« 2020年1月 | トップページ | 2020年3月 »

2020年2月

2020/02/29

サッポロ 麦とホップ 黒

2002291

麦とホップつながり。
昨年夏にリニューアルされた黒を。

注いでみると、しっかり黒色。
飲んでみると、さっぱり系黒かな。
焦げ味をつけると、新ジャンルというのがわかりづらくなるけれど、ビールとの決定的な違いはコクがないこと。

でもまあいいんじゃないかな。
リニューアル前とどうかわったかはわからなかったけれど・・・

サッポロ 麦とホップ シングルモルト

2002281

麦とホップの派生品。なかなか入手できなかったが、ようやく手に入れた。

注いでみると、薄い色。
飲んでみると、甘さとつけたような香り。これはホップの香りではないような?
シングルモルトというので、なんかウイスキーみたいなもんかな~と思ったけれど・・・
ドイツ産アバロン種という麦芽のみを使用ということでシングルモルトというのか・・・
この麦芽の味もよくわからなかったなあ。
 

2020/02/27

アサヒ クリアアサヒ 桜の宴

2002271

この時期発売になるクリアアサヒの限定品。

注いでみると、薄めの色。
飲んでみると、よく言えばすっきり味。クリアってことですが・・・
やっぱり薄めかな、味も。
さっと飲めて一杯目には悪くはないけれど、冬じゃなくてもうちょっと暖かい時に飲みたいですね。

2020/02/26

【初づくし 初にまつわる江戸時代の行事・風習展】

art-10【初づくし 初にまつわる江戸時代の行事・風習展】 国立公文書館

竹橋の駅で降りて工芸館に向かう途中に国立公文書館がある。

2002261

いつも通り過ぎるだけだったが、ふと見るとと展覧会がおもしろそうだと思い、入ってみることに。初・国立公文書館である。

この企画展は無料だったが、いつも無料なのかな?

初といってもいろいろあるもので・・・

Ⅰ 1月の「初」・・・お正月
Ⅱ 歳時記と「初」・・・端午など
Ⅲ 幕府・朝廷の行事と「初」
Ⅳ 子どもの成長と「初」・・・七五三、元服

正直なところ、文書は読めなくて・・・内容は日記とか旅行記とかはとても興味あるのだけど、やはり図会などの方がわかりやすく・・・
名所図会とか名勝図会、見るの好きなんですよね。

いやそれにしても、「初」というくくりでもいろんな行事があるものだなと感心しました。

近くに行った時にふらりと立ち寄るのもいいかもしれません。

2002262

 

2020/02/25

【パッション20 今みておきたい工芸の想い展】

art-9 【パッション20 今みておきたい工芸の想い展】 東京国立近代美術館工芸館

旧近衛師団司令部庁舎(明治43年築)である赤煉瓦の建物を使用した工芸館だが、金沢へ移転のため、閉館することとなった。
この展覧会(3月8日まで)が、この場所でのラストの展覧会となる。
ということで、行ってみた。
芹沢銈介展に行って以来久々だったが、これで終わりというととても寂しい。

展示は古いものから新しいものまでいろいろ。
楽しい展覧会でありました。

日本人と「自然」
1)作ってみせる
宮川香山。今はすっかりおなじみの香山。もちろん高浮彫の花瓶もいいのだが、すっきりとした色入菖蒲図花瓶が素敵だった。

2)囲みとって賞でる
ワタクシは着物を着ないのであまりよくわからないのだが、志村ふくみの青い着物きれいでしたね。

 オン・ステージ
3)垂れ下がって気を吐く 

2002251

この展覧会で一番印象に残ったのが、小木名陽一「赤い手ぶくろ」。インパクトありますね~なんかスパイダーマンみたい・・・爪がカラフルなのもおもしろい。

4)ジャパン・プライド

2002259

鈴木長吉「十二の鷹」。なんてリアル!一羽一羽違うのだけど、ホントよく特徴をとらえていると思う。

回転時代
5)モダンv古典 
杉田禾堂「用途を指示せぬ美の創案」。いや、ホントこれって何に使うの?

6)キーワードは「生活」 
壁掛けが素敵。
藤井達吉の電気スタンドは、ちょっとアール・ヌーボー的?

7)古陶磁に夢中 
石黒宗麿の作品が並ぶ。唐三彩の馬もすきだけど、一番のお気に入りは魚が描かれたお皿。

8)線の戦い
シンプルな美しさの白磁。

9)私は旅人

2002252

民藝運動。芹沢銈介の装幀、いいですね。

 伝統⇔前衛
10)「日常」 

2002254

芹沢銈介のマッチ、カレンダー、うちわ。欲しい!

2002253

野口光彦の童子人形がなかなかのインパクト。ユーモラス。

11)人間国宝 
人間国宝の作品というと古風かと思うと、意外と斬新だったりするのですね。

12)オブジェ焼き 
前衛陶芸。なんだこれ?と思ったりするが、それが狙いなのかも?

13)日本趣味再考 
これはなんだろう?何の形?と思うものがぞろぞろ。蛇?ドーナツ?

2002255

中村錦平「日本趣味解題 閉ジタ石」は、いろんなものを貼り付けた石・・・で前衛的。コラージュの一種だろうか?

2002256

松井康成「西遊記」。この色いいなあ。お隣の面もなんだか気になる・・・

14)生地も一色 
人間国宝の友禅作家の着物。渋い。

15)「工芸的造形」への道 
前庭にあった橋本真之の作品。

16)素材との距離

2002257

田嶋悦子「Cornucopia08-Y2」。お花のイメージ?意外と好き。

 工芸ラディカル
17)瞬間、フラッシュが焚かれたみたいだった 
羅。透け感がポイント。

18)オブジェも器も関係ない
高橋禎彦のガラス。ちょっとこの色は苦手かな・・・
 
19)人形は、人形である 
四谷シモンの人形。一頃よくテレビでも見かけたシモンさん。これまたあまり得意ではない・・・

20)当事者は誰か

2002258

留守玲の鉄のオブジェ。なんだかよくわからないけれど、なんかいい気がする・・・

金沢に移転しても是非行ってみたいですね。

2020/02/24

日本橋:仙台旬風 冨和利 日本橋店

昨日、アーティゾン美術館に行ったあとの昼食。
日本橋界隈は、デパートやコレドなどに行けば飲食店はあるにはあるが、あまり混んでなくてリーズナブルなお店はないかと探すものの、ビジネス街は休日はお休みが多く・・・

