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2019年6月

2019/06/30

サントリー セブンプレミアム ザ・ブリュー

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実に8年ぶりに飲んだセブン&アイの新ジャンル。
実質はサントリーが作ってるものなんですけれどね。

この間、何度もリニューアルしたのだろうけれど・・・
よりよくなっているのか?

注いでみると、フツーのビール色。
飲んでみると、ああ・・・
もう一口めから明らかにビールと違う方向性の飲み物ですね。
最近、かなりビールに寄せてきているものが多い中でまったく違うという・・・
味があまりない(コクがない)中に、ふわっとくる甘み。

これはどういう飲み物と思って飲めばいいのか・・・

2019/06/29

国分寺:串焼きスタンド 猿子

今週は風邪をひいてしまい、一日UPをお休みしてしまった。
ということで、以下は先週土曜日の記事の続きです。

 


土曜出勤の日は必ず美術館をはしごして帰るのだが・・・
飲んで帰るのもお約束。

地元に戻ってさあどうしよう?
なじみの店はいくつかあるけれど、たまには新規開拓しよう!
と向かったのは北口。

ふらふらしているうちに、割とあたらしめに見える串焼きのお店を発見し、入ってみることにした。

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まずは生ビール。サービスでしらすおろしが出てくる。
ガツネギ。ガツ刺しはちょっと・・・だけれど、湯通しされていれば問題なし!

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石突きバター醤油。
ってなんだろ?と思ったら椎茸の石突きだった。これ好き!
数量限定って書いてあったけれど、確かにそんなに一日出ないでしょうからね。

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紅がり巻き、つけもの巻き、チレアブラ、レバーの串焼き盛り。
紅がりは真っ赤でインパクトあり。
案外、つけもの巻きがおいしかった。キャベツのと白菜、しそのと。

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ハムカツ。
ソースじゃなくてマヨネーズと辛子でいただく。

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蒸しつくね3点盛り。揚げ納豆とひじき、ゴーヤと海苔、コーンとオニオン。
納豆がおもしろい。
お酒は、赤ワイン(カップ)×2。

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最後は煮干しバター和え麺。しめって感じだけれど、十分おつまみになる。
煮干し、味より香りがああ煮干しって感じでした。

また行ってみよう!

東京都国分寺市本町3-10-16 工藤ビル 1F

2019/06/28

純米吟醸 辛口生一本真澄

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いただきもののお酒。

真澄は結構飲む機会多いですね。
選ぶのにちょっと困ったら、だいたいこれか澤ノ井になる。

安定した味でいいと思う。
すっきりとした辛口でどんな料理にもあいます。

2019/06/27

サントリー ザ・モルツ ホップパラダイス

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モルツはリニューアル後全然飲まなくなってしまったけれど、派生品とあらば飲んでみようかと。
ということでセブンイレブンで見つけて購入。
コンビニ限定らしい。

注いでみると、フツーの黄金色。
飲んでみると、まずはホップの香り。味もホップの苦みが結構強烈。
ホップパラダイスという名前がぴったりというか。

これ、結構いいかも。フツーのモルツより好き。

2019/06/25

【クリムト展】

art-27 【クリムト展】 東京都美術館

原宿から上野に移動、都美術館へ。
ここまで2つ見てきたウィーン世紀末芸術に関する展覧会第3弾、クリムト展である。

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到着したのが4時近く。さすがにそんなに混んでないだろうと思ったのだが、なんと20分待ち!会場内も混み混みでした。

1. クリムトとその家族
まずはあの有名な猫を抱えたクリムトの写真からスタート。
家族の絵では、弟の娘「ヘレーネ・クリムトの肖像」が印象的。おかっぱの横顔だが、とても大人びてるなあ。
弟との合作の彫金作品が美しい。彫金師の家の生まれでしたね、クリムトは。

2. 修業時代と劇場装飾
若い頃の作品。
師匠のハンス・マカルトや盟友マッチュの作品も。
この頃の作風はとても古典的なのですね。正しい感じの絵。テッィツィアーノの模写もあったが、後年あんな作風に変化していくとは全然思えないのである。
クリムトではなくて、マッチュの作品「女神(ミューズ)とチェスをするレオナルド・ダ・ヴィンチ」、これ気に入った!
 
3. 私生活
クリムトの私生活はまったく(笑)
一生結婚はしなかったものの、少なくとも14人は子どもがいるという・・・
「葉叢の前の少女」は印象派風であるが、この絵のモデルとの間にも子どもがいたとか!いやはや。

でも、もっとも信頼していた女性は弟の妻の妹、エミーリエ・フレーゲで、当時としてはめずらしく自立した女性だったということだ。

4. ウィーンと日本 1900
そのエミーリエを描いたのが「17歳のエミーリエ・フレーゲの肖像」。美しい。額縁に梅が描かれていて、こういうところは日本的。
「女ともだち」は構図が日本的かも。
「赤子(ゆりかご)」はどこが日本的なんだろう?端布がたくさんが積まれた上に赤ん坊がいるという不思議な絵。色が結構ごちゃごちゃしている。

5. ウィーン分離派
今回のハイライト!
「ユディトⅠ」と「ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)」。
解説が後ろにあり、これなら混まないかというとそうでもなくて、見るのが大変でした。
「ユディトⅠ」はタイトルを見ないとユディトとは思えないんですね。あまりに妖しく艶めかしすぎる。ホロフェルネスはというと・・・いました、下の方に首が・・・
油彩画にはじめて金箔を用いた作品とのこと。
「ヌーダ・ヴェリタス」は「アテナ・パラス」(先日見た)の下の方に描かれている女性に似ているが・・・いろいろな寓意が込められているんですね。蛇があやしい。
この2作品もよかったのだが、「ベートーヴェン・フリーズ」の再現が素晴らしい!本物も見ているのだが、実物と変わらない。素材も再現してるんですね。騎士、ゴルゴン三姉妹、テュフェウス、天使たち・・・そして最後に接吻する男女は「接吻」に似てるなあ。

6. 風景画
クリムトの風景画は今まであまり見たことがなかったが、結構いいかも。
「アッター湖畔のカンマー城III」はほぼ点描。
「丘の見える庭の風景」となると強烈。ゴッホの影響があったそうだが・・・
晩年の色遣いにつながる感じ。
好きな画家、カール・モルが2点あったのもうれしい。

