋を渡った先のローソンで冷たい飲み物を買ってプチ休憩。
名鉄の小田渕駅に近づいていて、ここでこの日の歩きを終えようかとも思ったが、この駅は各駅停車しかとまらず、本数も一時間に2本しかないため、がんばって国府まで歩くことにした。

白川を五六橋で渡ったあたりからまた左右に工場が見えてくる。

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天狗缶詰なる缶詰工場が見えてきて、聞いたことないなあと思ったら、主に業務用らしいことがわかったのだが・・・
知っているものがあった!
なんとアキバで売っているおでん缶「こてんぐ」の製造元なんですねぇ。

東三河環状線で東海道は分断されてしまっており、迂回路を行く。
すぐ先で国道1号線に合流。ひたすら歩く。

国府町藪下の交差点から再び旧道に入ると静かでほっとした。
国道を歩くのは風情もないしあまりおもしろくない。

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すぐ先に半僧坊大権現の小社がのった石柱がある。
火伏せの神かな?

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秋葉山常夜灯もあった。
日暮れになり、電気が点っていた。

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最後に薬師瑠璃光如来を祀る薬師堂に寄って、この日の東海道歩きは終了。
国府駅へと向かう。

ちょうど豊橋行きの特急がきて、あっという間に豊橋到着。

ひかりがすぐにきそうだったので、慌ててお弁当とビールを買い込み乗車。
早速夕食タイム!

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ワタクシのお弁当は壺屋浪漫、母親のは稲荷寿し(おかずと稲荷寿しを交換)。

運良くひかりに乗れてラッキーと思ったのだが・・・
なんと中央線が人身事故とか!

幸い、東京駅に着く頃には運転は再開しており、数本待って乗り込む。
帰宅は9時半すぎだった。

今回は52900歩で、思ったより歩きましたね。
次回は、国府から御油宿、赤坂宿、そして藤川宿を歩きます。

(完)

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ホントに歩く東海道 第9集 舞坂~御油(小田渕) (ウォークマップ)

2018/05/15

東海道五十三次歩き(第21回) 二川~国府3

(2より続き)

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公園を出て、ハリストス正教会の建物を見る。国指定の重要文化財だ。

お隣にあるのが安久美神戸神明社。
家康公御腰掛松などもあったりするが、ここは鬼祭(国重要無形民俗文化財・2月10日11日に行われる)で有名だそう。
ちょうど神主さんがいらして、展示を見せていただいた。

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赤鬼がなかなかだ。

お昼を食べるために急いで飛ばしてしまった日進院。

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100体の満願石仏が圧巻。

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今の気持ちとしては腰痛除かな。まあ全般的に無病息災、身体健固を祈りたいですね。

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お隣にあるのが元禄時代の山門を残す龍拈寺。

同じ道を戻り、先へと進む。

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吉田といえば手筒花火が有名だが、フツーのお宅やお店にも置かれていて、これは観光客向け?

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西惣門(復元)を通り、吉田宿を出る。

芭蕉句碑を通り過ぎ、湊明明社に寄る。御衣祭りで有名という。

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奥に湊築島弁天社があり、いい風景だ。

豊橋を渡る前に吉田湊跡へ。船着き場があったところという。

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大正5年の親柱が保存されていた。

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高札場跡を通り、いよいよ豊橋を渡る。

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向こうに吉田城の鉄櫓が見えた。

橋を渡って左折、しばらくは川沿いを行くのだが、土手になっていて川は見えない。

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豊川稲荷の遙拝所があった。石灯籠には「右 御油道 左 吉田道」と彫られている。

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聖眼寺には芭蕉の句碑がある。
家康が吉田城を攻略した際に本陣を置いたところだという。

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お寺を出て、ちょっと行くと下地一里塚跡(74里目)があり、さらに進むと風情のある家が・・・
このあたりはこんな感じの家が並んでいる。

その先を左に曲がって水神社(吉田城主に嘆願に行く漁民を庄屋が説得した場所とのこと)を見たあと、向かったのは瓜郷遺跡。

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弥生時代中期から古墳時代前期にかけての集落の跡で、昭和20年代の発掘調査で見つかった遺構をもとに復元された竪穴住居がある。

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どんどん進み、豊橋魚市場を通った先で豊川市に入る。その先が豊川放水路にかかる高橋なのだが・・
それほど広くない道路で歩道がなく、渡る時ヒヤヒヤする。

(4へ続く)

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2018/05/14

東海道五十三次歩き(第21回) 二川~国府2

(1より続き)

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河原地蔵尊のすぐそばの寿泉寺は、山門も立派(下は石造り)だが、薬師瑠璃光如来を祀る三重塔もとても立派だ。

ようやく豊橋市の市街地に入ってきた。国道ともしばらくお別れ。

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東八町交差点の北側に大きな秋葉山常夜灯がある。
地震で倒壊、空襲にもやられて放置されていたものを2001年、再移築したものという。

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向かい側のもちや(餅菓子がおいしそうだったが、パック売りしかないように見えたのであきらめる)の前に東惣門のモニュメントがある。吉田宿の東側の入口だ。
昔は番所があって午前6時から午後10時までしか通れなかったとのことだ。

ここから道は鉤型に曲がっていく。
曲尺手である。

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曲尺手門跡の標柱もあった。

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問屋場跡の手前で豊橋の別のマンホールを発見!(前回の歩きで何種類かは見ているが。)
公会堂(国の登録有形文化財・・・通りすぎただけ)、市電、市の花のツツジがデザインされている。

札木という市電の駅がある交差点で信号待ちをしていると、何台か市電が通りすぎていったが、広告がデザインされていて、すべて柄が違う。いったいいくつパターンがあるんだろう?

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とりあえず、この日見たのは、横浜タイヤ、ヤマサちくわ、日の丸薬局、あとは・・・青っぽいのと白っぽいのを見たような?

ヤマサちくわ本店が見えたが、さすがにこの時間から買うわけにいかず・・

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鰻のお店丸よの前にあった吉田宿本陣跡碑を撮影(豊橋は戦火で街の大半が焼けてしまったため、ほとんど遺構は残されていない)、きく宗へ。200以上前から営業している菜めし田楽一筋のお店だ。

この日は是非ともお昼をこのお店で食べたいと思っていたのだが・・・
水曜が定休日ではあるが、月に一回連休があるとのことで、休みだったらどうしようと思っていた。

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でもよかった!あいていた!
できあがりまで3,40分はかかりますとのことだったが、もちろん待ちます!名物は食べなくては。

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もちろん注文したのは菜めし田楽定食である。
こんがり焼いた自家製豆腐に味噌を塗った田楽と、大根の葉を混ぜこんだ菜めし、お吸い物。

置いてあったおいしい食べ方の一例に従って食べてみる。
いったん豆腐を手前に戻してから押し、菜めしの上に置いていただく。
辛子ものっていて、時々鼻にツーンをくるが、この濃いお味噌がいいですね。お豆腐もおいしい。ヘルシー!

