東海道五十三次歩き(第27回) 南日永~石薬師宿~庄野宿~井田川1
2ヶ月ぶりの東海道歩き。
天気予報では一日雨とのことだったが、それほど雨量は多くはなさそう・・・
ということで出かけることにした。
次第に、遠くなってきていて、ついに4時半起き!
仕事じゃなければ早起きも苦ではないものの、さすがに眠い。
6時16分発ののぞみに乗る。今回は指定席。
今まで一番早い新幹線で、さすがに乗ってすぐに朝食は早いかと思い、新横浜を過ぎてから朝食とした。
7時51分名古屋着。
近鉄への乗り換え時間は10分と少々短いので、小走りで乗り換え口へと向かう。
8時1分の急行に乗り込む。運良く座ることができた。

近鉄四日市駅であすなろう鉄道に乗り換え。
かわいらしい電車だ。
前回のゴール南日永駅には9時6分に到着。早速歩き始める。
曇り空だが雨は降っていない。
日永神社を通り抜けて東海道に復帰。

今回も飛び出し坊や(嬢や?)をちらほら見かける。

まずは稲垣末吉翁頌徳碑。
巨万の富を築いた日永出身の実業家で、様々な寄付をして社会のために尽くした人物だという。

実蓮寺は、滝川一益の菩提寺。

どうやら真ん中に移っているお墓が、一益の母親のお墓らしい。

西唱寺の境内には水道記念碑がある。
1859年有志が登城山から竹管で水道を施設したという。

ほど近くに日永一里塚跡。
明治初めに伐採され塚もなくなったという。今は石柱が残るのみ。100里目である。

さらに進むと左側に一本の名残松が。
昔は松並木だったが、戦時中に油をとったためほとんどなくなってしまったそうだ。

伊勢蔵という味噌やさんの先に日永郷土資料館があるが、この日は休館日(土曜と水日の午前中しかあいていない)。そうそう、前回南日永の駅でここの方に出会ったのだった。見学できなくて残念だ。

国道1号線に合流した先が日永追分で、鳥居が見える。

元は街道をまたいであった鳥居(伊勢神宮の二の鳥居)だが、車の通行が増えてこの場所に移された。今あるのは昭和50年のものとのこと。

常夜灯や道標もある。

道標は1849年のもので二代目。初代は日永神社にあるものだそう。

わき水もあり、近所の方だろうか、汲みにきていたが、これは稲垣末吉が別荘を建てた時に掘った井戸という。
少し雨が降り始めたが、たいしたことはないので帽子をかぶっただけで、傘はささずに進む。傘をさすとマップがめくりにくいので・・・

追分駅の踏切に通りかかるとちょうど四日市行きのあすなろう鉄道が発車するところ。ちょうど乗ってた電車が折り返してきたようだ。

大蓮寺を通り過ぎ、観音寺。

山門の屋根の上にのっているのは魔伽羅(サンスクリット語で鰐)。一瞬しゃちほこのようにも見えるが(本堂の上のはしゃちほこ?)、違う。
あすなろう鉄道の終点内部駅を通り過ぎ、内部川の土手にぶち当たるが、昔かかっていた橋は今はなく、国道の内部橋を渡る。内部川は鈴鹿山脈に源を発し、鈴鹿川に合流する川だ。
ここでちょっと寄り道。
菊屋本店という和菓子やさんで、采女の杖衝という最中を購入、あとで食べることにする。
街道に戻ると徐々に上り坂となる。

金比羅宮の建物のところ左折した先にうつべ町かど博物館があった。

ここも、日永の資料館と同様、休館日だったのだが、入口があいている。
と、今日は休館日なんですがちょっと仕事があったのできているんですよ、よかったら資料をどうぞと言われ、ありがたくいただく。
(2へ続く)
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