7. 肖像画
カラフルな作品続きで「オイゲニア・プリマフェージの肖像」。これまた強烈な色遣い。
「白い服の女」は背景が右は黒、左は白にわかれていて、これは何を意味してるのだろう。

8. 生命の円環
身近な人の死などもあった影響が感じられる作品たち。
「女の三世代」は老いをリアルに描いているし、「家族」は顔色の悪い親子が黒の中に浮かび上がる。これは怖い。重い。 

クリムトの展覧会というと、ヴェルヴェデーレのオーストリア絵画館で見た「クリムト生誕150周年記念展」が圧倒的にすばらしかったのだけど、この展覧会も若い頃から晩年まで網羅していて見所がいろいろとありました。
是非どうぞ。

2019/06/24

【江戸の凸凹-高低差を歩く展】

art-26【江戸の凸凹-高低差を歩く展】 太田記念美術館

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一昨日、仕事を終えて行った展覧会。
このタイトル、まるでブラタモリ!
ということで、ブラタモリファンのワタクシとしてはいかざるをえません・・・
この美術館はものすごく混んでいるということはいつもないのに、意外と人がいっぱい・・・

月刊『東京人 7月号』とコラボしてるのかな?
是非ともこちらも読まねば!

今回はA3「東京の地形と江戸の名所map」(裏は出品リスト)が置いてあり、展示の横にもこのマップが掲示されているわけだが、東京もこうしてみると意外に高低差があるものですね。

作品は圧倒的に広重が多く、続いて広重の弟子、広景(戯画が楽しい)の作品ほか。
まあでもほとんど広重で、今まで何度も見たことのある作品もあるが、高低差という視点では見たことがなかったらとても新鮮。
実際に歩いたところもあって、確かに坂だったな~とか思ったり・・・
現在の写真が展示されている風景を見ると、もちろん、ビルだらけだったりするのだが、しっかり坂が残っている場所もある。ただ、絵の方がかなりデフォルメされている場合が多いのだが。

広重の名所江戸百景の他、東都名所シリーズ、江戸名所シリーズは見たことがあるが、江都名所シリーズはあまり見たことがなかったかも?
また、東都名所坂つくしシリーズなんてのもあったんですねぇ。まさにこの展覧会向け!

驚いたのは、昔、東京には人工の滝があったということ。
北斎の諸国瀧廻りシリーズの1つ、「東都葵ケ岡の滝」は赤坂の溜池から落ちる滝だったようで・・・
今まで、この絵が東京だとは気づいていませんでした。

二代広重の「江戸名所一覧双六」、楽しそうだけれど、どうやって遊ぶのかしら??

実際、歩いてみたいなあと思った展覧会でした。
是非どうぞ。26日で終了です。

 

2019/06/23

新宿:品川製麺所 新宿2丁目店

昨日は出勤日。
仕事を終え、その後、太田記念美術館に向かうべく新宿駅まで歩く途中、昼食を。

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品川製麺所というから、勝手なイメージでつけ麺やさんかな~と思ったら、とんこつラーメンや鶏白湯ラーメン、油そばなどがあるお店の模様。

一応一番推しなのはどうやらとんこつラーメンらしかったので・・・

注文したのは釜炊きとんこつラーメン。

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長浜系と書いてあったけれど、ん?これはなんだろう?背脂かな?
ブツブツが浮いている。
思った豚骨ではなかったけれど、これはこれでありかな。

具はチャーシュー(の上に辛み。意外と辛い)、メンマ、きくらげ、小ねぎ、海苔。
紅しょうがと辛子高菜をのせてみる。
残念!ごまは置いてなかった・・・
博多系よりやや熊本系に近い感じかな?

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麺は細麺で、同居人が替え玉を頼んだので、ちょっとだけもらったけれど、替え玉だとちょっと味わいが違いますね。こちらの方がしっかり麺だった。
はじめに食べた方がスープをよく絡んでいたけれど・・・

白湯ラーメンもちょっと気になりますね。

東京都新宿区新宿2-12-4 アコード新宿ビル

2019/06/22

藤本酒造 神開 赤鬼カップ

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中山道歩きで道の駅竜王かがみの里で購入したお酒。

甲賀市の酒造のお酒だから、むしろ東海道歩きで買うべきだった?
まあ、東海道沿いの酒造ではないから買えなかったわけで、たまたまここで出会ったのでよいだろう。

ん?なぜか大津絵の鬼の三味線が描かれてますね。これもこのお酒を買おうと思った理由なんだけれど、大津市でもないのになぜ?甲賀市の隣ではあるけれど・・・

飲んでみると、結構色がついてますね。
味もしっかりめ。若干、お酒臭さはあるものの気になるほどではなくて、まずまず。

2019/06/21

玉乃光酒造 玉乃光

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東海道完歩し、京都観光を終えて、京都駅で買ったカップ酒(アルミ缶)。
なんか、缶のデザインが気に入って買ってしまったという・・・

1673年創業というのでかなり古いですね。
なんでも、いちはやく純米酒を復活させた蔵なんだとか・・・

飲んでみると、わりあいすっきりとしていますね。
が、じわじわとうまみがくる感じ。やや辛口でしょうか。
これ、結構好きかも。

2019/06/20

古川酒造 天井川

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東海道の草津宿を歩いた際、購入したお酒第二弾は、古川酒造の天井川。
ネーミングがらしいですね~

平地より高くなってしまった川、天井川は、全国の約3分の1が滋賀県にあるとか。草津川もその一つで今や公園となっている。

飲んでみると、やや色がありますね。
結構辛口で、甘み要素はほぼなし。いさぎよい感じ(笑)。
悪くないですね。

2019/06/19

太田酒造 道灌

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東海道の草津宿を歩いた際、太田酒造で購入。
あの太田道灌がご先祖様ということだ。酒蔵としては明治に入ってからなのでそう古くはない。

日本酒の他、ワインも醸造しているということで、実際お店にもたくさんワインが並んでいた。
ワインもいいなあと思ったものの、街道歩きでは重いと大変だし、この日はもう一軒酒造を訪ねる予定だったので、ワンカップを購入。
特別純米山廃仕込みである。
ラベルがいいですね。いっぱいいっぱいまたいっぱい・・・

飲んでみると、結構酸味がありますね。と同時に甘みもぐっとくる。
しっかりとした味わいのお酒。じっくり飲みたいタイプのお酒でした。

 

