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2020/01/21

京街道歩き(第1回) 髭茶屋追分~淀宿3

2より続き

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墨染駅脇の踏切をこえ、墨染橋を渡る。

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その先にあるのが墨染寺。

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境内には地名の由来となった墨染桜があるとのことだったが、三代目は切られてしまっており、4代目はまだまだ若い木。
まあでも境内には他の桜もあって、桜の季節にはよさそうだ。
平安時代、藤原基経の死を悼み、歌人・上野嶺雄が歌を献じると、桜が喪に服して墨染色になったという伝説があるそうだ。

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このタヌキさんいいね!

左折して欣浄寺。駐車場の奥にある。

深草少将邸宅跡で、小野小町に求愛して「百夜通い」の願掛けで99日まで通ったが、最後の夜に大雪のために凍死した・・・

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ということで、小野小町と深草少将の供養塔があった。

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本堂には伏見の大仏と言われる丈六の毘盧遮那仏が。大きい!

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撞木町廓入口。
この奥に大石良雄遊興之地よろづや碑と撞木町廓之碑があったらしいのだが行かず・・・
撞木町(しゅもくちょう)は、かつて恵比須町と呼ばれたが、町の形がT字形をしており、鐘を撞く木づちの撞木に似ていたことから、こう呼ばれるようになったという。

街道らしい道を進み、右、左、右と曲がる。

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相変わらず着色した地蔵がたくさんある。

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本成寺。

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地蔵堂には小野篁作と伝わる木造地蔵菩薩があった。

向かいの勝念寺。

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門のところには天明義民柴屋伊兵衛墓所碑がある。伏見奉行の悪行を直訴しようとして捕まり獄死したそうだ。

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いやー、このお寺、蛙だらけなのである。

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釜敷地蔵尊なるものがある。
地獄で釜ゆでにされ苦しむ人の身代わりとなり、幸福へとお導きしてくださるというお地蔵様。かましきさんと呼ばれている。
開山貞安上人が織田信長公より賜ったと言われる。

なるほど!みがわり→かわる→かえるの語呂合わせでいたるところに蛙が置かれているのですね。

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ここにもロウバイが咲いていた。

左、右、左とまた曲がる。

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角の道標は「東 左りふねのり場」「南 右大津みち」と刻まれている。
ふねのり場と読むとは!ねはねずみ??

寺田屋女将お登勢の墓があるという松林院(中には入らなかった)の向かいに大黒寺。

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西郷が建て、直筆で文字を書いたといわれる薩摩藩士有馬新七ら寺田屋殉難9志士の墓がある。

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平田靱負(ゆきえ)の墓もあった。薩摩藩が幕府に命じられた木曽川三川の分流工事の遅れの責任をとって自害した人物。
東海道を歩いた際、桑名の海蔵寺に、像があったっけ。たくさんのお墓も。

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斜め向かいに伏見の産神、金札宮。謡曲「金札」で知られるそうだ。

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大きなクロガネモチの木もあった。

進んでいくと、あれは何だ?

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と思ったら、ソーラームーン(笑)なる太陽電池のモニュメントなのであった。商店街のアーケードの上にある。

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右折、カッパカントリーに寄る。

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カッパのギャラリーがあり楽しい。
よく集めたな~

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もちろん!お酒はゲットしました!

4へ続く

マップはこちらを使っています。

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