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2019/10/24

中山道六十九次歩き(第7回) 六軒~鵜沼宿~太田宿3

(2より続き)

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六十六部を通り過ぎ、その先にもりの本屋さんなるものがあった。
図書館とのことだが、こんな図書館が家の近くにあったら、通っちゃうな~

ここで、イノシシよけのため、カウベルをリュックに取り付ける。

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この先で道は石畳となり、眺望の丘との分岐を左へ行く。

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うとう坂の一里塚(100番目)があった。
北側はしっかり塚が残っているが、南側は戦時中に陸軍の兵舎が建てられて半分以上崩れてしまっている。

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途中から下り坂となる。
石畳に苔の生えた部分はすべりやすいので、慎重に降りていく。
しかし、下を見て歩いていたせいか、うっかし喜右衛門菩提碑を見逃してしまった・・・道標をかねたものとのことで見たかったのだが・・・

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また、各所にイノシシ出没注意と、まむし注意の看板がたっており、イノシシはどうやら夜出ることが多いらしいが、マムシはホントに出るかもと注意しながら歩いていく。

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丸太橋を渡り・・・

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高山本線と県道をくぐるトンネルを通る。前週の台風のせいか、脇から水が流れ込んでいた。

坂祝町へと入ってきた。
階段を上がると県道だが、多くの飲食店が廃墟となっていた。
日本ライン下りが終了し、急激にさびれてしまったようだ。

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小桜踏切のところでちょうど高山本線がきたのでパチリ。

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岩屋観音へと上がっていく。木曽川が見える。
中山道はここだけ、県道を歩かない。

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観音堂には地蔵尊もあるが・・・

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聖観音座像や

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奥には三面六臂の馬頭観音や八大龍王などもある。

巌屋坂之碑、地蔵尊を見て、崖道を通って、再び県道へと合流する。

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中山道はここから、太田宿の近くまで県道を行くのだが、車量も多く、風情もないので、川沿いのロマンチック街道を行くことにした。
川と対岸の山々が見えて、気持ちのいい道だ。

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水神碑と社があった。
勝山湊跡。桑名方面へ向かう年貢米の積み出し港として、また水上交通の要所として栄えたそうだ。

東屋があったので、持参した栗羊羹で休憩をとる。

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行幸巌記念碑。
昭和天皇が昭和2年巡幸されたのを記念して建てられた。

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向こうに見える岩肌が見えている山は、可児市の鳩吹山である。

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まだまだロマンチック街道は続く。

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向こうに見える山々はは御嶽山など木曽の山々だろうか。

やがて中州が見えてきたが、手前の川にはなぜか水がない・・・
と思ったら、木曽川一色派川という水の流れていない川なのだそうだ。

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加茂川が木曽川へと合流する加茂川送水樋門。
ここで、坂祝町から美濃太田市へと入る。

木曽川の対岸に見える煙突群は、可児市の製紙工場だそうだ。

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美濃の俳人、兼松嘯風句碑があり、その先の欄干にたくさんの句碑があった。

土手をいったん降りて、芳春寺へ。

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お寺の前に地蔵尊、馬頭観音、三界萬霊塔、弘法大師が並んでいた。

(4へ続く)

マップはこちらを使っています。

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