2019/06/18

竹内酒造 香の泉

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東海道の石部宿を歩いていて見つけた酒造で購入したお酒。かのいづみと読む。
滋賀県ってなにげに酒造が多いですね。

比叡おろしと言われる寒気が入る盆地で、伏流水を元に造られたお酒・・・だそう。

飲んでみると、結構辛口。
が、すーっと消えていって、晩酌にはとてもいいのではないでしょうか。

2019/06/17

池田光宏・池田純子『夫婦で歩いた538キロ!中山道トコトコ歩き』

『夫婦で歩いた538キロ!中山道トコトコ歩き』 池田光宏・池田純子著 合同出版



そろそろ東海道も歩き終わるという時に、中山道の本はないかな~とググって見つけた本。近くの本屋にはなかったのでネットで注文し・・・


届いた本は、でかかった!!!
いや~こんなに大きくて重い本だとは思わなかった(笑)


これだけ大きい本だと、写真も大きいわけで、写真集みたいな感じ。
時々パラパラ見ながら、これからの中山道歩きを楽しみにしています。

2019/06/16

岸本豊『中山道69次を歩く』

『中山道69次を歩く』 岸本豊著 信濃毎日新聞社



2001年初版発行、改訂版が2015年に出ているガイドブック。
著者は中山道69次資料館の館長さんだそう。
ってどこにあるのかな?と調べてみたら軽井沢だそうで。
軽井沢まで到達したら是非行ってみなければ!


地図はちっちゃいので(5万分の1が基本)これだけでは難しそうだけれど、見所の解説は充実。勉強になります。
あと、広重及び英泉が描いた中山道六拾九次の浮世絵がのっていて、どの方向を描いたかがわかるのがgood!


出かける前にしっかり予習しよう!

2019/06/15

『歩いて旅する中山道』

『歩いて旅する中山道』 山と渓谷社



中山道歩きも2回目を終えて、雨がひどくなければ今月末にまた歩く予定だが、マップは『ホントに歩く中山道』を使用するとして、いくつか参考本を購入。


『歩いて旅する東海道』も持っていて、東海道歩きの時も参照していたのだがその姉妹編。
写真が多く掲載されていて、しかもキレイなので見ているとなんとなくイメージがわくんですね。


中山道は東海道より宿数が多く、すべての宿が見開きではなくて1ページだけの掲載の宿もあるのだけれど、ちょこちょこ甘味などお店の情報も入っているのがよいです。

2019/06/14

「メイズ・ランナー」

本日の映画




movie-11「メイズ・ランナー」 THE MAZE RUNNER  2014年米



DIR:ウェス・ポール
CAST:ディラン・オブライエン、ウィル・ポールター、カヤ・スコデラーリオ、パトリシア・クラークソン
STORY:巨大な壁に囲まれた広場に送り込まれた青年はすべての記憶を失っており、かろうじて自分の名がトーマスであることを思い出す。同じような若者たちが送り込まれたこの地は、壁が巨大な迷路になっていて、夜閉じられて朝開くと新たな迷路が出現するという。トーマスもこの迷路の謎にいどみ、なんとか脱出しようとするが・・・


☆☆☆全米ベストセラーのヤングアダルト小説の映画化。


見始めて、これは「ハンガーゲーム」?「ダイバージェント」?と思いましたね。どちらかというと「ダイバージェント」の方に近いだろうか。
一瞬、なあーんだと見るのやめようかなと思ったけれど、まあ一応趣向は違うから見ることにした。


中盤以降だんだんとおもしろくなってきて・・・
怪物(これが結構怖い)から逃げる場面、壁が迫る中、走る場面、いやもうドキドキ。


途中から登場した女の子があまり物語に絡まないとか、迷路というけれどあまり迷路感がないとかいう不満はあるものの、意外と楽しめた作品。
いろんな映画の切り貼りと言えなくもないけれど・・・


2作目、3作目どうなるか、期待。だいたいが失速するんだけれど・・・


敵の親玉?、P・クラークソンは、「ハンガーゲーム」のジュリアン・ムーア、「ダイバージェント」のケイト・ウィンスレット的位置づけなのかな?


ま、とりあえず謎が解明されないまま終わってしまったので続編も見ることにしよう。

2019/06/13

エリー・アレグザンダー『ビール職人の醸造と推理』

本日の本


 


book-7 『ビール職人の醸造と推理』 エリー・アレグザンダー著 創元推理文庫


STORY:ビールで有名なアメリカ北西部レブンワースのブルワリーを夫とその両親と切り盛りするスローンは、ある日、夫の浮気現場を目撃、夫を家から追い出し、新しく開業するブルワリーの働くことになった。開店翌日に死体を発見してしまったスローンだが・・・


☆☆☆ビール!ビール!ビール!


クラフトビールのビール職人が主人公と聞いて読むこと決定!
レブンワースは実在の町で、実際ビールで有名だそう。


と聞くだけでワクワクするが、出てくるビールがおいしそうなこと!
読んでると飲みたくなるなあ。
それに、主人公はお料理上手。ということで、ブルワリーのお料理をいろいろと考え出すのだけれど、いやはやおいしそうな本なのだ。


ミステリ的には、ビール職人が鮮やかな推理を披露する・・・ということはなくて、なんとなく事件が解決してしまうという(笑)。しかも、犯人はなんとなくわかっちゃうんですね。


でも・・・
ビールやお料理もそうなのだけど、人物や人間関係、何より家族関係で読ませる。
夫はしょうもないバカだけれど、その両親や夫の弟はやさしいし、息子はいい子。
新しいブルワリーのオーナーは魅力的で、今後どうなるのか気になったりする。


ラストも、物語が広がってきそうで、続編はそのあたりの謎が解明されるのかな?楽しみだ。

2019/06/12

中山道六十九次歩き(第2回) 武佐宿~愛知川宿~高宮宿4

(3より続き)

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旧豊郷小学校はこの町出身で丸紅の専務だった古川鉄治郎の寄付で建てられたものでヴォーリズの設計。縦長の窓が並んでいるのが特徴。けいおん!のモデルになったところなのか!