2002241

ふと通りを入ったところを見るとやっていそうなお店発見。
経験則上、やっていたら入るべし、なので入店。居酒屋ランチ。
ランチはA~Dのセットがあったが、ワタクシはB、同居人はCをチョイス。

2002242

ワタクシのB・豚トロ焼きとおでん。
小鉢は鯛のごまだれ、小松菜とえのきのおひたし。味噌汁は豆腐となめこ。
おでんは、牡蠣のだしとのことだったが、あんまり感じなかったなあ。関東風よりは薄めの出汁だったけれど(このお店仙台料理のお店です)。
ご飯は茶飯とのことで、これまた牡蠣のだしが入っているらしい。こういうご飯はうれしいなあ。こういうのだと量もワタクシとしては結構食べられます。

2002243

同居人のC・唐揚げ。
なかなかボリューミー!

日本酒が充実していて、いいなあ~と思いつつ食事してました・・・

東京都中央区日本橋3-8-3 日本橋通りビル B1F

 

【見えてくる光景 コレクションの現在地展】

art-8【見えてくる光景 コレクションの現在地展】 アーティゾン美術館

2002231

2002232

5年前から建て替えのため休館していたブリヂストン美術館が、アーティゾン美術館と名前を変えて帰ってきた!
久留米の石橋美術館も閉館し、そのコレクションもやってきており、さらにこの間に新しく収蔵品も増え充実。

チケットは、当日券もあいていればあるけれど、値段も安いし、ネットで予約した方がよいかと。

美術館はビルの1階から6階まで。
1階はエントランス、カフェ、2階にはロッカー、ショップ。3階に受付があり、6階まであがって、4階まで下って鑑賞。

part1「アートをひろげる」

いや~懐かしい!ブリヂストン時代に何度も見た名画が続々!

2002233

マネやセザンヌの自画像、シスレーの風景画にモネの睡蓮、カイユボットのピアノを弾く男の絵・・・

2002235

大好きなセザンヌのサント=ヴィクトワール山の絵の向こうに、なんと!青木繁の「海の幸」が!今回、展示の並びが結構おもしろいんですね。西洋絵画の中に日本絵画が並び、彫刻もあったり。
わくわくしながら進んでいったのだが、すべてにコメントしているときりがないので、新収蔵品を中心に書きたいと思う(新収蔵品には(新))。


ファンタン=ラトゥール「静物」(新)。正統派の静物画。

2002234

メアリー・カサット「日光浴(浴後)」(新)。やさしい絵だなあ。色合いも。
セヴェリーニ「金管奏者」(新)。キュビズムだが、かなりこれはわかるな。
メッツァンジェ「キュビズム的風景」(新)。これもかなりわかる。あくまで「的」な風景だから。

2002236

フアン・グリス「新聞と開かれた本」(新)。この人の絵もキュビズムではあるけれど、かなりカラフル。ワタクシは結構好き。
ブランクーシ「ポガニー嬢Ⅱ」(新)。女性だったのか・・・

2002237

ウンベルト・ボッチョーニ「空間における連続性の唯一の形態」(新)。立体的なキュビズム。流れるような感じ。

2002238

大好きなカンディンスキー「自らが輝く」(新)。楽しい。
堂本尚郎「集中する力」(新)。アンフォルメル。嵐のような波のような。不穏な空気。
エルバン「コンポジション、抽象」(新)。なにげにこういう抽象画は好き。

2002239

ジャコメッティ「矢内原」(新)。絵も描いたんですね。細くないぞ。

20022310

マチュー「10番街」(新)。うーん、街には見えないが・・・なぜか兎を連想。

20022311

岡鹿之助「群落B」(新)。あの発電所の絵も好きだが、これもいいなあ。
マリア=エレナ・ヴィエラ・ダ・シルヴァ「入口、1961」(新)。夜の街を描いているのかなあ。

20022313

草間彌生「無限の網(無題)」(新)。ずっと見てるとちょっと鳥肌が・・・でも見ちゃう。

20022312

マーク・ロスコ「無題」(新)。ロスコにしては色が淡い感じ。
アルトゥング「T1989-H3.5」(新)。滝?これが赤だったら怖い作品になっていたところ。

20022314

田中敦子「1985 B」(新)。これは強烈。草間彌生より・・・

part2「アートをさぐる」
5階に下る。テーマごとの展示。
01 装飾
焼き物の中にさえいげなくガレ。でも違和感なし。

20022315

前田青邨が2枚。これは石橋にあったものかな?「獅子図」。青というか緑の獅子というのがおもしろい。
この並びにドニの「バッカス」という配置もおもしろい。
梅原龍三郎「ノートルダム」はらしくない作品。

02 古典

20022316

ルノワール、セザンヌの水浴画の隣に安井曾太郎の「水浴裸婦」。これは顔はルノワールっぽいのだけど、構図とかはセザンヌだなあ。
小杉未醒(放庵、放菴)「山幸彦」。古典的なテーマなのだが、平面的な画面構成がおもしろい。
大好きな藤田嗣治の「猫のいる静物」に再会!

03 原始
青木繁が2枚。「輪転」は何かの儀式?不思議な感じ。
ブランクーシの「接吻」。これ、なんかほほえましいのだ。
国吉康雄「夢」。これシャガールじゃない!と思ったらお隣にはシャガールがありました。

20022317

古賀春江「素朴な月夜」。いろんなモチーフが並ぶ不思議な絵。

04 異界
あまりイメージなかったけど、ルドンなんかも持ってたんですね。
パウル・クレー「島」。どこが島なのか?という気もするけれど、この色いいなあ。

05 聖俗
いろいろな像、石像など。

20022318

エジプトの聖猫がシュッとしてかっこいい。
向こうに見えるのはヴィーナスだそうだ。
ジャコメッティのブロンズもあった。細いなあ。

20022319

洛中洛外図屏風(新)。とてもきれいな状態で残っている。

06 記録

20022320

ベルト・モリゾ「バルコニーの女と子ども」(新)。向こうに見えるのはアンヴァリッドかな?
岸田劉生「街道」と「麗子座像」。街道はちょっと構図がアンバランスかな。麗子はおとなしめ。
青木繁、坂本繁二郎、中村彝の自画像。イメージとちょっと違う顔だった。

20022321

松本俊介「運河風景」(新)。色調が暗い。戦時中だからか?