平日限定ということでデザート(きびだんご風)もついていた。

十分休息して再び歩き始める。

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井上靖の「しろばんば」に出てくるお菓子やさん若松園で、黄色いゼリー(小説に出てくる)を買いたいところだったが、何個セットしかないようだったので断念。

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手筒花火発祥の地という吉田神社(明治時代は百花園という花畑と料亭があったという)に寄り、横断歩道の上から吉田大橋を撮影、豊橋公園へ。
吉田城の跡地である。

元々今橋城と呼ばれていたが、戦国時代に次々と城主が変わり、今川義元の時代に改称した吉田城。
その後は家康の支配するところとなり、家臣である酒井忠次へ、秀吉が天下をとると池田輝政が城主に・・・その後も次々と変わっているのですね。

明治に入り廃城となったこのお城は地震や火事等で、広重の絵に描かれているような建物は残っていない。

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堀や石垣などはあったりするが(石垣は新しい物なのかな?)。

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昭和29年に再建されたという鉄櫓が見えてきた。
手前の木は樹齢300年以上というイスノキである。

中は資料館になっており、無料。
吉田城の歴史、城下町の紹介(豊橋は今も鍛冶町、曲尺手町、札木町、呉服町、上伝馬町、湊町、船町などの地名が残る)、浮世絵などが展示されている。

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一番上からの眺めはなかなかよく、向こうに豊橋が見えた。

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金柑丸跡に弥健神社があり、大きな神武天皇像が立っている。
そのほか、軍隊が使っていたということもあり、戦争関連の遺跡がいろいろとある。

(3へ続く)

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ホントに歩く東海道 第9集 舞坂~御油(小田渕) (ウォークマップ)

2018/05/13

東海道五十三次歩き(第21回) 二川~国府1

前回の東海道歩きで、日本橋から二川までがつながった。
ということで、3月後半に二川まで歩いた時の続きである。

だんだん家からは遠くなるので、さらに早い新幹線に乗ることとし、豊橋まで行って一駅、二川駅まで戻る。
歩きはじめは8時50分。

1
駅前の岩屋(岩屋観音)江八丁の道標をまず撮影。
まわりなし通り貫十六丁とあり、岩尾道を行けば戻らず東海道へ合流するという意味らしい。

田原街道への道標を過ぎ、岩屋観音に登るため、火打坂を行かず、岩屋山古道を行く。

2
小渕志ちの銅像がある。
玉繭という屑繭からの製糸法に成功、製糸工場を創業した女性。
その後二川、豊橋は玉糸の町として有名になったという。三河地方の製糸業に貢献したと言われる女性だ。

岩山に立つ観音様が見えてきた。

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弘法大師堂、観音堂を見て、上がっていく。
あちこちに石仏が置かれている。

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結構な岩場を登ることになる。
鎖につかまりながら登ったが、雨が降ったらすべるだろうなあ。

ふーやっと着いた。

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結構大きな観音立像だ。そういえば、新幹線からも見えたっけ。

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眺めも大変よろしい。
この日は晴天。空がとてもキレイだ。

岩屋観音自体は、行基が岩穴に千手観音像を刻んで安置したことに始まり、観音立像は、吉田宿の大工が橋の架け替えに難儀し、観音堂で祈ったところ無事完成することができたお礼に建立したものという。
ただ、第二次世界大戦中、金属として供出されてしまい、今ある像は昭和25年に再建されたものとのことだ。

眺めを堪能したあと、反対側を下る。
やはり下りの方が大変!(翌日筋肉痛に・・・)

ここから展望台を抜けて本来の東海道へと戻ることにする。

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展望台までなんと250段ちょっとの階段。歩きやすい階段なので全然苦ではないけれど、今回もまたあったか、階段(笑)。

展望台に上ってみると・・・
これまた景色がいいですねぇ。
豊橋市街から、三河湾、うっすら知多半島なども見える(なぜか撮影は忘れる・・・)。

ちょっとぬかった道を下り、東海道に復帰。

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丈の短い松がポツンポツンと植えられている。

ここ、飯村の松並木は昭和30年代まで街道の両側に100本以上もある立派な松並木だったそうだが、道路拡幅やマツクイムシの被害によりどんどん減り、江戸時代からあった大きな黒松も2007年に伐採されてしまう(この切り株は二川宿本陣資料館にあった)。

小さな松たちはその後植樹されたものなのですね。

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旧東海道のクロマツ跡碑。
昭和33年頃の街道の写真があったが確かに立派な松並木である。

殿田橋の先で東海道は国道1号線に合流するが、ちょうど合流すところに飯村一里塚跡があった。

現在の東海道は、ところどころ国道を歩かざるをえないのだが、国道に入るとちょっと気分がしぼみますね。風情はないし、車がビュンビュン行くので空気はよくないし、見所は少ないし・・・
ま、それも含めて街道歩きを楽しまないと!

建物がプレハブで残念な七富士稲荷大明神。

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中には湯飲みがたくさんあったけれど、なんだろう?

通りから少し入って白山神社へ。

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せんきの神様が祀られている。
仙気(漢方医学で腹、腰などが痛む病気)で苦しんでいた豊川市小牧の武士が、その辺にあった石で痛む腰をなでたところ良くなったのでその石を祀ったとのこと。
ワタクシの腰痛も治るとよいのだけど・・・

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河原地蔵尊にも寄ってみる。

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6つお地蔵様が並んでいたけれど、一番左は、おや?三面ある。馬頭観音なんですね。

(2へ続く)

マップはこちらを使っています。
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ホントに歩く東海道 第9集 舞坂~御油(小田渕) (ウォークマップ)

2018/05/12

町田:グラッチェガーデンズ多摩境店&コストコ

八王子市夢美術館のあとに向かったのはコストコ。

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途中でお昼を食べることになり、はじめてグラッチェガーデンズに入ってみた。
うちのわりと近所に前々からあったのだが、入らないうちにガストに変わってしまい・・・
別の場所で入るという(笑)。

どうせすかいらーくグループだし、と全然期待していなかったのだが、意外と(といっては失礼だけど)おいしかったのです!