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スズムシバナの群生地があった。鈴虫が鳴く頃に咲く花だそうだが、この町のものが自生しているものでは北限だそうだ。

阿自岐神社社標を通り過ぎ、出町交差点にさしかかる。南側は甲良町だが北側は彦根市。甲良町は一瞬で終わる。

東屋があったので少々休憩、けやきと松並木を通りすぎると彦根市のモニュメントがたっている。

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西側には「おいでやす」、東側には「またおいでやす」と書かれていて、近江商人、旅人、麻の荷を担いだ女性がのっかっている。

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堂の川地蔵尊の先に若宮八幡宮。通称産の宮。足利尊氏の子、義詮の妾がこの地で死産、妾は尼となったという。

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月通寺(別名柏原地蔵・・・は見られない)の先は、松とカエデの並木になっている。

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一里塚跡の石柱があったのだが・・・途中から折れて倒れている。直したりしないのだろうか・・・120里目。

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むちん橋を渡る。
当初ここには橋はなく、川越人足のよる渡しだったが高く、豪商である藤野四郎兵衛が無料で渡れるような橋を作って無料で渡れるようにしたため、無賃橋と言われるようになったという。

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渡りきるとむちんばし地蔵尊がある。お地蔵さんは昭和52年の橋脚改修工事の際に出てきたものだという。

いよいよ高宮宿に入ってきた。多賀大社の門前町として栄えたところで、中山道の宿場の中では本庄宿につぐ規模だったという。街並みは静かで街道らしい雰囲気。

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彦根市のマンホールは市章を幾何学的に配置し、外周に市の木のたちばなを描いたもの。ひこにゃんのマンホールもあるらしいが、お城のまわりとかにしかないのだろうか?

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旭川庵という和菓子やさんに寄って近江名物丁稚羊羹をおみやげに買う。
刻んだ栗が入っていて、甘さ控えめでおいしい。
丁稚さんでも買えた羊羹など、諸説ある模様。

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円照寺はとても立派なお寺。
なんでも家康の腰かけ石があるとのことだったが、見つからず、残念・・・

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明治天皇ゆかりの止鑾松。

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本陣跡。表門が現存。

脇本陣跡を通り過ぎ(脇本陣は2軒あったそうだ)、高宮寺。

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井伊家第4代藩主直興公が寄進した延命地蔵菩薩。まわりには地蔵たち。

 

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小林家の前に芭蕉の紙子塚の説明板と碑があった。
芭蕉が小林家に泊まった際、「たのむぞよ 寝酒なき夜の 古紙子」 と詠んだ。紙子とは紙で作った衣服のことで、小林家は新しい紙子羽織を芭蕉に贈り、庭に塚を作り古い紙子を収めて 「紙子塚」 と名付けたのだそうだ。

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多賀大社の一の鳥居。
高さ11メートルで滋賀県最大。

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いい感じの街並みが続く。ようやく降ったりやんだりしていた雨もやんだ。

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座・楽庵の看板のある建物は問屋場布惣(ぬのそう)跡で、建物は登録有形文化財。高宮布はこのあたりの麻布で贈答品として珍重されたそうだ。

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最後に高宮神社に寄る。
芭蕉の句碑があるとのことだったが見当たらず。どうやら門の前にあったらしい。残念だ。

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参道にあった立派なお宅は馬場家住宅。庄屋の館である。

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街道歩きはこのあたりで終了、高宮駅に向かう。

彦根まで近江鉄道に乗り、琵琶湖線に乗り換えて米原着が6時前。
お弁当やお酒、お茶を買って、6時57分発のひかりの乗り込む。

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今回のお弁当は「湖北のおはなし」。
桜の葉がしかれた枝豆のおこわ、鴨のロースト、鶏の鍬焼き、こんにゃく、小芋、卵焼き、ねぎとあげのぬた、赤かぶら、やまごぼう、梅干し。デザートにはなぜか飴。
とてもおいしいお弁当だった。

うつらうつらしているうちに東京着。
乗り換えて帰宅は10時半前だった。

約43000歩。今回もまずまず歩きました。
雨でどうなるかと思いましたが、無事歩き終えてよかったです。

(完)

マップはこちらを使っています。

 

2019/06/11

中山道六十九次歩き(第2回) 武佐宿~愛知川宿~高宮宿3

(2より続き)


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竹平楼は昔は旅籠で明治天皇の小休所となった。登録有形文化財。


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愛知川宿もおもむきのある街並み。


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高札場の隣が八幡神社。愛知川の産土神で、本殿は檜皮葺で立派だ。


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お隣の寶満寺にも寄ってみる。
親鸞お手植えの梅とハナノキがあるというけれど、どこにあったんだろう・・・


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本陣跡を通り過ぎて、しろ平老舗という和菓子屋さんに寄る。


愛知川宿の北入口(江戸口)の石柱のところに郡分延命地蔵尊。
残念ながら中は見えたけれど、撮影は難しかった・・・


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脇には例によって石造物がたくさん。


さて、またゲートをくぐって愛知川宿を出る。


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しばらく進んで式内石部神社。
社標の文字は平沼騏一郎のものだそうだ。


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愛知川のマンホールは町を流れる愛知川、宇曽川、安壺川、新愛知川、不飲川の5つの川と花火大会の花火のデザインだそうだ。


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歌詰橋。
平将門は、藤原秀郷によって討たれ。秀郷が京に上るために、この橋まで来た時に目を開いた将門の首が追いかけてきたため、その首に対して一首と言うと、将門の首はその歌詰まり、橋上に落ちたのだという。


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千樹寺の前に扇踊り日傘踊り・中山道千枝の里碑と江州音頭発祥の起源碑。
このお寺は信長によって焼かれたが、後に近江商人となった藤野喜兵衛の先祖、太郎右ェ門が寄金して再建。この落慶法要で時の住職がお経に音頭の節をつけて唱い踊りだし、見物人も面白くなって踊り出したのが 「江州音頭」 の始まりとのこと。ちょっと見てみたいですね。


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マンホールも江州音頭を踊る人たち、町の花のつつじ、江州音頭の提灯が描かれている。


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ここにあずまやがあったので、先ほど買った米どころという最中を食べる。餅入りでおいしい!


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残念ながら休館日だった又十屋敷(豊会館)の隣に一里塚跡があったが、実際はもうちょっと進んだ町役場あたりにあったという。121里 目。


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タンク?にも江州音頭が描かれていた。


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伊藤忠兵衛記念館に寄る。
伊藤忠商事・丸紅の創始者伊藤忠兵衛、二代目忠兵衛が生まれた豊郷本家を公開しているのである。
伊藤忠と丸紅は元は一緒だったんですね。


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なんて立派なお屋敷なんでしょう!