07 幸福

20022322

坂本繁二郎「放牧三馬」。馬の絵好きだな。
青木繁「わだつみのいろこの室」。竜宮城のイメージかな。
イングワリィ「春の風景」。藤の花じゃないのか?

20022323

メアリー・カサット「娘に読み聞かせるオーガスタ」(新)。これまた優しい絵ですね。

とても充実した展覧会でした。是非どうぞ。

2020/02/22

【奇蹟の芸術都市バルセロナ展】

art-7【奇蹟の芸術都市バルセロナ展】 東京ステーションギャラリー

2002221

カタルーニャの州都バルセロナは芸術都市。
バルセロナにスポットをあてた展覧会に行って参りました。
カタルーニャ美術館からきた作品が多かったのだが、バルセロナを旅行した際訪ねたものの最終日だったので滞在時間が短く、ゆっくり見られなかったのが残念だった。

1章 都市の拡張とバルセロナ万博
近代化が進み万国博覧会が開催された頃の芸術。
アルナウの「バルセロナ」というブロンズ像からスタート。バルセロナの象徴としての女性像。力強い感じ。
万博が開催され活気あふれる様子がみてとれるが、一方「織工の娘」は、過酷な労働を連想させる。

2章 コスモポリスの光と影
富を得たブルジョワは競って立派な邸宅を建てた。ガウディのカーサ・バトリョーをはじめとした斬新な建築な数々。
椅子やテーブルなどもなかなか斬新。が、使い勝手がいいかどうかは・・・
寄せ木象嵌が素敵だったし、アクセサリーもいいなあ。
ルマー・リベラ「夜会のあとで」のように優雅な絵もある一方、ウピス「アナーキストの集会」など、影の部分を描いた絵もあった。

3章 パリへの憧憬とムダルニズマ
パリで描いた画家たちの作品。
ウトリリョ「シュザンヌ・ヴァラドン」。ユトリロの母の肖像画。意志が強そうに描かれている。この人はユトリロを認知した画家なんですね。
サンティアゴ・ルシニョルの「ムーラン・ド・ラ・ギャレットでのミケル・ウトリリョ」。ふーん、この人がそうなのか・・・
同じくルシニョル「夢想」。グレコ風とのことだが、色味がかな?
「青い中庭」も青が基調で、ルシニョルが好きな色なのかも。

4章 「四匹の猫」
ルシニョル、ウトリリョら4人の芸術家たちが、パリのシャ・ノワールからヒントを得て「四匹の猫」というカフェを開いた。
ラモン・カザス「影絵芝居のポスター」はまるでロートレック!
カザス「貞奴の肖像」「川上音二郎の肖像」。1902年にバルセロナ公演を行った際に描いたらしい。
ピカソも若い頃通ったとのことで何点か。
「エル・グレコ風の肖像」「エル・グレコ風に描かれた5人の男」。確かにこれはグレコ!!こんな絵も描いていたのは知らなかった。

5章 ノウサンティズマー地中海へのまなざし
地中海文明への回帰を特徴とするノウサンティズマがムダルニズマにかわって出てくる。
トレース=ガルシア「村の女たち」。ドニっぽい感じ。いいかも。
気に入ったのは、ガルガーリョ「ピカソの頭部」。これはパッと見てピカソだとわかる。おもしろい。
シャビエ・ヌゲース、リカル・クレスポのグラスが4個。なんか素朴でいいですね。

6章 前衛美術の勃興、そして内戦へ
この章が一番知っている画家が多かった。
まずはミロ。「花と蝶」。ミロを言われないとわからないですね。色味は地味だし、ペタッとした絵。「赤い扇」はなかなか強烈。
ダリ「ヴィーナスと水兵(サルバット=パパサイットへのオマージュ)」。後年の特徴は見られない。どちらかというとキュビズムっぽいかな。
ル・コルビュジェ「無題(バルセロナ)」。コルビュジェ展でもたくさん見たのだが、絵画はキュビズム・・・いやピュリズムなのがおもしろい。
ピカソ「フランコの夢と嘘Ⅱ」。フランコ政権への痛烈な批判。ミロの「スペインを救え」も同様だ。

こうした切り口の展覧会もいいですね。
是非どうぞ。

2020/02/21

六本木:だし茶漬け えん 東京ミッドタウン店

2002211

先週のことだが、国立新美術館に行ったあとお昼を食べようとふらふら六本木の方に向かった。
いつも昼食に困るのだが(いや、お値段を考えなければたくさんお店はあるのだけど・・・)、結局ミッドタウンまで行ってしまった。

地下に行ってみると、どこもいっぱいで、こりゃダメかなと引き返したのだが、なんと!ちょうどお茶漬けやさんの席が空いたのが見えて、滑り込む。


頼んだのは基本の鯛だし茶漬け(ご飯小盛)。同居人は普通盛。

鯛にナッツ入りのごまダレをよく混ぜてご飯にのせ、だしをかけていただく。胃にやさしくていいなあ。

炙り明太子と高菜も気になったなあ。

東京都港区赤坂9-7-3 東京ミッドタウン ガレリア B1F

2020/02/20

サントリー TOKYO CRAFT バーレイワイン

2002201

時々発売されるTOKYO CRAFTシリーズ。
いつも入手できるとは限らず、飲まずに終わった製品もあるのだが、今回は首尾よく入手。

注いでみると、濃い。赤というよりオレンジだろうか。
飲んでみると、味も濃いなあ。アルコール度数もたかそうだなというのがわかる。
よなよなビールのお店に行くとバーレイワインを飲んだりするのだが、それよりは度数は低め。でも9%だから結構高い。ベルギービール並み!(ベルギービールもいろいろだけど)
これはぐいぐい飲むものではなくて、じっくりと飲むべきもの。「冬のくつろぎ時間にふさわしい」とあったが、確かにこれは冬にぴったりなビールだ。

2020/02/19

京街道歩き(第3回) 枚方宿~守口宿4

(3より続き)

堤防に戻る。

1_20200217224701

鳥飼大橋が近づいてきた。
モノレールも見える。

2_20200217224701

カッコいい橋だ。

3_20200217224701

観覧車が見える。これ、どこだろう?