この時期のおすすめとしてお肉のメニューを勧められたがパス。ピザにしようか、パスタにしようかと眺めて、スパゲッティの方がおいしそうに見えたのでそちらにすることに。

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私の彩り野菜のトマトソーススパゲッティ。
カラフルにいろいろな野菜が入ってますね。トマトソースがおいしい。

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同居人のプリプリ海老とベビー帆立のジェノベーゼスパゲッティ。
味見させてもらったけれど、穏やかなジェノベーゼではあるけれど、海鮮とよくマッチ。

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フォカッチャLサイズも頼んでみた。
これ、いけますねぇ。オリーブ油につけてもいいけれど、パスタソースにつけてもよし。もちもちふわふわ。
この生地ならピザも期待できるかも?

というわけで次回はピザにチャレンジしようかな・・・

東京都町田市小山ヶ丘4丁目6−4


コストコはさすが連休中!かなり混んでました。

今回の戦利品。
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2018/05/11

【浮世絵ねこの世界展】

art-17 【浮世絵ねこの世界展】 八王子夢美術館

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はじめての美術館。
今までなかなか行く機会がなかった美術館だが、大好きな猫の浮世絵がきているし、ちょうどコストコに行くのでついでにと思って行ってみた展覧会である。

この美術館、決して広いわけではないけれど、うまく区画を作って展示していた。約150点もの展示!
それほど混んではいなかったのでゆったりとみることができてうれしい。

第1章 猫のプロフィール~ありのままの猫~
迫力ある猫からスタート。
小林清親の「猫と提灯」は何度か見ているけれど、獲物を狙う猫の目つきがするどい。ネズミはもう観念した様子。
「暁斎落画 猫と鼠」。こんなに鼠が固まっていると、猫も狙いにくそうな?
これはきっとあるだろうと思ったのが「名所江戸百景 浅草田園酉の町詣」。この猫の後ろ姿(丸い)がかわいいのなんの。名所江戸百景の中でも一番好きな部類。

第2章 お茶目な猫たち~猫の戯画-国芳作品を中心に~
猫といったらやっぱり国芳!いやあ楽しい・・・
にゃろめみたいな「荷宝蔵壁のむだ書」や当字はよく見るけれど、楽しい。
「流行猫の戯」シリーズは歌舞伎のパロディ的作品。ワタクシは歌舞伎に全然詳しくはないのだけれど、これだったら見てもいいかも!登場人物?も猫なのだけど、着物の柄、周囲の小物は貝殻だったり、葉っぱがアジの開きだったりで、細部にわたって描きこまれている。
「心学稚絵得 猫と鼠」。このシリーズはこどもにわかりやすく学問をとくというもの。猫とともに酒を飲み、ほろ酔い気分になっている鼠の運命は・・・油断大敵!

第3章 国芳と猫と美人たち~浮世絵師・国芳描く自画像、猫、美人~
まだまだ続く国芳。
国芳はよく自分を描きこんでいるのだけれど、何かに隠れていたり、後ろ姿だったり。決して顔は見えないように描いているところがシャイですね。
「山海愛度図会」は好きなシリーズ。猫が登場するのはその中の3点。
「えりをぬきたい」はお化粧する女性の後ろでじゃれあう猫たち。
「おおいたい」は猫にとびつかれた女性が痛そうに顔をしかめる。猫、爪を出してるんですね。
「はやくきめたい」は早く結婚したいと思う女性と、猫箱になってる猫。香箱座りというそうで、女性の嫁入り道具とつながる。
背後には各地の名産品が描かれているシリーズである。
「妙でんす十六利勘」は右上に描かれた十六羅漢とそのパロディの女性が楽しいシリーズ。猫が登場するのは2枚。
「降那損者」では猫は女性の半天の中に入ろうとしていて、「朝寝者損者」では女性にすり寄っている猫。ワタクシとしては決して朝寝坊は損とは思いませんけれど(笑)。
「七婦久人 寿老人」は寿老人を婦人に見立てた絵。寿老人は巻物をつけた杖を持ち、鹿をひきつれているのだが、婦人は長い手紙を持ち、袋をかぶった猫が鹿なんでしょうね。

第4章 猫は美人が好き~美人画の中の猫~
美人画というと国貞。
「新板風流相生尽 卯 春 竹にすずめ」。コマ絵が竹と雀。女性の着物から猫が顔を出すという図。猫に美人は似合いますね。
少し時代は進んで、豊原国周、揚州周延、月岡芳年など。
明治になっての浮世絵は色が鮮やかすぎて正直微妙なんですね。
でも二四時間制がとられてからの、それにちなんだシリーズは結構好き。
国周の「見立昼夜 廿四時之内」シリーズ、芳年の「新柳二十四時」シリーズなど。
芳年のこのシリーズはわりと好き。
美人画シリーズの「風俗三十二相」も~さう(そう)で統一されておもしろい。うるささうの猫はちょっと怖いけれど。

第5章 猫は子どもの友だち~猫と子どもは仲よし~
猫と子どもは似合うけれど、仲よしかどうかは・・・
子どもにむぎゅっとされたり、引っ張られたり、どちらかというと猫は迷惑そうな表情だったりする。
この中で気に入ったのは、歌川国貞(三代目豊国)の「江戸名所百人美女 四ッ谷」(このシリーズは全部見てみたいもの)、鈴木春信の「鼠をねらう猫」。猫というよりは春信の美人画が好きだというのもあるのだが。

第6章 楽しくユカイな猫の国~猫のおもちゃ絵~
幕末から明治にかけて子どものために描かれた浮世絵で、切ったり組み立てたり、まだ着せ替え人形のようにして遊ぶものもあった。
擬人化された猫たちが描かれていて楽しい玩具。
歌川国芳の弟子たちが多く描いていて、温泉や宴会など、まるで人間!