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お庭も素敵。


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蔵も2つあって公開されていたが、貴重な品がぎっしり。
無料なのがすばらしい!


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屋敷跡は今は病院の駐車場になっている。


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記念公園のくれない園には碑もあった。


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八幡神社のあたりは石畑地区だが、昔は間の宿として栄えたところという。
かつては那須与一の次男石畠宗信が那須城を造りこの地を治めていた。


(4へ続く)


マップはこちらを使っています。


 


2019/06/10

中山道六十九次歩き(第2回) 武佐宿~愛知川宿~高宮宿2

(1より続き)

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奥石神社に到着。

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織田信長が家臣の柴田勝家に命じて造らせた本殿は重文。

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老蘇の森。
奥石神社の森で国指定史跡。
水が噴き出して住めなくなったこの地で石辺大連が祈ると大きな森となった。この人物が百数十歳まで元気だったので老蘇の名前がついた、のだそうだ。

新幹線の線路が見えてきた。
しばらく新幹線沿いの国道を行き、やがて旧道に入ってほっとする。
国道沿いは、大きなトラックが通ると水を跳ね上げて逃げるのが大変!
上から降る雨よりぬれてしまう。雨の日の国道歩きはできれば避けたいところだ。

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八幡道との分岐の大神宮常夜燈を通りすぎ、東近江市に入る。

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このあたりは五個荘の清水鼻町で、湖東三名水の一つ、清水がある。
今も沸いているんですね。

すぐ先の交差点で国道を渡り、また旧道に入る。

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そこにあったのが、てんびんの里の碑。
道中合羽を着て天秤棒を担いだ近江商人がのっかっている。このあたりは近江商人の街だ。

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石塚一里塚跡の石柱。123里目。

少し進んでいったん国道まで出て、昼食場所へ。
ちゃんぽん亭という、近江ちゃんぽんの専門店である。

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はじめてなので、フツーの近江ちゃんぽん(黄金だしスープ)を。
長崎ちゃんぽんとはスープも麺も違うけれど、なかなかにおいしい。最初はそのまま、次に好きなようにお酢や特製醤油、こしょうを入れて味変。
野菜もたっぷり食べられてよろしい。

一休みしたところで、まだまだ雨の強い中出発。

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街道に復帰、大権現金比羅常夜燈を通り過ぎ、大郡神社の鳥居を見る。
社標の字は東郷平八郎だそうだ。

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市田家住宅。明治初期の建築で、呉服商だった市田庄兵衛の家である。

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市田太郎兵衛家のところに明治天皇御聖蹟碑。
向かいには北町屋御小休所碑もあった。

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先に進むと常夜燈があったが、これは道標もかねており、「左いせ ひの 八日市 右京道」と刻まれている。

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旧五個荘郵便局は大正時の建物。登録有形文化財である。

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分間延絵図のあるポケットパーク、地蔵堂(陽刻された地蔵がある)を通り過ぎると一本の名残松が見えてきた。

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続いて大同川を渡る。橋には近江商人のレリーフ。

小幡町に入った。
ポケットパークに大神宮常夜燈。

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いい感じの街並みだ。

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小幡人形のお店があった。伏見人形を見た飛脚が街道土産として売り始めたのが発祥だという。

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東嶺禅師誕生の碑。白隠の高弟だそうだ。

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愛知川のほとりに常夜燈。睨み灯籠(大神宮常夜燈)といって、両岸に睨みあうかたちである。

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愛知川を御幸橋で渡る。向こうに見える近江鉄道の橋梁は明治31年のものだそう。
ちょうど近江鉄道が通っていった。
この川は歩行渡りだったが、増水すると人が多く死に、1831年無賃橋がもうけられて多くの旅人に喜ばれたという。

渡ると愛荘町に入った。

22_22

確かにこちら側にも常夜燈がある。

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祇園神社は御幸橋の守護神として建立された牛頭天王社である。

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しばらく怖い国道を歩き(水しぶきがひどくて)、やっと愛知川宿のゲートが見えてきた。

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不飲川から旧道に入る。この川の伝承はいくつかあるそうだ。將門の首を洗ったなど・・・
橋の上にのってるものなんだ?と思ったら愛知川名物の瓶手まりなんですね。

(3へ続く)

マップはこちらを使っています。

2019/06/09

中山道六十九次歩き(第2回) 武佐宿~愛知川宿~高宮宿1

今回の中山道歩きだが、行こうかどうしようか直前まで迷っていた。
一週間前の天気予報だと、曇り時々雨、その後もまあ曇りベースかなと思っていたら、直前になって雨ベース、しかも結構な雨が降りそうな予報に変わり・・・しかし、新幹線の切符予約しちゃったしな、どうしよう・・・と前日まで迷いに迷ったあげく、なんとかなるかと決行決定!

いつものように4時半起床で出発。このときはまだ雨は降っていなかった。
新幹線は6時26分発のひかり。名古屋までの停車駅は小田原と豊橋。当然ながら富士山を含め山の姿はほとんど見えない。
名古屋を過ぎたあたりから雨が降り始め、8時48分米原に到着したときにはかなりの雨になっていた。
琵琶湖線に乗り換え、近江八幡で近江鉄道に乗り換えて、武佐駅到着は9時43分。

さらに雨は強まっていたので、レインウェアのズボンを履く(結果的にゴアテックスだったので、非常によく撥水し、まったくぬれることなくむれることなく・・・軽いしすぐれものです)。

マップをマップケースに入れ、歩きスタート。

武佐駅のホームに沿って道は曲がっているが、ここが武佐宿の西の見付。

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高札場跡の解説板は、小学生が作ったもの。この宿は随所にこのような解説板がたてられていていいですね。

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愛宕山常夜燈と愛宕山碑。前回もいくつか見たし、このあたりは火伏せといえばこれなんですね。

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近江八幡市のマンホールのデザインは、八幡堀、白壁の蔵、八幡山、近江商人のそろばんの玉柄ののれん、市の木さくらのようだ。

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こちらには船も描かれていますね。

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静かな街並み。

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途中から埋まってしまっているが、安土浄厳院道の道標。
浄厳院は、安土の浄土宗の総本山で、織田信長が行わせた宗教戦争、安土問答で有名なお寺だそうだ。

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本陣跡。門が立派だ。

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街のあちこちにあったが(前回も見ているが)、むしゃりんどうはこの地の特有のお花。

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お隣の郵便局も本陣の敷地だったところだそうだが、黒い書状集箱があり、実際に使っているんですね。

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東海道五十三次より有名ではないけれど、木曽海道六拾九次もある。
今度、まとめて見てみなければ!