4_20200217224701

ここまで見なかった船があった。

全然気づいていなかったが、寝屋川市を通り過ぎ、守口市に入っていた。
長かった堤防から降りる。

5_20200217224701

マンホールは市の花のサツキ。

6_20200217224701

こちらは京阪守口市駅前再開発のシンボルであるカリオンとサツキ。

7_20200217224701

正迎寺は、西本願寺の末寺で創建は観応元年(1350年)。

8_20200217224701

智眼地蔵尊。

ところどころ旧道が残る道を歩き、たこのきもちというたこ焼きやさんでたこ焼き6個入り(300円)を購入。ちょうど焼きたてだった。ソースとマヨネーズをかけてもらう。さすが、大阪安いなあ。

9_20200217224701

京街道のレリーフ。

10_20200217224701

一里塚跡のベンチでたこ焼きをいただく。
あちちち。ホントに焼きたてで口の中をやけどしそうなくらい(笑)。

11_20200217225001

この一里塚跡のあたりが上の見附で、守口宿に入ってきた。

12_20200217225001

国道一号線を渡った先にあるのが瓶橋の親柱。
今は川はない。橋の名前は口を守ること瓶のごとし(発言は慎重にせよ)ということからきているらしい。

13_20200217225001

盛泉寺。教如上人が開いた東本願寺の末寺だ。内侍所奉安所阯の石碑(明治天皇が行幸された際、内侍所を設けた。一瞬だけ大阪に遷都されたことになった)、明治天皇聖蹟の石碑がある。

14_20200217225001

難宗寺の角に石碑が4つ。
「左京 すぐ京」、「すぐ守口街道」、「御假泊所」、「御行泊所」と彫られている。

15_20200217225001
難宗寺は真宗大谷派。枚方もそうだったが、守口も浄土真宗が盛んなのですね。盛泉寺が東御坊、こちらは西御坊と呼ばれている。

16_20200217225001

樹齢400年以上の大銀杏。直径1.5メートル!

17_20200217225001

右折し、駐輪場のところに本陣跡の説明板。

18_20200217225001

向かいには「大橋平八郎ゆかりの書院」の石碑。
ここは平八郎が農民たちに出張講義をした白井家跡である。
白井孝右衛門は平八郎と師弟関係にあり、大塩平八郎の乱に荷担したかどで処刑されている。

八島交差点で左折、ゆるい坂道を上がって行く。文禄堤の上に存在した守口宿だ。文禄堤(太閤堤)は秀吉が毛利一族に築かせた淀川の堤で、27キロにも及んでいたそうだが、今はこの守口宿、八島交差点から義天寺までの1キロが残っているだけである。

19_20200217225001

卯建、連子格子、虫籠窓のある家が残っていて、風情のある街並みだ。

20_20200217225001

みよし写真館。昭和22年創業だそうだ。

21_20200217225201

復元された高札場。

22_20200217225301

本町橋(川はない)を渡ったところでこの日の街道歩きは終了。

守口市駅より京阪の準急に乗り、終点淀屋橋で地下鉄に乗り換え新大阪へ。

混雑した新大阪駅でお弁当とおみやげを買って、6時33分発ののぞみに乗り込む。

23_20200217225301

24_20200217225301

今回のお弁当は、但馬牛牛めし弁当にするつもりが残り1つしかなく、ワタクシは近江牛おひつまぶし弁当にする(どちらも大阪のものじゃないね)。

おひつまぶし弁当は、下半分は白飯に牛でそのまま食べ、上半分は味付きご飯で、牛の上にたれをかけ、わさびをつけてひつまぶし風に食べる。
ビールにあいますね~
ビールは黒ラベルだが、引退する700系新幹線デザインだった。

東京到着は9時3分。帰宅は10時すぎだった。約4万歩。

25_20200217225301

今回のおみやげ。昆布の詰め合わせと大阪地酒のみくらべセット。

次回最終回は、昼過ぎには高麗橋に到着できると思うので、大阪城などを観光して帰ります。

(完)

マップはこちらを使っています。

2020/02/18

京街道歩き(第3回) 枚方宿~守口宿3

(2より続き)

そろそろお昼時。街道沿いにはお店がないので光善寺駅の方に向かい、湧喜屋という御寿司やさんに入る。

1_20200217222801
頼んだのは御寿司御膳。
寿司10巻の他に、お豆さん、トコブシ・たけのこ・かぼちゃの炊き合わせ、お吸い物。

2_20200217222801

プラス茶碗蒸しがついたのでありました。

おなかいっぱいになり、街道に戻る。

3_20200217222801拝所。
蹉跎(さた)神社の遥拝所である。菅原道真が筑紫大宰府配流の旅の途中で、立ち寄った場所。道真の息子達は全国各地に配流され、妻も娘も同行が許されなかった。娘の苅谷姫は父を追ってここ(蹉跎神社)まで来たが、道真はすでに去った後で、姫は蹉跎(あしずり)して悲しんだという。

4_20200217222801

その先に大きな栃の木があった。

川が近づいてきた。

5_20200217222801

松ヶ鼻地蔵尊。
この先で土手に上がる。
実に7キロ近く堤防を歩くことになる。

6_20200217222801

7_20200217222801

8_20200217222801

この頃にはすっかり晴れ(暑い!)景色がとてもよかった。

9_20200217222801

木屋揚水機場を過ぎる。

10_20200217222801

その先には赤井堤記念碑がある。
明治18年に起きた洪水は、大阪市内の大半が浸水する被害をもたらし、赤井堤も含めて多くの堤が決壊した。その時の惨状が漢文で刻まれているのだそうだ。

11_20200217223001

水生生物センターの裏手に見えるのが、二十箇用水普通水利組合碑。
文禄堤ができて、洪水は防げるようになったが、堤の南に流れていた淀川分流が絶たれ、周辺の村では農業用水が取水できなくなり、設けられた組合である。