第7章 化け猫ものがたり~妖怪になった怖い猫~
猫は猫でも化け猫。
国芳は「東海道五十三対 岡部」と「五十三駅 岡崎」である。五十三次関連いろいろあるんですねぇ。歌舞伎や狂言をよく知っていたらもっと楽しめるのですが・・・
化け猫といってもかわいい・・・というかおもしろいのが弟子の芳藤「五拾三次之内猫之怪」。はめ絵で化け猫が猫9匹(多分)で描かれている。
月岡芳年「豪傑奇術競」。芳年はこういう絵の方がいいなあ。鮮やかな色彩がこうした絵にはあう。

予想以上に充実していて楽しめました。
猫好きの方は是非どうぞ。

2018/05/10

国分寺:鬼無里 国分寺店

美術館を3つはしごしてさすがにくたびれた。
ということで飲んで帰ることに。

先月行ったら満席で入れなかった鬼無里である。

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まずは生ビール。お通しは肉豆腐。
おや?いつもある黒板メニューがないな・・・
連休中だからかしら?このままなくなっちゃったら悲しい。
ツナコーンサラダ、納豆包みあげ。
今週は納豆を食べる機会がなかったということで注文。
サラダのドレッシングは六種から選べたが、迷いにまよって結局ノンオイルごまと香味野菜をチョイス。

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続いて日本酒利き酒セット。
今回は、秋田の純米酒・天寿、愛媛の純米吟醸・石鎚、京都の山廃純米酒にごり・玉川をチョイス。好みはやや甘いけれど天寿かな。
なんこつ、ねぎま。

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最後に赤ワイン。
もやし炒め、じゃがバター塩辛。
なかなか頼みそうで頼まなかったもやし炒めにチャレンジ!焼き肉のたれで炒めてる?
じゃがバターと塩からはあいますね。

今度は黒板メニューが復活していることを祈ります。

東京都国分寺市南町2-16-21

2018/05/09

【プラド美術館展】

art-16 【プラド美術館展】 国立西洋美術館

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近代美術館→三菱一号館美術館に続いて西洋美術館へ。
プラド美術館展である。
何年か前、プラド美術館は一日かけて(開館時間から閉館時間までいた)まわってじっくり見てはいるのだが、何度でも見たいですからね~

1 芸術
スタートはベラスケスの「ファン・マルティネス・モンタニェースの肖像」。ごくごく正しい肖像画。
今回の目玉はベラスケスの作品が7点もきていることなのだが、プラドのベラスケスの間のように並んでいるわけでなく、テーマごとの展示の中に1点ずつ展示されているのである。どうせなら並べてほしかった気もする。
この章で一番気に入ったのは、スルバランの「磔刑のキリストと画家」。色を落とした中、キリストが浮かび上がる。画家はスルバラン自身とも言われる。
これもきたか!とびっくりしたのはカーソの「聖ベルナルドゥスと聖母」。プラドではじめて見て衝撃を受けた絵なのだ。スペインで人気の聖人なのだけど、これが聖人?なのである。

2 知識
ベラスケスの作品は「メニッポス」。ギリシャの哲学者であるが、フツーのおじさんに描かれている(笑)。哲学者には見えない・・・
ルーベンス工房の「亡く哲学者ヘラクレイトス」の方がいいなあ。悩める哲学者という感じ。
ベレーダの「聖ヒエロニムス」。これまた悩める聖人。やせた体が痛々しい感じ。
ワタクシの好きそうな絵が見えた。絵の中の絵。左下に花のブリューゲルのような花が描かれている!と思ったら、やはりヤン・ブリューゲル他合作の絵だった。

3 神話
ベラスケス「マルス」。これがまた実に人間臭い。たるんで肌、くたびれた表情はとても神には見えない。
ティツィアーノ「音楽にくつろくヴィーナス」は画家お得意の題材。ヴィーナスというより生身の女性に見える。結婚を記念した絵という。
マルチネス「鎖につながれたディテュオス」。冥界に送られて鎖につながれ日々ハゲタカについばまれるディテュオスの苦悶の表情がリアル。
カルドゥーチョ(帰属)の「巨大な男性頭部」はあまりに大きくてビックリ!

4 宮廷
ベラスケス「狩猟服姿のフェリペ4世」。宮廷画家ベラスケスといえばやはりフェリペ4世やその家族を描いた画。まさにこの絵で気に入られ宮廷画家になったというが、あごを若干短めに描いたのがよかったのか・・・
ミランダの「甲冑姿のカルロス2世」は王の狂気がみてとれる。こんなに描いてオッケーだったのか?
もう1枚ベラスケスは矮人の少年を描いた「バリェーカスの少年」。ちょっとゴヤ的だ。

5 風景
スペインで風景画家はほとんどいなかったそう。
ん?ベラスケスの「王太子バルサタール・カルロス騎馬像」が風景画?確かに背景の風景は細かく描かれてはいるけれど、これは肖像画の範疇では?
風景画家がいなかったとはいえ、スペインでは風景画は人気でフランスやイタリアの風景画も好まれたようだ。
今回きていた風景画には廃墟っぽいものが何点かあり、中でもよかったのはロラン。

6 静物
さすがにベラスケスはなかったが、静物画は大好きなのでどれもよかったですね。
なんで、昔の静物画には逆さに吊された鳥が描かれるのであろうか・・・
ラミーレス「食用アザミ、シャコ、ブドウ、アヤメのある静物」とイエペス「卓上の二つの果物皿」が特にお気に入り。果物だけだが、一つ一つ個性がある。
ヤン・ブリューゲル「花卉」は華やか。

7 宗教
ベラスケスは「東方三博士の礼拝」。初期の作品とのことで、のちのベラスケスの作品とは若干違って固い感じ。
リベーラの「聖ペテロの解放」は光が効果的に描かれて劇的な場面が演出されている。
スタンツィオーネ「洗礼者聖ヨハネの斬首」。このテーマだとモローを連想するが、まだこれは切り落とされる前の絵なのである。右に描かれているのがサロメと王らしい。
ルーベンス「聖アンナのいる聖家族」。暖かみのある絵。
ムリーリョ「小鳥のいる聖家族」。妙に生活感がある。

ベラスケスファンの方は是非ともどうぞ。
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2018/05/08

【ルドン-秘密の花園展】

art-15 【ルドン-秘密の花園展】 三菱一号館美術館

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国立近代美術館から移動、昼食をはさんで向かったのは三菱一号館美術館。
三菱一号館ではよくルドンを見るけれど、今回は特別。
グラン・ブーケはこの美術館所蔵だけれど、その兄弟たち・・・ドムシー男爵の食堂壁画がすべて揃うのです!

