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2019/07/21

中山道六十九次歩き(第4回) 醒井宿~柏原宿~今須宿~関ヶ原宿1

二週間ぶりの中山道歩き。
雨となる予報だったけれど、雨が強くなるのは夜だろうと楽観的に考え、予定通り出かけることにした。


4時半起きで5時過ぎの電車に乗り、今までもよく乗っていた6時16分ののぞみに乗る。
醒ヶ井駅からの出発となると、米原経由でもよいのだけれど、名古屋経由で。


名古屋には(名古屋までだと時間が短いのであまり居眠りできず・・・途中、富士山がかすんでみえた)7時51分着。東海道線は59分発なのでちょっと慌ただしいかなと思ったが、そう距離があるわけではなくて余裕。


大垣で大垣始発の電車に乗り換え、醒ヶ井駅到着は9時10分。


まずはお手洗いに行ってと・・・


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と思ったら、つばめが巣を作っていた。かわいい!


醒井宿は前回、東見附のあたりまで見ているので、ささっと歩いていく。
電車到着直前までは雨がやんでいたのだが、少し降りはじめていた。
前回は静かなものだったが、今回はちょうど観光バスが到着してにぎやかだ。


前回は夕方になってしまって見学できなかった、もう一つの醒井宿資料館にはいってみる。


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問屋場だったところで、意外と天井の高い建物だ。


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建物の前のバイカモはやはりキレイ。


前回お店で名水まんじゅうを食べた丁子屋さんで、番場の忠太郎最中をおやつ用に買い、あっという間に見附跡、枡形の解説板前に。
その先に鶯ヶ端の解説板があった。このあたりから京都の空も望めたというが、さすがに今は見えない。


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ここで少し雨が本降りに近くなってきた。ちょうどブロックで囲われた地蔵尊があって、雨宿りしつつ、ゴアテックスのズボンを履く(その後雨がどんどん強くなったのでここで履いておいてよかったのだ)。


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等倫寺の奥にある古墳。
気づかなかったが、横穴式石室があったようだ。


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そのすぐ先に一里塚跡の碑。碑自体はかなり新しそうだ。
このあたりは高札場のあったところらしい。


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八幡神社。


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本殿横に三猿がいる。


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米原市の別バージョンのマンホール発見!
元山東町のマンホールで、中央に三島池のマガモ、周囲にゲンジボタルが描かれている。蛍が見られるみたいですね。


旧道は国道に合流、少し歩いて左にまた旧道が続く。
雨が強くなると、国道では車がはね上げる水が嫌だ。


旧道に入ったところで、マップを交換しなければならず、屋根のあるところで交換する。雨だと、マップのページ替え、交換が結構めんどくさい。


出発しようとしたところ、先ほどまで降っていた強い雨が弱い雨にかわっていてホッとする。前々回よりさらに強い雨で10ミリ以上降っていたようだった。なんか予報と違うような・・・


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歩き始めると、松並木が。
横川の駅家跡の説明板があったが、このあたりに横川の駅家(古代の道では30里ごとに駅家が設けられていた)があったと推定されているそうだ(馬屋ノ谷とか馬屋ノ谷口といった地名があるため)。


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少し進んで、地蔵堂前に屋根付きのバス停があったので、座らせてもらい、番場の忠太郎最中をおやつに食べて休憩。笠が描かれていますね。
皮はぱりっとして、あんこもほどよい甘さ、求肥入りでおいしい最中だった。


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すぐ先にもお地蔵さんぎっしりの地蔵堂が。
ホント、滋賀県はお地蔵さんが多いが、お隣岐阜県に入るといなくなるのだろうか・・・


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この先で、旧道は杉林の土の道を行くのだが・・・
また雨が強くなってきていて、前回同行者蛭にやられたこともあってやめることにし、舗装された道を行くことにした。
ここもまた杉並木である。


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やがて民家が見えてきて、菖蒲ケ池跡碑と小山関の標柱がたっている。
不破関よりも前にあったと言われる関だが、何も残ってはいない。


旧道の方に行ってみた。


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獣害防止のためのゲートがあったが、チェーンをとれば開くようになっている。


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柏原宿が近づいてきて、民家の軒先に「柏原宿」と書いた提灯がぶらさがっている。


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途中まで埋まってしまっている1717年の道標は、「やくしへの道」、「従是明星山薬師道」、写っていない側に「屋く志江乃道」と書かれているとのこと。
明星輪寺泉明院は眼病によいとのことで、今目の調子がよくないので、ホントは行ってみたかったところだ。


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その先は並び松と言われた松並木があり、かつては450本も植えられていたらしいが、今あるちっちゃな松は平成14年に中山道宿駅制定400年記念で植えられたものだ。


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正面に見える山は北畠具行の墓がある丸山だろうか。右には水田が広がり、いい感じの風景だ。
鶯が原である。太田道灌が江戸から京都への旅日記で「「鶯の原といふ所にて聞まゝにかすみし春そしのはるゝ名さへなつかし鶯の原」 と詠んだ場所だ。


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その後はカエデ並木が続く。


東山道と九里半街道の説明板を通りすぎ、西見付跡に到着。
へえと思ったのが、この地点の海抜は174メートルで、前回越えてきた磨針峠より高いというのである。柏原宿は結構な高さにある宿だったのですね。そして、1.4キロも続く長い宿だ。


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柏原一里塚跡。
塚は復元されたものだ。



(2へ続く)


マップはこちらを使っています。


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