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2019/04/24

東海道五十三次歩き(第32回) 石部~草津宿~瀬田4

(3より続き)

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交流館を出て少し進むと左手に太田酒造。
太田道灌を祖先に持つ太田家は家光の命で草津に移住、廃藩後酒造りをはじめたという。
うきうき?道潅のワンカップを購入。

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八百久店舗兼主屋。
格子窓と虫籠窓があり、国の登録有形文化財となっている。

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その先の通りを入ると日吉神社。
屋根の上に阿吽の猿が!

もちろん?お地蔵さんもあった。

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叔母川を立木橋で渡った先に立木神社。767年に創祀。
狛犬ではなく狛鹿だ。

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道標があった。
かつては東海道と中山道の追分に建てられていたと思われる道標で「右東海道いせみち  左中山道たがみち」と書かれている。

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なかなかに立派な神社だ。

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草津川を渡る手前に黒門跡があった。ここが草津宿の西の入り口。

少し進んで古川酒造に寄る。天井川のワンカップを購入。湖南から先、天井川が本当に多い地区だ。

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かつてうばがもちやさんがあった矢橋道の道標を通り過ぎ、稲荷神社の前を通る。
30近い鳥居があるらしい。中まで行ってみなかったけれど・・・

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野路一里塚跡。120里目。

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かがやき通りを渡ってまた旧道に入り、地蔵。なぜこの地方は着色するんでしょうね。

平清宗の胴塚の説明板があったが、遠藤家(豪族だった)の邸内に胴塚があるらしかったが残念ながら見えず。

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ふと道路を見ると、草津名物アオバナのマンホールがあった。

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ちょっと寄り道。新宮神社。
一の鳥居入ったところに、地蔵たちが。実にカラフルだ。

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本殿は重要文化財だそうだ。

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街道に戻りちょっとだけ行くと子守地蔵。
カブトムシを捕まえようとして大名行列を横切ろうとした親子が手打ちにあったことを悼んで村人たちが祀った地蔵という。

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野路萩の玉川到着。かつては清水が湧いたという。
座るところがあったので数分休憩。

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この日いくつ目かもわからなくなってきた地蔵堂を通り過ぎて、弁天池が見えてきた。このあたり、池がたくさんある地域だ。

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この中の島に弁財天がある。

狼川橋を渡ってしばらく行くと立派な家が続く。

月輪大池の碑を通り過ぎて、月輪寺へ。

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明治天皇御東遷御駐輩之所碑や新田開発発祥之地碑、東海道の道標などがある。

地蔵堂もあった。

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立場跡碑を通り過ぎ、長沢川を一里山橋で渡る。
桜はほぼ散ってしまっていたが、満開の時はきれいでしょうね。

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この日もいろいろと飛び出し坊やを見てきたが、一番気に入ったのはこれ。すずめかな?

まだまだ地蔵。

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一里塚址。121里目。

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横断歩道を渡った向かいに道標が。
三条大橋迄5里余り、江戸日本橋迄120里余り!もうあとちょっとだ!

この日の街道歩きはこれにて終了。右折して瀬田駅へと向かう。

目標より1本早い電車に乗れて、京都駅到着は50分過ぎ。
駅弁とビールを買ってゆっくり待つ。

前回と同じ6時56分発ののぞみに乗り、早速お弁当タイム。

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今回は手まり寿司。鴨とかはもとかゆばとかが京都っぽいですね。
京都麦酒も4種目、ブロンドエールでこれで全制覇!

食後はうつらうつらしつつ、東京駅到着9時13分。
帰宅は10時半前だった。
約41000歩。

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今回のおみやげのお酒とうばがもち。

あと2回で東海道歩きも終了です。

(完)

マップはこちらを使っています。

 

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