1 コローの教え、ブレスダンの指導
ルドンは若い頃は黒、その後彩色というイメージだが、黒の時代でもカラーの絵は描いている。このちっちゃな風景画が意外といいんですね。生前、発表することがなかったらしい。
体が弱かったルドンが親戚に預けられていたというペイルルバードを描いた「ペイルルバードのポプラ」が一番気に入った。
ブレスダンの影響が感じられるエッチング「スペインにて」もいい。

2 人間と樹木
シェイクスピアのテンペストに出てくる怪物、キャリバンを描いた2枚が不気味なようなかわいいような・・・
不気味というかなんか不安になるのが、何度か見ているゴヤ頌。
「エジプトへの逃避」や「ヤコブと天使」などはなんとなくモロー的である。

3 植物学者 アルマン・クラヴォー
植物学者のクラヴォーの影響で植物のみならず、文学、仏教などに感心を持つようになったというルドン。
確かにゴヤ頌のあの人間の顔は、植物的。
「若き日の仏陀」は安らぎが感じられる絵。
版画集「夢想」は自殺してしまったクラヴォーに捧げた作品集だ。

4 ドムシー男爵の食堂装飾
今回のハイライト!オルセーから15点の装飾画が来日。
欲をいえば、すべての同じ部屋に展示してほしかったのと、グラン・ブーケもいつもの部屋から持ってきてほしかったところだが・・・
黄色をベースとした淡い感じの画が並んで、いい雰囲気。素敵な食堂だっただろうなあ。
こうして見ると、カラフルなグラン・ブーケは1枚だけすごく目立っていたのではないだろうか。
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5 「黒」に棲まう動植物
このあたりの作品は何度か見ているものが多いのだが、不気味なような神秘的なような・・・
体調がよくない時にはあまり見たくないような・・・

6 蝶の夢、草花の無意識、水の眠り
途端に華やかな絵になる。
蝶や蛾に花。花も蝶に見えたりする。
「眼を閉じて」はお気に入りの作品の一つ。「若き日の仏陀」にも共通する穏やかな空気が感じられる。
「オルフェウスの死」はまたまたモロー的だなと感じた。


7 再現と想起という二つの岸の合流にやってきた花ばな
ルドンにしては写実的に描いた作品もあったのが、やはりルドはもやもやっとした感じがいいんじゃないかなあ。
ルドンはたくさんの花瓶を持っていたとのことだが、日本的な絵が描かれた花瓶がおもしろい。

8:装飾プロジェクト
「オリヴィエ・サンセールの屏風」がなかなかよい。

ドムシー男爵の城館の食堂壁画を是非どうぞ。

2018/05/07

丸の内:パパイヤリーフ 丸の内ビル店

国立近代美術館で横山大観展を見たあと、歩いて三菱一号館美術館に向かったのだが、お昼を食べられる場所も見つけねば・・・と思ったもののなかなか見つからず、結局東京駅まで出てしまい、丸ビルに入った。

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なかなか強気な値段のお店が多いなか、リーズナブルなお店発見!
タイ、ベトナム、インドネシア料理をカリフォルニアテイストで盛りつけたお店だそう。
たまにエスニック料理は食べたくなるものですね。

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私が頼んだのはアジアンヌードルランチ(フォー・ボー)。
フォー・ボーは牛肉入りのベトナムスープ麺。甘みを感じるスープがおいしい。
海老トースト、ベトナム生春巻、鶏肉のタオチオソースがついている。
デザートはココナツプリン(多分)。

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同居人が頼んだのはアジアンヌードルランチ(トムカーガイのフォー)。
鶏肉のココナッツミルクスープ麺。見た目はちょい辛そう。味見させてもらったが、辛みと酸味があってこれもいいですね。トムヤムクンよりは辛くはない模様。しかし、最後には結構汗をかいたとのこと。

おいしいお店だったけれど、カリフォルニアテイストはちょっとよくわからなかったなあ(笑)

東京都千代田区丸の内2-4-1 丸の内ビルディング5F

2018/05/06

【横山大観展】

art-14 【横山大観展】 国立近代美術館

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国立近代美術館で開催されている生誕150年横山大観展に行って参りました。
十年ぶりの大回顧展という。

第1章 「明治」の大観
展覧会は「屈原」からスタート。以前一度見ているが、東京美術学校を追われた岡倉天心と楚の政治家屈原を重ね合わせた絵。どうりで、屈原の顔が険しいはず。
大観、菱田春草他2名の寄せ書き。猫はてっきり春草が書いたかと思いきや大観だった。
「迷児」はなんとも変な絵。少女のまわりに孔子、釈迦、老子まではわかるとしても、なぜここにキリストがいるのだろう?
「ガンヂスの水」はガンジス河には見えない。
「白衣観音」100年以上行方不明になっていて最近発見されたという。うーん、これ足短いし、フォルムが相当変。
「瀑布(ナイヤガラの滝・万里の長城)」金屏風に描かれている。屏風絵にあうかどうかは微妙だが、迫力は満点。
「山路」新岩絵の具を油絵のように使っている。雑に見えそうなところをぎりぎり踏みとどまってる感じ。大観って新しもの好きだったのかも?
「彗星」。ハレー彗星を描いている。おもしろい題材。墨絵風。

第2章 「大正」の大観
「山茶花とリス」かわいい!こういうのいいな。大観は動物好きだったという。
「松並木」人物は微妙だが、あくまでも松が主役。東海道を連想するなあ。
「瀟湘八景」トーハクにある方じゃない作品。わりと牧歌的に描かれている。
「焚火」2人の男性が猿っぽい顔なのが気になる・・・
「荒川絵巻(長瀞之巻・赤羽之巻)」前期は長瀞。歩いてみたくなる。
「群青富士」なんか妙に気に入ってマグネット購入。非常にデザイン的。カラーもビビッド。
「霊峰十趣」春、秋、夜、山が出てきた。どれもいいのだが、一番の好みは山。
「胡蝶花」いたちがかわいい。
「雪旦」静かな朝。
「生々流転」第2会場はこの作品のみ。いや~すごいな。40メートルと日本一長い絵巻が今回すべて見えているのだ。雲が雨となり川となり、海へと流れ込み、海から龍が上っていき、天へ。そして雲へと振り出しに戻る。季節も春~冬と移り変わる。人物や猿、鹿、木々。これを見るだけでも行く価値あり!