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武佐町交差点に新しい常夜燈が。奥の説明板には象が通った道であると書かれていた。

12_23

脇本陣跡には冠木門が作られている。

 13_24

広済寺は中には入ってみなかったが、明治天皇御聖蹟碑のみ撮影。
明治天皇の北陸の往復で昼食の行在処となったそうだ。

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高札場跡を通り過ぎ、牟佐神社に寄る。

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御神木のけやきの周りにたくさんの御神燈が立っていた。

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蛇砂川を渡る。西側にはどんどん川とある。どういう意味だろう?

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西福寺。
山門脇の地蔵堂に泡子延命地蔵尊が祀られていたようなのだが、のぞいてもよく見えなかった・・・

18_23

そのすぐ先の水辺に泡子延命地蔵尊遺跡がある。
茶店の娘が旅する僧侶に恋をし、飲み残しのお茶を飲んだところ懐妊、男の子を産んだ。3年後僧侶が現れ、男の子にふっと息をふきかけたところ泡となって消えた・・・という。

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別のマンホールのデザイン。
と思ったら旧安土町のマンホール。
信長が使っていた刀の鍔に永楽通宝銭がデザインされており、ANZUCCIはポルトガル語での表記とのこと。

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東光寺。

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伝内堂には秀吉の書記だった建部伝内の像がある。

西老蘇地区に入り、鎌若宮神社に寄る。
老蘇村が東西に分かれた際、奥石神社の若宮として勧請された。

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参道には御神燈が並ぶ。

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奥石神社御旅所、緑苔園を通り過ぎる。
この庭園は、江戸末期に造られた回遊式枯山水庭園とのこと。ここって見学できるんだろうか?

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轟橋を渡る。金比羅大権現常夜燈と、渡った先に轟地蔵跡があった。

この地蔵は小幡人形の千体仏で福生寺に今は祭祀されている・・・そうだったが、残念ながら見られない。

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が、お寺の境内には例によってたくさんの地蔵等石造物が集められていた。

(2へ続く)

マップはこちらを使っています。

 

2019/06/08

サッポロ 復刻特製ヱビス

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ヱビスの復刻版を入手。
今のとどう違うんですかね。
1890年に発売されたヱビスも1943年に発売中止。その後1971年に復活。その翌年1972年の時のものらしい。


注いでみると、フツーの黄金色。
飲んでみると、あまり今のと明確な違いはわからないのだが・・・
少し苦みが強いかな?

まあでも、いずれにせよ、クオリティは高いですね。

2019/06/07

ウォークマップ ホントに歩く中山道

東海道を歩いたら中山道を歩きたいなあと思っていたところに、発売開始された「ホントにあるく中山道」。

フツー、中山道のマップやガイドブックは東京から京都だが、こちらは京都から東京に向かう。折り返す形。

これはなかなかいいなと思い、中山道もこちらのマップにお世話になることに。

まだ5巻目までしか発行されていないけれど(まだ4巻目までしか買ってないけど)、ちょうどいいペースかもしれない。

ゆるゆる歩きたいと思います。

 

2019/06/06

アサヒ クリアアサヒ 夏日和

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クリアアサヒの派生品。
缶のデザインも夏っぽいなあ。

注いでみると、やや薄めの色。
飲んでみると、ちょっと不思議な味がしたがすっと消えて終わる。
軽いですね。まあクリアアサヒはだいたいがそうだけれども・・・
夏向きということは言えるでしょう。

2019/06/05

中山道六十九次歩き(第1回) 草津~武佐4

(3より続き)

一瞬旧道に入り、また国道に出たところに道の駅、竜王かがみの里がある。竜王町に入った。
このあたり、鏡は間の宿である。

ちょっと休憩。
この先どこまで行けるか検討した結果、なんとか武佐駅まで行けそうだということになる。

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向かいに義経元服の池とそのの碑がある。

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鏡神社の参道には、義経が元服後参拝した折に烏帽子をかけたとされる烏帽子掛け松があったが、明治6年の台風で倒れたため切断したまま残されている。

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神社の本殿は室町時代のもので重文。

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このあと、旅籠の跡や本陣跡などの案内板が続く。

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源義経宿泊の館跡もあった。
このあたりは義経関係が多い。

鏡口交差点から旧道に入る。

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愛宕常夜燈と愛宕大神があった。

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竜王町のマンホールは町の木の松と町の花コバノミツバツツジである。

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自治会館前の地蔵、道祖神、石仏。
滋賀県は地蔵が多いけれど、東海道には道祖神はなかったような?

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間の宿を抜けると田んぼが広がる。

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また国道に合流するがそこにあった道標は「みなくち道」「是よりいせみち」である。
だからというわけではないけれど、道の駅でおみやげに買ったワンカップは、水口の酒造のものだ。

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川縁の石造物。

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日野川の渡し(船)は今はなく、迂回して国道沿いの横関橋で渡る。
近江八幡市に入った。

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水田と麦畑の中を行く。麦秋ですね。

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猫発見!なんだかボロボロだ・・・

またまた国道に合流。

その地点に高札場跡、八幡社がある。
源義家が奥州遠征の途中、愛馬が熱病にかかりここで休ませたところたちまち回復したので、応神天皇の霊を勧請して武運の長久を祈願して造ったとの伝承があるそうだ。

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本殿は織田信長の兵火により焼失、1596年に再建されたもの。三間社流造桧皮葺で重文。

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少し進むと街道からは供養塚古墳が見え・・・

19_21

続いて遠くに住蓮坊古墳が見えた(うっかり首洗い池は通りすぎてしまった)。
法然上人の弟子、住蓮と安楽は後鳥羽上皇が寵愛する女官たちを出家させたため、上皇の逆鱗に触れ死罪となった。
住蓮坊はこの地で処刑され首を洗われた。
住蓮坊古墳に2人の墓があるそうだ。

20_21

またまた麦畑の中を行く。

武佐宿に入ってきた。
やっと旧道に入りほっとする。

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伊庭貞剛邸跡。伊庭貞剛はこの地に生まれ、明治に入って住友に入社、グループの育ての親とも言うべき人物とのこと。