12_20200217223101

茨田堤(まんだのつつみ)碑。
日本書紀、仁徳天皇11年に記述があるとのこと。古いですね~

13_20200217223001

段倉があった。
水害への備えなのですね。

ここでちょっと寄り道。

14_20200217223101

しようと思ったら黒猫がじーっと見ていた。

15_20200217223101

太間天満宮。

16_20200217223101

衫子絶間跡の碑がある。
堤の築造は難工事で、二ヵ所の「絶間」という場所に人柱を出すことになり、武蔵強頸(むさしのこわくび)と茨田連衫子(まんだのむらじころもこ)の二人が選ばれた。強頸は犠牲となったが、衫子は、機転をきかせて助かったという伝説が残っている。

17_20200217223101

夫婦狛犬かな?浅草寺で見たのと似ている気がする。

戻って堤防をずんずん歩く。

18_20200217223101

鳥飼仁和寺大橋をくぐる。

その先でまたまた寄り道。

19_20200217223101

仁和寺氏神社。
御祭神は菅原道真など。

20_20200217223101
21_20200217223501
ということで、なで牛が。

22_20200217223501

猫も!

23_20200217223501

ここで、枚方で買ったどら焼きを食べて休憩。

24_20200217223501

堤防に戻り少し進んで、佐太天神宮に寄る。
道真が太宰府にながされた際に舟をつないだ場所。ここで赦免の沙汰を待ったことから佐太と呼ぶようになったという説もあるらしい。


25_20200217223501

ここにも猫。暖かいと猫にたくさん会えていいなあ。

26_20200217223501
本殿。

27_20200217223501

紙本著色天神縁起絵巻。

28_20200217223501
佐太戎社。戎像も見える。

29_20200217223501

来迎寺。

その先に佐太陣屋跡がある。
加納藩の陣屋という。

(4へ続く)

マップはこちらを使っています。

2020/02/17

京街道歩き(第3回) 枚方宿~守口宿2

(1より続き)

1_20200217165201

鍵屋資料館に寄る。

2_20200217165201

鍵が描かれてますね。

江戸時代には大阪と伏見を結ぶ三十石船に乗降する人のための船宿として賑わい、その後は平成9年まで高級料亭旅館として営業していた。解体、復元工事ののち平成13年に資料館として開館している。

3_20200217165201

まずは別棟の方へ。こちらが資料館になっており、入場料200円。
昭和3年の建物。

4_20200217165201

5_20200217165201

くわらんか茶碗などの展示。
くらわんか舟(三十石船の乗客に飲食物を売っていた小舟)で使用されたことからこう呼ばれる。
くらわんかというのは、飯くらわんかいと河内弁で飲食物を売りつけていた、その口上のことなんですね。

6_20200217165201
鍵屋の模型。結構広い。

7_20200217165201

文政13年(1830年)、紀州藩の武士が枚方に泊まった際に供された食事。たけのこ、わらび、くわい、鶏卵、ふき、ほうれん草、鰤あんかけ、はまぐりの汁、ご飯。

8_20200217165201

広重の絵。

9_20200217165201

くらわんか舟の再現。

10_20200217165201

2階に上がってみると、63畳の大広間があった。

11_20200217165501

窓からは淀川が見える。

12_20200217165501

15_20200217165501

14_20200217165501

13_20200217165501

おひな様の展示。

19_20200217165501

16_20200217165501

17_20200217165501

18_20200217165501

主屋(文化8年(1811年)の町屋建築)も見学。
船待ちと煮売屋の特徴を備える。

たっぷり見学して再び歩きスタート。

20_20200217165501

お隣の建物もいい感じ。

西見附で宿を出る。
ケンペル、シーボルト、アーネスト・サトウなど外国人も多く訪れたのだそう。

21_20200217165801

淀川沿いに出ると明治18年の洪水碑があった。

22_20200217165701

向かいには郵便屋の渡し跡の碑が。明治時代、対岸に鉄道が開通し、淀川左岸の郵便物を渡し船で右岸の高槻に運んだのだそうだ。

このあとうっかり道を間違い戻る。
旧道をしばらく行くと、光善寺があった。出口御坊。

23_20200217165701

24_20200217165701

このあたりは蓮如上人にゆかりがある。ということで像もあった。
なかなか立派なお寺だ。

25_20200217165701

地蔵。

26_20200217165701

蓮如は病んでいた虫歯がここで抜け落ち、「夏はきのふけふ秋きりの一葉おちて身にしみてしる なむあみだぶつ」と詠み、境内に自筆の歌碑があった。

27_20200217165701

28_20200217165701

しばらく行くと「親鸞聖人 蓮如上人御田地」の碑があり、奥には蓮如上人の腰掛け石がある。上人がここで講話をしたのだそう。

(3へ続く)

マップはこちらを使っています。

2020/02/16

京街道歩き(第3回) 枚方宿~守口宿1

前週に続いての京街道歩き。
前週は雪も舞い、とても寒くて耳にしもやけができかかったので、慌てて耳が隠れる帽子を買ったのだが、この日は暖かくなる予報で(実際かなり暖かった)結局出番なし。いや、暖かい方がうれしいけれど・・・

いつもの通り4時半起きで6時16分ののぞみに乗り京都着8時26分。近鉄に乗り換え、丹波橋で京阪の特急に乗り換え、枚方市駅到着は9時11分。20分過ぎ、歩き始める。どんよりと曇っていたが幸い雨はやんでいた。

1_20200216172701

駅前には案内図があってわかりやすい。
枚方宿は結構力を入れている感じ。

2_20200216172701

3_20200216172701

枚方橋跡を通り過ぎ(今は暗渠となった安居川にかかっていた橋)、宗左の辻を曲がる。製油業を営んでいた角野宗左の屋敷があったことからこう呼ばれるようだ。
道標があり、磐船街道が分岐している。

4_20200216172701
ピオルネという商業施設を通りすぎた先に岡本町公園があり、京街道と枚方宿の説明版があった。
第2日曜日は五六市があるそう。東海道の56番目の宿場であることから命名されたようですね。

5_20200216172701

明治の創業だという北村みそ本家の隣、呼人堂でどら焼き(あかつき)をおやつ用に購入する。

6_20200216172701

嘉永7(1854)年の妙見宮常夜燈。能勢町にある妙見山山頂付近にある宮らしい。

7_20200216172701

高札場跡の先に、くわらんかギャラリー。
江戸時代(享保)から続く塩やさんの塩熊商店の建物だそうだ。

ベトナムから徳川吉宗に献上された象も享保15(1730)年にこの宿に泊まっているらしい。

8_20200216172701

三矢公園がある場所にかつて本陣があった。

9_20200216172701

入り口には明治天皇御晝餐所の碑がある。
向かいには塩熊の看板のあるお店があった。塩やさんではなさそう?