第3章 「昭和」の大観
「龍蛟躍四溟」うねる龍。少々漫画チック。
「海に因む十題」何回か見ているが海も山も好き。波騒ぐは五浦なのかな。
「春光る(樹海)」明るい富士山。
「或る日の太平洋」波のうねりがすごい。波から龍につながり、その上に富士山。
第3会場にうつって、「霊峰飛鶴」青が美しい富士山と鶴の取り合わせ。

こうしてみると大観もバラエティに富んだ作品を残していますね(微妙な作品も含め・・・)
後期はかなり入れ替わるようなのでもう一回行きたいところですが・・・

是非どうぞ。

2018/05/05

府中:平次のおうどん

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府中市美術館に行ったあとの昼食。

どうやら肉汁うどんと天ぷらがウリのお店の模様。
武蔵野うどんっぽいですね。
ただし、麺は讃岐の小麦粉で作っているらしい・・・

メニューは結構豊富で一瞬迷ったのだが、まずは基本をということでやはり肉汁うどんにすることにした。

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私は特小。
といっても280グラムあるので、これがフツーの量かも・・・

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同居人は小盛(380グラム)。
さらに中盛(480グラム)、大盛(580グラム)、特大(680グラム)という段階があり、特大って恐ろしいほどの量なのでは・・・

麺はやや堅めという程度。
汁は穏やかな味、濃くはない。
具は、豚肉、ねぎ、小松菜、椎茸。案外甘く煮た椎茸がいいアクセントになっている。

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変化をつけるべく、濃汁を入れて少し味を濃くする。
そして、最後に自家製ラー油をほんのちょっと入れてさらに味変!

目の前で揚げている天ぷらがおいしそうだったので、今度は天ざるでも食べてみようかな。

東京都府中市緑町3-3-1 ヴェールメゾン府中

2018/05/04

【リアル 最大の奇抜展】

art-13 【リアル 最大の奇抜展】 府中市美術館

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毎年この時期に府中市美術館で開催される春の江戸絵画まつり。
今年のテーマはリアル!
前後期あっていつもだいたい後期しか行けないのだが、やはり今年も後期のみとなった。

1章 「リアル」の力
展覧会は、森狙仙の「群獣図巻」からスタート。狙仙というと猿のイメージだが、こ図巻にはいろいろな動物が描かれる。カワウソ?かと思うのだが、なんだかわからない動物も・・・さすがに猿は毛並などリアルだ。
狙仙の「紅葉に鹿図」もいい。
亜欧堂田善「花下遊楽図」は田善版草上の昼食といったところ。なんかのどかな雰囲気。
長谷川雪堤「浅草雪景図」は一瞬、川瀬巴水の作品を連想した。
一番おもしろかったのが片山揚谷「蜃気楼図」。ハマグリが気を吐くと楼閣のかたちが現れると言われていたらしいであるが、ハマグリは実にリアルに描かれている。
一番気に入ったのは矢野良勝「全国名所図鑑」。裏見の滝と華厳の滝の部分を見ることができたのだが、滝がリアル!

2章 「リアル」から生まれる思わぬ表現
亜欧堂田善「少女愛犬図」。西洋の銅版画の模写なのだが、まあなんてかわいくないんでしょう(笑)。わざとなのか・・・
葛飾北斎「雪中鷲図」。迫力あり。
北鼎如蓮「鯉図」はメタリックな鯉。何か変。金属製の動くおもちゃのような感じに見える。
黒田稲阜の「千匹鯉図」はデザイン的だ。
一番のお気に入りは小泉裴「鮎図」。鮎を狙う鳥がポイント。

3章 ところで「これもリアル?」
東燕斎寛志「美人瞋焔図」がおもしろい。
障子の向こうにシルエットとして写る仲良くする男女を見る女性の顔のいまいましげな表情がなんともいえない。

4章 従来の描き方や美意識との対立と調和
米田松洞「西山秋景」が楽しい。よくよく見るといろいろな物が小さく描かれており、安野光政の旅の絵本を見ているかのよう。
忍頂寺静村「菊に猫図」の猫はまったくかわいくない。天竜道人「牡丹に猫図」の猫の方はまだ少しはかわいげがある。
ちょっと気に入ったのは、淵上旭江「真景図帖」。あまりにデフォルメしすぎで中国の風景みたいになっているが・・・

5章 二人の創作者 司馬江漢と円山応挙
最後に真打ち登場!
司馬江漢というと、不思議な油彩画のイメージだが、それ以前には花鳥画や水墨画風な絵も描いていたんですね。むしろそっちの方が好きだなあ。
花鳥画はちょっと詰め込みすぎという気もするが・・・
「相州江之島児淵図」や「馬入川富士遠望図」など富士山が登場する作品いいですね。
「七里ヶ浜図」はやや抽象画っぽい。
さて、応挙。
「虎皮写生図」にびっくり。サイズ等も記されていて、熱心に記録した様子がうかがえる。
「猛虎図」はそうした写生をもとにリアルに描いたのだろうけれど、なんかやっぱり顔がかわいすぎる・・・
「鼬図」「雪中残柿猿図」は毛並みがリアルだ。
応挙といえば、ワタクシにとっては狗子図で、今回は「時雨狗子図」が出ていた。なんともいえずかわいい。
「鯉魚図」もリアル。
大迫力なのは「竜門図」だった。上っていく鯉!

おもしろい企画の展覧会でした。
是非どうぞ(5月6日で終了です)。

2018/05/03

東海道五十三次歩き(第20回) 箱根~沼津4

(3より続き)

1_4
またまた常夜燈があり(やはり静岡に入るとあるんですね)、その先に30番目の一里塚。

2_4

3_4
右側の玉井寺の一里塚は江戸時代のもの、左側の宝池寺の一里塚は復元されたものだ。

4_5
玉井寺には白隠の遺墨「三界萬霊寺」の石碑等がある。なんとも力強い字だ。

5_4
八幡神社には、頼朝と義経が涙の対面を果たした時に座った石がある。

6_4
そのすぐそばにある柿はねじり柿。
頼朝が柿の実を食べようとしたところ渋柿だったのでねじって捨てた。それが芽を出して2本の立派柿の木に成長したが、幹をからませねじりあっていたたため、ねじり柿と言われるようになったとのことだ。

7_4
ということで、少し先にある和菓子のお店光来堂で「源氏双柿」というお菓子を購入した。
中に手亡餡と柿の羊羹がサンドされたスポンジ生地のお菓子でホワイトチョコでコーティングされている。上には源氏の家紋が押されていた。

千貫樋のあたりで三島市から清水町へと入っていた。

8_4
清水町のマンホールを撮影。
柿田川(今回は時間の関係で見学できず残念)、旧柿田橋(めがね橋)、富士山がデザインされている。

9_4
黄瀬川の手前には松並木が残る。

川を渡る手前で智方神社に寄る。

10_4
と、この日4匹目の猫に遭遇。一日4匹は記録かも??