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ここは公園になっているのだが、武佐竜胆が飾られていた。
ここ、武佐で発見されたりんどうなのですね。

24_15

すぐに武佐駅到着。ここでこの日の中山道歩きはおしまい。

無人駅で、近江八幡に向かう方のホームはどうやっていくの?と思ったら線路を渡っていくのだった。

2両編成の電車がきて、乗り込む。
整理券をとって、近江八幡駅にて料金を払う。

JR琵琶湖線の快速に乗り換える。
なんと!線路に人立ち入りとかで電車がとまってしまい、一瞬あせるが10分ほどの遅れですんでほっ。

新幹線の改札を通って駅弁を買おうと思ったら・・・
ほとんど選択肢なし!
結局牛肉弁当を買う。

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18時57分のひかりに乗り込み、早速お食事タイム(もちろんビールも)。

牛肉が甘辛く味付けされておいしい。おつまみとしてもよろしい。

乗ったひかりは名古屋の次は小田原に止まる電車で案外早く東京着。21時10分。
中央線が遅れており少し時間がかかったが、10時半前には到着した。

約50400歩。
よく歩きました。

(完)

マップはこちらを使っています。

2019/06/04

中山道六十九次歩き(第1回) 草津~武佐3

(2より続き)

1_22

野洲市(旧野洲町)マンホールが案外つまらない・・・と思ったら銅鐸の紋様だそうだ。

東海道本線の線路をくぐった先に宇野勝酒造があったが、なんだか人がいなさそうで買えず・・・
宇野酒造というのはもうないのかな?

少し先に梅本老舗という和菓子やさんがあり、おやつとして三上山彩景というお菓子を購入。

2_22

枡形のようになったところにあった蓮照寺の境内にはすぐ先の朝鮮人街道との分岐にあったという道標が2つと従是北淀領の境界石があった。

3_21

向かいの唯心寺の屋根は茅葺き。

4_22

門前にはかわいらしい石仏が。
このお寺を開基した唯心尼は処刑された住蓮坊を手厚く葬ったという。

5_22

さらに進むと背くらべ地蔵なるものがあった。弘法大師作と伝わるものらしい。
てっきり、二つの地蔵が背くらべしてるのかと思いきや・・・
左は阿弥陀如来立像なんですね。
当時は乳児がよく死んだため子を持つ親達が、「我が子もこのお地蔵さんくらいになれば、あとは良く育つ」 と背くらべをさせるようになり、いつしか 「背くらべ地蔵」 と呼ばれるようになった・・・そうだ。

お隣の行事神社にも寄る。

6_22

鳥居にかかっている縄は勧請縄といって悪霊や疫病神が入ってこないよう縄を張って守るためのものらしい。

7_22

脇の用水路は祇王井。
平清盛の寵愛を受けた祇王が故郷の人々が干ばつで苦しんでいることを訴え、清盛が水路を造らせたとのことでこの名がついたのだそう。

8_22

朝鮮人街道との分岐を通り過ぎ、小学校の前のベンチで少々休憩。

9_22

野洲市の2種類目のマンホール発見!
三上山、野洲川、旧中主町の花であるあやめが描かれている。

またまた残念!暁酒造もあいておらず・・・

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養専寺のイチョウはとても立派だ。

11_22

中之池地蔵尊に座るところがあったので休憩。先ほど買ったお菓子を食べる。蒸しパン風の生地にあんこでおいしい。

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地蔵。

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かわいらしい六地蔵。

だんだんと新幹線の線路が近づいてきた。

14_22

桜生公民館には銅鐸がのっている!
このあたりで合計24個もの銅鐸が発見されたそうで、銅鐸博物館もあった。ちょっと行ってみたかったけれど先を急ぐので断念。

途中まで歩いて、宝樹寺を見学。

15_21

鎌倉時代の宝篋印塔がある。
このお寺は東海道沿いで見た(聞いた)天保一揆の打ち合わせが行われた場所という。

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桜生史跡公園に寄る。道を上がっていくと甲山古墳があった(他に二つの古墳がある)。

17_20

石棺大きいなあ。

この公園のあたりが一番新幹線の線路に接近するがまた離れていく。

18_21

少し先に、子安地蔵堂。

残念ながら子安地蔵は秘仏で、1,8月の縁日のみ開扉されるそうだ。

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なので、外の地蔵たちを撮影。

20_20

家棟川(天井川)はいまやなく、新家棟川が作られているのだが、その脇にある神社が篠原神社。何度となく家棟川の氾濫で社殿がながされたとのことで、現在あるのは明治9年に造られたものだそうだ。

21_20

川を渡ったところに愛宕山常夜燈など。

国道に合流した。狭い歩道を歩いていく。

右側の土手の向こうには西池があるのだが、見えない。

いったん旧道に入りまた国道に合流。

22_19

東池の方は道から見ることができる。

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三上山もまだ見えた。

24_14

光善寺川を渡った先にある池は、不帰池(蛙不鳴池)。平宗盛はこの地で処刑されたという。その首を洗った首洗い池と続いていて蛙がなかなくなった・・・とのことだ。

25_7

草ぼうぼうの細い道を入っていくと、平宗盛・清宗親子の胴塚があった。
義経の配慮で親子は一つの穴に埋められて塚が建てられたとのことである。


(4に続く)

 

マップはこちらを使っています。

2019/06/03

中山道六十九次歩き(第1回) 草津~武佐2

(1より続き)

1_21
少し先に住蓮坊母公墓。
近江八幡の馬渕で処刑される住蓮房に一目会いたいと後を追った住蓮坊の母は、焔魔堂まで来たところで既に処刑された事を知り、悲嘆に暮れて尼ヶ池に身を投げて亡くなったという(住蓮房の事件については後述)。

2_21

今宿一里塚。
滋賀県内に唯一現存する一里塚で、南側のみ残る。江戸から数えて128里目。
今宿は守山宿の加宿である。

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本像寺は朝鮮通信使が守山に宿泊したときに本陣として使われたという。

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木内石亭の墓。石亭は江戸時代の奇石蒐集家で石の長者と呼ばれた。
ということもあってか、境内にはたくさん石があった。

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樹下神社は大宝神社の分祀社。

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境内の常夜燈は1832年、伊勢屋佐七ら商人が商売繁盛を願って寄進したという。立派だ。

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吉川の土橋を渡り、守山宿に入ってきた。

ちょうど11時。まだお昼にはちょっと早いかと思い、先に中山宿交流館を見学しようと行ってみたのだが・・・
なんと!お休み。がーん。木曜日はやっているかと思っていたのだが、残念・・・

9_21

トボトボと引き返し、かたたやで早いお昼にすることにした。
かつて東門院の門前に堅田屋という茶屋があり、旅籠として使われていたこともあったそう。

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外からみた建物も素敵なのだが、中も素敵!