京阪の踏切を渡りちょっと寄り道。

10_20200216172701

願生坊。
真宗大谷派の寺院で、東本願寺の別院とされた後、願生坊の名が与えられた。

11_20200216173001

この道に「万年寺山周道」のプレートが埋め込まれていた。
ということで道を上がっていく。

12_20200216173001

13_20200216173001

意賀見(おがみ)神社の鳥居を右手に見つつ、まずは御茶屋御殿跡へ。
秀吉が家臣の枚方城主・本多政康の娘・乙御前のために茶屋御殿を建てたことから、ここ万年寺山は御殿山と言われている。

14_20200216173001
ここから淀川が見える。もっと天気がよかったら遠くの山まで見渡せたんだろうなあ。

15_20200216173001

神社の境内には梅園がある(意賀見梅林)。
廃仏毀釈以前は奈良時代に創建された万年寺があったそうだ。
古墳もあったらしい。

17_20200216173001

16_20200216173001

18_20200216173001

19_20200216173001

すでにだいぶ咲いていた。
3月にいつも梅祭りが行われているようなのだけど、今年は暖冬だったからその頃にはもう終わっちゃってるかも?

20_20200216173001

意賀見神社。

さて、街道に戻り、浄念寺へ。
こちらは西本願寺が本寺兼帯所として特別な扱いをし、地元の人々は、願生坊を東御坊、浄念寺を西御坊と呼んでいたという。

21_20200216173201

山門が工事中だったので、脇から入って本堂を撮影。

このお寺の前は枡形になっていた。

22_20200216173201

その先に問屋役人だった木南善衛門家(屋号は田葉粉屋)がある。宿最大の町屋で明治時代に再建されたものという。
立派なお宅だ。

(2へ続く)

マップはこちらを使っています。

2020/02/15

サッポロ ゴールドスター

2002151

サッポロの新ジャンル。

注いでみると、やや薄めの色。
飲んでみると、やはりビールじゃないから厚みが足りませんね。
でも・・・
ホップっぽい香りはするし、苦みもあってまずまずかな。

2020/02/14

サントリー ザ・プレミアム・モルツ 香るエール 初仕込 2020

2002141

フツーのプレモル初仕込みに続いて飲んだのが香るエールの初仕込み。

注いでみると、やや薄めの色かな。
飲んでみると、フツーの香るエールとどれほど違うかよくわからないのだけど・・・
香りはいいし、柔らかな味ですね。最後にぐっと苦みがくるけれど。

香るエールは最近、飲み屋さんでもよく見かけるようになって、結構好きなビールです。

2020/02/13

【ブダペストーヨーロッパとハンガリーの美術400年展】

art-6【ブダペストーヨーロッパとハンガリーの美術400年展】 国立新美術館

2002131

日本とハンガリー外交開設150周年記念の展覧会。
国立西洋美術館とハンガリー・ナショナル・ギャラリーから130点あまりが来日。
今回はかなり細かく部屋を区切って展示されていました。


Ⅰ:ルネサンスから18世紀まで
1.ドイツとネーデルランドの絵画
クラーナハからスタート。
「不釣り合いなカップル」2枚。これ、別バージョンを何度か見ているのだけど、風刺画的でおもしろい。
ハインツの「アリストテレスとフィリス」。なんだか、アリストテレスが誘惑に負ける姿が滑稽。

2.イタリア絵画
聖母子
ティッツィアーノの「聖母子と聖パウロ」。優美な作品。なぜここにパウロがいるのかという疑問はあるが・・・

聖書の主題
ジョルジョ・ヴァザーリ「カナの婚礼」。ヴァザーリの作品はあまり見たことがないかも?画面が狭いな。
バロッチの工房「アッシジの聖フランチェスコのいる受胎告知」。受胎告知の場面に猫がいるのは始めてみたかも?
ランゲッティ「監獄でファラオの料理長と給仕長の夢を解釈するヨセフ」。マニエリスムなみに筋肉が・・・
グイド・レーニ「聖ペテロの磔刑」。逆さ磔が痛ましい。

ヴェネツィア共和国の絵画
ヴェロネーゼの「春」と「秋」。秋はワインを連想させる。どうせなら夏と冬も並べて欲しかった・・・

3.黄金時代のオランダ絵画
ヤン・ステーンとかオスターデとか農民を描いた絵がよい。

4.スペイン絵画ー黄金時代からゴヤまで
エル・グレコ!「聖小ヤコブ(男性の頭部の習作)」。習作ということで未完成な感じだが、まぎれもなくグレコだ。
ゴンサレス「王子の肖像」。服装が女子なんだが・・・
ゴヤ「カバリューロ侯ホセ・アントニオの肖像」。言われなければゴヤとはわからなかった。ゴヤも嫌っていた人物ということで、やや悪意が感じられるような?