11_4
鎌倉で殺された護良親王の首を、侍女が持ち帰る途中、黄瀬川の洪水に遭い、やむなくこの地に葬り、目印にクスノキを植えた。これがこの神社のはじまりという。
クスノキは樹齢600年でとても大きい。

12_4
黄瀬川橋を渡って沼津市に入った。
橋の上からはてっぺんのごくごく一部が見えていた富士山。数分歩いているうちに少しずつ見え始めていた。

13_4
潮音寺に寄る。
曾我兄弟の仇、工藤祐経の恋人だった亀鶴姫は、頼朝から声がかかるも断り続け、ついには黄瀬川の滝に身投げしてしまった。それを憐れんで手厚く供養すべく観音堂が建立された。亀鶴姫之石碑もある。

14_5
すぐ先に沼津領傍示石があり、ここからは沼津藩領である。

やがて旧道は県道380号線に合流するが、再び狩野川沿いの道へと入る。
堤防が高くて川が見えない。せっかくなので堤防の上に上がってみることにした。

15_4
川を撮影して、ふと振り向くと・・・

16_4
ついに富士山がバッチリ見える!
この日は富士山眺望スポットがいくつもあって、朝から見えたらもっとうれしかったが、でも最後の最後に見ることができてホントにうれしい。

黒瀬橋をくぐったところで沼津宿へと入る。

17_4
平作地蔵があった。
日本三大仇討ちの一つ、伊賀越の仇討ちの登場人物(浄瑠璃伊賀越道中双六)平作の茶屋のあったところに地蔵堂が建てられ、延命地蔵として信仰されている。
ちなみに、あとの2つは、忠臣蔵、曾我兄弟の仇討ちだそうだが、伊賀越の仇討ちのことは知らなかった。

18_4
その先に31番目の一里塚と、玉砥石。

19_4
2つ石があるが、今から1200~1300年前に玉類を磨くために使われた砥石という。

沼津駅に向かう前に、最後に、境内に芭蕉句碑があるという日枝神社に寄ろうと思ったのだが、だいぶ先の歩道橋を渡らないといけないことがわかり、あきらめる。

20_4
沼津のマンホール(千本松原の松、はまゆう、駿河湾、愛鷹山、富士山と盛りだくさんなデザイン)を撮影し、駅へと向かう。

東海道歩きの1回目は沼津駅からだったので、これでようやく二川までがつながったことになる。やったね!

沼津から一駅東海道線で三島に戻り、新幹線の時間はと見ると、まさにもう出るところ。
あきらめて次のにすることにし、駅弁を買って急いで待合室で食べる。

21_2
奥駿河の磯ちらしである。
桜えびの煎り煮、富士山サーモン、蟹身、海老、たこ、とびっこなど結構いろいろとのっていておいしかったが、もっとゆっくり食べたかったなあ・・・

急いでおみやげ(なぜかわさび漬け)と缶ビールを買い、7時20分のこだまに乗って、母親が持っていたナッツをつまみにカンパーイ!

東京で中央線に乗り換え、帰宅は9時半近く。

今回はなんと約54800歩も歩いた。
府中~藤枝の時が約54600歩だったからそれを越えたことになる。
いや~よく歩きました(下りが多かったので次の日筋肉痛に)。

次回は、二川から歩きます。

(完)

マップはこちらを使っています。
 ↓ ↓ ↓
ホントに歩く東海道 第4集 箱根関所~元吉原(36.7km) (ウォークマップ)

2018/05/02

東海道五十三次歩き(第20回) 箱根~沼津3

(2より続き)

1_3
その先は臼転坂。臼を転がした、あるいは牛がこの道で転がった、という説があるようだ。
まだまだ石畳の道が続く。

2_3
塚原新田に入ったところ、2匹目の猫に遭遇!
早足でかけていった先がこの猫の家なのだろうか、後ろに犬を従えて(吠える吠える)ドヤするのがなんか悔しい(笑)。

3_3
普門庵にはたくさんの石造物があった。
馬頭観音、地蔵菩薩、供養塔、観音菩薩の他、最近のお気に入りである如意輪観音もあった。

その先の宗福寺にも供養塔が。このあたりは巡礼関係の供養塔が多い。

4_4
国道への合流地点には箱根路の碑と寛政3年の萬霊塔。
箱根路の碑の裏には馬子唄の歌詞が彫られている。

5_3
伊豆縦貫自動車道を越えた先に松並木が見えてきた。
歩行者は石畳の遊歩道(初音ヶ原石畳)を行く。きれいに敷き詰められているが、土ではなく下は舗装されているのでむしろ歩きづらい。

6_3
28番目の一里塚、錦田の一里塚。
左右とも昔のまま残っていて立派。左右現存というのは珍しい。

そのすぐ先に三島市眺望地点の標識があったが、やはり雲が厚く富士山は見えない。

7_3
箱根大根恩人碑なるものがあった。
鉄道の開通とともに歩いて箱根を越える人が減り、かわって農業が盛んとなった。富士山の火山灰は根菜類の栽培に適しているとのことで、大根や戦後はじゃがいも栽培が盛んになったとのことだ。

8_3
まだまだ石畳の路は続く。
つつじがきれいだ。

9_3
愛宕坂を下り、東海道線の踏切を渡る。
箱根西坂最後の坂、今井坂を下ると、ついに平地だ。

10_3
宝鏡院の入口に鞍掛け石がある。
昔は馬乗り石といって神社に参詣する人がここで馬に乗ったと伝えられているそうだ。

11_3
宝鏡院には頼朝が笠を置いたという笠置き石や、お寺を開いた足利義詮の墓がある。
(お墓はたくさん宝篋印塔があり、どれが義詮の墓だか明確にはわからず)。

新町橋で大庭川を渡ると三島宿に入る。
このあたりが東見附だったらしい(さらし首場もあったらしい・・・)。

12_3
妙光寺の狛犬は巨大!
こんな大きな狛犬ははじめて見たと思う。

13_3
ついに三嶋大社到着!
2016年8月に訪れて以来である。

たたり石、和山牧水の歌碑を見て、向かうのは福太郎茶屋。
何度かきている三嶋大社だが、茶屋に入るのははじめて。もちろん!お目当ては福太郎餅である。
福太郎餅2個と愛鷹山麓で作られた沼津茶のセットで200円。