11_21

注文したのは鶏ひつまぶし。鶏肉は炙り焼きかたたきが選べるが、炙り焼きで。
まずはそのままで、次に薬味をつけて(柚子胡椒があう!)、最後に鶏がらスープをかけていただく。おいしかったです、ごちそうさま!

お店を出てお隣の東門院へ。

12_21
仁王門。

13_21
ご本尊は十一面観音だ。

不動明王座像は近江最大で重文とのことだったが、見逃してしまった・・・(不動堂の中にあったようだ)

14_21

左から宝塔、五重塔、宝篋印塔。いずれも鎌倉時代のものだそうだ。

15_20

先に進む。右に曲がる角に道標。
「左 錦織寺四十五町 こ乃者満ミち」「右 中山道 幷(ならびに) 美濃路」と書かれている。こ乃者満ミち(このはまみち)は琵琶湖の木浜港へ通じる道だそうだ。

16_20

交流館の隣に本陣跡と井戸跡。

このあたりから、街並みが稲妻型屋敷割り(敷地が一戸ごとに段違いになっている)になっているとのことだが、今はよくわからない。防御のための街造りだったようなのだが。

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天満宮。元々東門院の境内にあったが、1546年焼失、明治になってこの地に再建されたそうだ。

18_20

裏に源内塚。
源頼朝の平治の乱に敗れて東国に敗走する途中、源内兵衛真弘らが襲いかかったが、頼朝は髭切りと呼ばれる名刀で源内を一刀両断にしたという。
塚の前の丸い石は伺い石といって願いがかなうそうだ。やってみればよかった・・・

19_19

うの家は、元首相の宇野宗佑氏の実家。今はレストランなどが入っているようだ。

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すぐ先に「すぐいしべ道」の道標。守山宿から東海道の石部宿まで至る道である。

21_19

慈眼寺には帆柱観音なるものがあるそうだったが見られず。
門前の地蔵を撮影。

高札場跡、益須寺跡を通り過ぎ、野洲市に入った。

22_18
野洲川を野洲川橋で渡る。
三上山がきれいに見える。
野洲川は朝鮮通信使などの場合をのぞき橋は架けられず、徒渡しだったそうだ。

23_15

渡った先にたくさんの石仏や石塔、地蔵などが集められていた。

その前に十輪院があるが入ることができず。

24_13

脇から芭蕉句碑を撮影。
「野洲川や 身は安からぬ さらしうす」という句だが、野洲晒(さらし)は麻布を白くさらす 「布晒」 を行っていて、冬に冷たい川に入って布をつくのは重労働だったということだ。

(3へ続く)

マップはこちらを使っています。

 

2019/06/02

中山道六十九次歩き(第1回) 草津~武佐1

先週東海道を歩き終えたばかりだが、次は中山道を歩くことにした。
中山道は西から東に向かって歩くこととし、草津追分から京都三条大橋までは東海道として歩いているので、スタートは草津追分とする。

4時半起きで東京に向かい、同じ6時16分発ののぞみで京都に向かい、乗り換えて草津駅から歩き始めたのは9時10分。

1_20 

駅を降りるとレプリカの道標があった。

2_20

草津追分に向かって歩き、トンネルの上を上がると広い草津川跡地公園があった。旧草津川が通っていたところだ。

3_19

東海道と中山道の追分の道標。
ここから中山道スタート!

トンネルをくぐる。

4_20

覚善寺の前に「右 東海道 左 中仙道」の道標。
東海道はと中山道の分岐点は移転していたんですね。

5_20
伊砂砂神社。本殿は重文。檜皮葺だ。

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久々に二宮尊徳像を見た。

7_20
さすが、滋賀県。またまたこのあたりは飛び出し坊やが多い。

8_20

中山道は琵琶湖線の線路に沿っていき、トンネルでくぐる。低いトンネルだ。

栗東市に入る。

9_20

ん?一応スヌーピーだよね(笑)

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変な顔の飛び出し坊や。

11_20

これは顔だけじゃなくて服も変(笑)。

12_20

佛眼寺地蔵堂の地蔵菩薩立像。
昔冬の寒い頃、大雨で河川が氾濫し、上流から流れてきた一体の地蔵尊を拾い上げ、「冷たい水に漬かって、さぞかし寒かっただろう」 と頭から綿をかぶせて祀り、綿被り地蔵の名がついたそうだが、綿は水を吸って地蔵を傷めるということで今はかぶっていないとのことだ。

13_20

大宝神社到着。

14_20

入ってすぐ、左の公園内に芭蕉句碑がある。
「へそむらの 麦まだ青し 春の暮」。このあたりの地名は綣である。

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参道にはたくさんの灯籠。

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御神馬。

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本殿。

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8社ある境内社の中の1つ、追来神社は1283年建立で重文。

19_18

古高俊太郎生誕地碑。池田屋事件にかかわった人物とのこと(このあたりのこと全然詳しくないもんで・・・)。新撰組にとらえられて処刑されたそうだ。

守山市に入った。

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守山のマンホール。蛍、琵琶湖大橋、エリ漁(湖岸に矢印型に網を張る漁)が描かれている。

21_18

十王寺。小野篁の開祖。
門前に焔魔法王小野篁御作碑。

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中の写真を撮ってみたが、ここに十王がいるようだった。が、暗くとちょっとよく見えない。

23_14

こんな感じらしい。
このあたりの地名、焔魔堂町の由来となったお寺である。

(2へ続く)

マップはこちらを使っています。

 

2019/06/01

サッポロ 麦とホップ 爽の香

1906011 

麦とホップの派生品。
なんだか、缶が涼しげ。ホップの絵も描いてあって、ちょっと期待・・・

注いでみると、かなり薄い色。
飲んでみると、確かにちょっとだけホップの香りが。
なんでも希少ホップのパシフィックジェイド使用とか・・・ってなんだ?
が、期待したほどのホップの苦みはなくて、やっぱりビールとは違いますね。
ま、爽やかな飲み物ではあるけれど・・・

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