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2019/07/22

中山道六十九次歩き(第4回) 醒井宿~柏原宿~今須宿~関ヶ原宿2

(1より続き)


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いよいよ宿に入ってきて、いかにも街道らしい感じの街並みだ。


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御茶屋御殿跡。
家康が上洛の際、この地の西村家で休息していたが、頻繁になったため、秀忠が殿舎を新築した。その後将軍が上洛することがあまりなくなり廃止されたという。


この宿には屋号札がかかっている。


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ふれあい会館にかかっているのは艾屋亀屋兵五郎。
柏原の名物は艾でかつては10軒以上の艾屋があったそうである。


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またまたやくし道の道標があった。
これは埋まってませんね(笑)。


この宿には継立の荷物や年貢米を保管するための荷蔵が東西二カ所にあった他、柏原銀行という銀行もあったそう(昭和18年滋賀銀行に合併)。


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今はデイサービスセンターとして使われているこの建物が、銀行の建物だ(艾屋の山根為蔵が自宅別棟に銀行を創立)。


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静かな街並みを進む。


ああよかった!
お昼を食べようと思っていた喫茶柏はちゃんと営業していた・・・
柏原宿歴史館に併設された喫茶店で、地域の有志者が経営しているようだ。


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注文したのはもちろん!やいとうどん。
やいととは、お灸のことで、もぐさ灸に見立てたとろろ昆布の上に紅生姜がのっかっていてこれが火を表しているんですね。とろろの下にはゆで卵、その他、ゆば、かつお、ねぎが入っている。おいしい!


英気を養ったところで、お隣の歴史館。入場料300円。


まずは16分ほどの宿の紹介のビデオを見てから見学。
ケースに入っているものは撮影禁止とのこと。


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母屋は艾亀屋左京商店の分家の住居として大正6年に建てられたもので大変立派。
高札や問屋場の資料などを見学。


資料館の方には「木曾街道六十九次」69枚が複製ではあるがあった。
いやはや、中山道の旅ははじまったばかり。まだまだだ。


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忘れそうになっていたが、しっかりお屋敷の外観も撮影。
国登録有形文化財だそうだ。


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この宿にはかつて造り酒屋が4軒あったそうで、すべて屋号札を撮影。
今もあったら買ったのになあ・・・


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伊吹堂亀屋左京商店は今も艾を扱っているとのこと。


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広重の浮世絵にも描かれていて、大きな福助人形もしっかり描かれている。その人形見てみたかったなあ。


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高札場跡に秋葉山常夜燈。
またこのあたりから秋葉山になるのかな?


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その先に、皇女和宮が宿泊した南部家本陣跡。
建物は和宮宿泊の際に新築された・・・らしい。そこまでする?


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脇本陣跡、東の荷蔵跡、問屋場跡を通り過ぎると、左に柏原駅。こじんまりとした駅のようだ。


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八幡神社には芭蕉句碑がある。「其まゝよ 月もたのまし 伊吹山」。


神社の奥からは伊吹山がうっすら見えたが、天気がよければもっとくっきり見えたんでしょうね。


東見付跡で柏原宿を出る。
とてもおもむきのある宿だった。


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少しいくと照手姫笠掛地蔵があった。
右の小さい方の地蔵が照手姫笠掛地蔵で、左はのちに奉納された地蔵だそうだ。
なんだか懐かしい照手姫のお話だが、毒を盛られた小栗判官を救うため照手姫がこの地にあった地蔵に笠を掛けて祈ったところ全快、のちに蘇生寺を建立したが焼失して地蔵のみ残ったという。


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またまた楓並木。柏原宿碑と柏原宿の略史が書かれた説明板があった。


東海道線の踏切を渡り、ちょっと寄り道。


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白清水。
照手姫の白粉で清水が白く濁ったことから白清水と呼ばれるようになったとあり、また、伊吹山の神に打ち惑わされた日本武尊が、この清水を飲んで正気付いたという。醒井の居醒の清水と同じですね。
きれいな水だった。


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長比城跡登り口の道標があった。
野瀬山の上にあるこのお城は姉川の戦いの前哨戦となった浅井の城。
登ったら眺めがよさそうだ。


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またもやの楓並木を抜けた先に、寝物語の里の碑がある。
由来が書かれた碑もあり、太田道灌の詠んだ歌も刻まれていた。


そして!
とうとう滋賀県と岐阜県の県境に!
ちょうどこの頃、薄日がさして、それまでは結構涼しかったのが少し蒸し暑くなってきていた。


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国境の標柱(近江美濃両国境寝物語の標柱)がたっている。
美濃の両国屋と近江の亀屋という2つの旅籠が国境を挟んであり、寝ながら話せたので寝物語という言葉が生まれた。


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2つの国境には50センチほどの溝がある。


さあ岐阜県だ。


(3へ続く)


マップはこちらを使っています。


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