14_3
福太郎大好きなんですよねぇ。
あんこが甘すぎないのがいいな。ぺろりと食べる。お茶もおいしい。
少し疲れ始めていたのだが、これで復活!である。

15_3
本殿にお参りし、神馬舎を見て(なぜか腰掛石は見るのを忘れてしまったが)、神鹿園に行ってみると・・・

16_3
ぎゃっ、鹿がどんどん寄ってくる!早々に退散したところで、この日3匹目の猫に遭遇したが、スマホで撮っている最中で逃げていってしまい、カメラでは撮ることができず。残念。

街道へと戻る。

17_3
三島宿は大きな宿場だったようだが、今は問屋場跡、世古本陣跡、樋口本陣跡の石柱が残るのみである。
2つの本陣の門は2つのお寺へと移築されていて、見たかったのだが、時間の関係でカットせざるをえなかった。残念。

18_3
源兵衛川沿いにある三石神社の前に時の鐘がある。
第二次世界大戦時に供出されてしまったので、今の鐘は昭和25年に造られたものとのことだ。

隣に鰻の有名店桜家があり、いいにおいが・・・
ちょうど昼にこのあたりを通るのだったら食べたかったなあ。

19_3
ちょうど三島市のマンホールがあり撮影。
市の花である三島桜のデザインだ。

ちょっと寄り道、伊豆國分寺へ。

20_3
入ったところに伊豆型の道祖神が!
前々回はじめて伊豆型を見たのだが、こちらにあったものは小さくてかわいらしい。

21
本堂裏には七重塔の礎石が残る。

22
静岡県に入ったということで秋葉神社が出てきた。神奈川県にはなかったですからね。

23
樹齢300年のムクノキ、常夜燈などがあるが、これはいったい?狛犬?ちょっと怖い顔をしているけれど・・・

このすぐそばに西見附跡の碑があったようなのだが見逃してしまった・・・

24
千貫樋を見学する。
境川にかけられた樋だが、今も用水路として田畑を潤しているそうだ。昔は木製だったが、関東大震災で壊れたのち鉄筋コンクリートにしたという。

(4へ続く)

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2018/05/01

東海道五十三次歩き(第20回) 箱根~沼津2

(1より続き)

小枯木坂の先で三島市に入る。

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雲助徳利の墓があった。
お酒の飲み過ぎで命を縮めてしまった雲助で、お酒好きだった彼のため、仲間がお金を出しあってお墓を建てたという。ちゃんと盃を徳利が刻まれているのがおもしろい。

駒形諏訪神社の方から山中城跡に入る。

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北ノ丸跡、本丸跡、矢立の杉(樹齢500年)、兵糧庫跡を見て、本丸堀。

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二ノ丸虎口、架け橋、元西櫓、溜池。

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そして前から見たかった畝堀と障子堀。
ツツジがキレイだ。

残念ながらここでも富士山は見えず・・・

角馬出、土橋、西の丸。

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西の丸の藤の花は満開だった。

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田尻の池、三の丸堀を見て見学終了。
いや~充実してたなあ。想定外に時間をとってしまったけれど、大満足。

お昼になったので、2つの見学ポイントはあとで戻るとして、山中城跡売店で昼食とする。

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頼むのはもちろん!名物の寒ざらし団子(400円)プラスおにぎり(350円)。

おにぎりは焼きおにぎり(梅入り)でこれまたおいしかったけれど、寒ざらし団子がまたおいしい!
白い方は抹茶塩で、草団子の方は味噌だれで。下に敷かれているのはきなこですね。どっちの味もいいなあ。

十分休息して、再び歩き始める。
少し道を戻って、宗閑寺。

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秀吉と北条氏の戦いの際、亡くなった武将たちの墓がある。
お堂の屋根に葵の御紋が2つあるのが見えるが、このお寺を開いたのが、家康の側室お久の方(戦死した北条の副将の娘)だかららしい。

続いて芝切地蔵。

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お堂の中のお地蔵様よりも、おもしろいのが虫歯地蔵。ホントに痛そう(笑)
富士山みたいな形の芝塚もあった。

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売店のところまで戻ってちょっと寄り道。岱崎出丸を見学する。
秀吉の小田原征伐に増築された曲輪で、まわりをよく見渡すことができる(すなわち景色がよい)。

東海道に戻って、馬頭観音、司馬遼太郎の碑を過ぎ、国道を渡って旧道にまた入るはずだったのだが、なんと通行止め。仕方なく国道をしばらく行くことになった。

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菊池千本槍の碑。
なんでも南北朝時代にこの地であった合戦ではじめて槍が使われた、槍発祥の地とのことだ。

芭蕉の句碑の先で旧道に入る。
かみなり坂(上長坂)である。

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途中見えたきたのは、スカイウォーク。車がたくさん止まっていて大盛況の模様。ただ、富士山は見えない・・・

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馬頭観音を通り過ぎると(この日は馬頭観音が多かった)、視界が開ける。

その後うっそうとしてきたのだが、ぎゃああああ。蛇をふみそうになった!東海道歩きをはじめて3匹目の蛇。マムシ柄に見えたけれど、アオダイショウの子供かもしれない。

というところでうっかり通り過ぎそうになったが、笹原一里塚があった。
このあたりは笹原新田という地名だが、箱根西坂には山中、笹原、三ツ谷、市ノ山、塚原という5つの新田がある。といっても田があるわけではない。

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笹原一里塚は27里目。
大岡信の碑もあった。

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庚申塔、またまたの馬頭観音を通り過ぎ、こわめし坂に入る。あまりの急坂で旅人が背負っていた米が強飯になってしまったといういわれだそうだ。

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入ってすぐのところに一柳院。
秀吉の山中城攻めで討ち死にした家臣の一柳直末の胴体を葬ったという。
ん?宗閑寺にお墓があったはずなのだが、胴体だけが?
六地蔵、馬頭観音などもあった。

三ツ谷新田に入ったところに松雲寺。

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明治天皇が座って富士山を眺めたという石があったが、うーむ、くどいようだが見えないのだ。景色はよいのだが・・・

ここでバナナを食べて休憩し、再び歩き始める。

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小時雨坂に入ったところで、ついにこの日はじめての猫に遭遇!

法善寺址、七面堂址(足利尊氏が建てたという)を通りすぎ、題目坂を下る。
玉沢妙法華寺への道程を示す題目石から名付けられたという。

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出征馬記念碑、山神社、法善寺を通り過ぎた先に六地蔵があった。
といっても六地蔵×2+1である。

(3へ続く)

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