中山道六十九次歩き(第6回) 美江寺宿~河渡宿~加納宿~六軒1
2週間ぶりの中山道歩き。
台風が近づく中、この日はまだ大丈夫そうということで予定通り出かける。
いつもの通り、4時半起きで6時16分ののぞみに乗る。富士山はきれいに見えた。
7時51分名古屋着、59分の東海道線に乗り換え、終点の大垣へ。
改札から出ることなく樽見鉄道に乗り換え。
樽見鉄道のホームに切符売り場があり、買い求めると沿線のガイドブック(結構立派。いろいろと見所が多そうだ)をくれた。前回は310円だったが、320円。消費税率アップで値上がったのだろう。
電車を撮影してから乗り込もうと思ったら、すぐに発車するとのアナウンスで慌てて乗り込む。カラフルな電車だ。
16分で美江寺駅到着。

電車を見送ってから歩き始める。9時歩きスタート。天気はよい。
暑くなりそうなので、まだ涼しかったが、半袖になる。

駅から街道に出たところに道標。
「右岐阜加納二至ル 左北方谷汲二至ル」と刻まれている。前回からちょいちょい出てくる谷汲道。
谷汲山華厳寺にお詣りする人が多かったのだろうか。春は桜、秋はモミジがきれいらしい。

2週間前より稲穂が重そうになっているが、そろそろ収穫の時期だろうか。


サボテンのビニールハウスが続く。
なぜここで??

柿は2週間前より色づいていた。

五六川を渡る。
美江寺が江戸から56番目の宿場だからだそうだ。

高札場跡、本田代官所跡と続く。
関ヶ原の戦い後、有力大名が出てこないよう幕府の直轄領となった。1770年に大垣藩預けとなるまで本田代官所は続いたという。
交差点のところに本田地蔵堂(延命地蔵)がある。
糸貫川(しばしば氾濫したという)を渡り、四つ角の高台にあるのが馬場地蔵堂。

お地蔵さんにはよくよく見ると、「右谷汲道」と彫られていて道標を兼ねている。前回もいくつかあったが、このあたりのお地蔵さんはこうしたものが多いのだろうか。
やがて道を左折すると、まっすぐな道が続く。
しばらくは広い道を行くが、やがて細い道に入る。

いよいよ河渡宿に入ってきた。
河渡は本陣1軒のみ(脇本陣なし)の小さな宿だが、長良川が川留めになると賑わった。旅籠の数は人口を考えると多い。

一里塚跡(107里目)と松下神社跡。
河渡宿は土地が低く、たびたび甚大な被害があったが、代官松下内匠が宿中を5尺ほど土盛をして以降は被害が減り、村人がこの功績に対し、神社と碑をたてた。

長良川の堤防に突き当たったところで左折、水神祠(かつての渡し場があったところ)のあたりで左に折れると、馬頭観音堂がある。昔は堤防の上にあったらしい。

観音堂には愛染明王。
らしいのだが、馬頭観音だよね・・・
下にいるちっちゃなのはなんだろう?

地蔵堂には南無地蔵菩薩が祀られている。

長良川を河渡橋で渡る。
少し上流には小紅の渡しがあり、今も無料で船で渡ることができる。時間があれば乗ってみたかったが・・・

後ろには伊吹山が。

前には金華山が。岐阜まではあと少しだ。
橋を渡って土手を左へ。

鏡島港の説明板がある。鏡島湊は長良川を利用した舟運の湊として、豊臣秀吉の政権以前から栄えたが、明治後半にその役割を終えている。
このあたりで左足の親指が痛いと思ったら、紐をきつくしめすぎて豆ができかかっており、慌てて紐をゆるめ、バンドエイド豆・靴擦れブロックを貼るとぐんと楽になった。
(2へ続く)
マップはこちらを使っています。
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