5.ネーデルラントとイタリアの静物画
静物画は大好き。
なぜレモンがみな剥かれた状態で描かれているのか・・・

6.17-18世紀のヨーロッパの都市と風景
フランソワ・ド・ノメ「架空のゴシック教会の内部」。実際に見て描いたのではなく、架空だそう。すごくリアルなのだけど・・・
ドメニキーニやジュンタトタルディのローマの風景画がよかった。

7.17-18世紀のハンガリー王国の絵画芸術
ハンガリーの画家登場。ハンガリーの画家はほとんど知らないのだが、なかなかいい作品が多いですね。

8.彫刻
メッサーシュミットが2点。いや、いつみても強烈ですね。
ケルン「三美神」。優美なフォルムだ。

Ⅱ:19世紀・20世紀初頭
1.ビーダーマイヤー
日常生活の平穏や心地よさを表現したビーダーマイヤー。
ライター「小さな宝石商」。女の子は小さい頃から宝石が好き。ほほえましい。
ミクローシュ(ハンガリー)「伝書鳩」。むぎゅってされた鳩。女性がやや胸がはだけているのが気になるが。

2.レアリスム―風俗画と肖像画
ムンカーチ・ミハーイ(ハンガリー)「パリの室内(本を読む女性)」。元々は貧しい人々を描いた画家だったそうだが、貴族の女性と結婚してこうした作品を描くように。優雅だな~
ドレ「白いショールをまとった若い女性」。ウエストが細すぎるんですけど!
シニュイ・メルシェ・バール(ハンガリー)「ヒバリ」。物議をかもした作品だったようだ。確かに、ヒバリはごくごく小さく描かれていて、目がいくのは裸の女性。シュールな構図。
ミハーイ「フランツ・リストの肖像」。交友のあったリストを描いているが、威厳のある姿。

3.戸外制作の絵画
クールベ「オートヴィルのヒマラヤスギ」。荒々しいタッチ。
モネ「トゥルーヴィルの防波堤、干潮」。あまりモネらしくない感じ。ペタっとした感じ。
コロー「ヤギと格闘する羊飼い」。なぜヤギと格闘しているのか・・・
カーロイ(ハンガリー)「小川Ⅱ」。印象派っぽい。手前に脱ぎ捨ててある(もしくは帽子かな?)のが気になる。いったい何があったのか。

4.自然主義
イシュトヴァーン(ハンガリー)「孤児」。寂しい・・・孤児のかなしみが伝わってくる。

5.世紀末―神話、寓意、象徴主義
ジュール・ジョゼフ・ルフェーヴル「オンディーヌ」。まるでアングルの「泉」!
ベックリン「村の鍛冶屋を訪れるケンタウロス」。村人が驚いている。いやそりゃ驚くよね。蹄鉄でもうってもらいにきたのか・・・
カーロイ「オルフェウス」。無邪気な感じだが、その後の運命を考えると・・・
チョントヴァーリ・コストカ・ディヴァダル(ハンガリー)「アテネの新月の夜、馬車での散策」。どこかマグリットを思わせるシュールな絵。

6.ポスト印象派
ドニ「母性、または母の喜び」。いいなあドニ。やはり奥さんがモデルだろうか?
ヨージェフ(ハンガリー)「赤ワインを飲む私の父おビアチェク伯父さん」。相当飲んでますね~
ツィッフェル・シャーンドル(ハンガリー)「柵のある風景」。赤い山が強烈だけれど、あくまでも主役は手前の柵らしい・・・
アドルフ(ハンガリー)「ケシの実のケーキ」。手前のケーキが気になるが、ケシの実がかかっているのは奥のパンのような・・・

7.20世紀初頭の美術―表現主義、構成主義、アール・デコ
シャーンドル(ハンガリー)「6人の人物のコンポジション」。これ気に入った!躍動感あり。
ウィッツ・ベーラ(ハンガリー)「闘争」。キュビズムだな~

多彩な作品が楽しめた展覧会でした。
ハンガリーの画家の作品、もっと見てみたいですね。

2020/02/12

京街道歩き(第2回) 淀宿~枚方宿4

(3より続き)

1_20200211181401

旧京街道の標柱。京街道ではあまりこうした標柱がない気がする・・・

道の突き当たりにくずはモール(ショッピングモール)があったので休憩する。

2_20200211181401
おやつは走井餅老舗で買った鳩もなかだ。
自分であんこを詰めて食べるタイプで、皮がぱりぱりでうれしい。

京阪の線路の向こうに渡り、線路沿いに歩く。
国道歩きはつまらないが、途中から旧道に入る。

3_20200211181401

そこにあった地蔵堂。

4_20200211181401

船橋川(激流で橋が流され船橋になったのが川の名前の由来)を渡った先に、地蔵堂、戊辰戦争の供養塔、八幡宮の道標がある。
この向かいあたりに一里塚があったらしい。
京と大阪の中間地点。

このあとは、牧野駅まで京阪に沿った道を歩く。

牧野駅まで来たところでちょっと寄り道。

5_20200211181401

牧野公園にある阿弖流為母禮(アテルイモレ)の首塚。
坂上田村麻呂がこの地で蝦夷の首長阿弖流為と副将母禮を処刑した地だという。

6_20200211181401

その奥にある片埜神社。

8_20200211181401

7_20200211181401

赤鬼のお面があったが、絵馬にも赤鬼が描かれている。

9_20200211181401

本殿は慶長2年、豊臣秀吉の命で片桐且元が再興したもので、重要文化財。

街道に戻り進む。

10_20200211181401

京都と大阪と刻まれた常夜燈。
ここに片埜神社の一の鳥居があったとのこと。右側におかれていたのが壊れた鳥居かな?

11_20200211181701

猫発見。この日はかなり寒かったのだが、出会えた!

12_20200211181801

國道第二号路線の道標。
高麗橋まで六里!

そこを左折して寄り道。

13_20200211181801

渚の院跡。
文徳天皇の第一皇子、惟喬親王は権力争いに破れ、ここに別荘を建て隠遁した。同じく権力争いに破れた在原業平と親交があったという。
渚の院跡には観音寺が建立されたものの、神仏分離で廃寺となっている。梵鐘が残るのみだ。

14_20200211181801

天之川集会所の前の地蔵堂。
この先が一里塚跡だが、何もない(多分)。

15_20200211181801

天の川を鵲橋で渡る。

16_20200211181801

淀川に合流する天野川は、川の流れが美しく、古くから天上の銀河とみなされ、いつしかこの川に橋が架かった時、天の川のかささぎの群れが集まって橋となり、牽牛と織姫との橋渡しをするという七夕伝説にちなんでかささぎ橋と呼ばれるようになったという。

いよいよ枚方宿に入ってきた。

17_20200211181801

東見附跡。石柱があった。

18_20200211181801

問屋役人の家。
小野平右衛門(屋号=八幡屋)で、江戸中期より、村年寄りと問屋役人を勤めた。現在の建物は幕末のものだそうだ。出格子や漆喰塗の連なる虫籠窓が見られる。
道路は着色されていて、わかりやすい。

19_20200211181801

さて、枚方市駅に到着した。この日の歩きはここで終了。

京阪で東福寺へ、JRに乗り換え京都へ。
駅弁とおみやげ(しば漬けとビール)前回と同じく18時48分発ののぞみに乗る。

20_20200211181801

今回のお弁当は、京都舞妓はん弁当。いろいろ詰まっていて(デザートはお団子と生八つ橋!)豪華。ビールは黄桜の京都麦酒ブラウンエール。

東京都着は21時3分。
帰宅は10時過ぎだった。

45403歩。今回も結構歩きました。

(完)

マップはこちらを使っています。

2020/02/11

京街道歩き(第2回) 淀宿~枚方宿3

(2より続き)

1_20200211175301

エジソン記念碑。
八幡の竹を使っての白熱電球の長時間点灯、実用化に成功した世界の発明王エジソンを記念した碑。
ここの竹だったんですね・・・はじめて知りました。

2_20200211175301

なぜかボーイスカウト像。

3_20200211175301

給水塔の涌峯塔。

最後に展望台にも行ってみる。

4_20200211175301

5_20200211175301

いい眺め。

6_20200211175301

谷崎潤一郎の碑もあった。

7_20200211175301

帰りのケーブルはあかねの方だった。

8_20200211175301

街道歩きを再開したところで、八幡市のマンホール発見。
市の花、さつき。

木津川沿いの堤防の下の道を歩く。

途中、大きな楠の木があるとのことだったのだが・・・
ない!切られてしまったのか・・・と思ったが、どうやら移植されたらしいですね。

9_20200211175301

本来あったはずの向かいに二宮忠八飛行機工作所跡。ここで飛行機の製造を試みたのだ。

10_20200211175301

八幡宮常夜燈。

11_20200211175601

右八まん宮と彫られた道標を通り過ぎ、右折した先に柳谷渡し道標があった。対岸の山崎と橋本、京街道と西国街道を結ぶ渡し。

橋本は昭和33年まで遊郭としてにぎわった街だそうだ。

12_20200211175601

13_20200211175601

おもむきのある道である。

14_20200211175601

小金川樋門のところまできて、踏切を過ぎてしまったことに気づき戻る。
そのまま進むのがどうやら街道のようなのだが、危なそうなので、線路の東側を歩くことにする。

15_20200211175601

久修園院。
行基が開いたお寺。
元禄時代につくられたという天球儀と地球儀、見てみたかったなあ・・・

このあたりの道はよくわからず、Google先生の力を借りて進む。

16_20200211175601

楠葉台場跡史跡公園。鳥羽伏見の戦いで旧幕府軍が最終的に集結した場所だ。

久親恩寺を通り過ぎ、ようやく本来の街道に合流する。
と、道が黄色に着色されていてわかりやすい。

17_20200211175601

マンホール発見!枚方市のマンホールだ。
つまり、いつの間にか大阪府に入っていたのだ・・・

デザインは、枚方市の花である菊と、広重の浮世絵にも描かれた淀川を下る三十石船。
今はもう開催されていないそうだが、長らく枚方では大菊人形展が開催されていたそうだ。

18_20200211175601

長福寺。

19_20200211175601

道標を兼ねた供養塔がある。小さなお地蔵様たちがかわいい。

20_20200211175601

この小僧さんはどういうシチュエーションなんだろう?
掃除している最中にうっかり木魚?を枕に寝てしまい、そこにねずみがやってきた・・・ということかな?

(4に続く)

マップはこちらを使っています。

2020/02/10

京街道歩き(第2回) 淀宿~枚方宿2

(1より続き)

八幡市に入ってきた。

石清水八幡宮に寄るつもりではあったが、お昼を先にするか後にするかと考えて、早めのお昼の方がいいと思い、先にお昼にすることに。

その前に頓宮殿へ。

1_20200210191801

一の鳥居。

2_20200210191801

鳥羽伏見の戦いで消失したのち、現在の社殿は大正4年に建てられたもの。

3_20200210191801
裏の門。

4_20200210191901

門には菊の御紋がある。

5_20200210191801

安居橋を渡る。太鼓橋だ。

飛行神社に寄ってみる。
ライト兄弟に先んじて飛行機の開発にあたった二宮忠八が創建した神社。

6_20200210191801
F104戦闘機のエンジン。

7_20200210191801

大阪湾から漁網にかかり揚げられた零式戦闘機のプロペラ。

頓宮前まで戻り、やわた走井餅老舗で昼食。

雪が強く降ってきて寒かったので(晴れてはいたのだが)、陽のあたる窓側に座る。

8_20200210191901

頼んだのは、走井うどんと赤飯膳。走井餅つき!

うどんは暖まるし、餅も入っていて、しかも赤飯もあったので、炭水化物たっぷりで、歩いている時に最適なお食事。
走井餅もついに食べられてうれしい。

東海道を歩いているときに大津で発祥の地があったが、本家は廃業して、こちらに引き継がれたということなのですね。

おなかがいっぱいになったところで、おやつに鳩もなかを買って出発。雪はやんでいた。

八幡宮には歩いてもいけるのだが、時間短縮のため、ケーブルに乗る。
毎時15分と45分で、乗客がいると0分と30分にも動くということで、12時ちょうどに乗る。200円。

9_20200210191901

昨年車両がリニューアルされたとのことで、行きは黄色いこがね号に乗る。

3分で到着。

降りて歩き始めると、今回もありました~

10_20200210191801

着色したお地蔵様。

11_20200210192201

竹が。八幡市は竹の産地なんですね。

12_20200210192201

南総門。

13_20200210192201

本殿(国宝)。黄金の雨樋や、目貫きの猿、流れ左三つ巴紋、瑞籬欄間彫刻が見られなかったのは残念だ。

14_20200210192101

鳩が見える。鳩ははちまんさんのおつかいなのだそうだ。

15_20200210192201
楠木正成のクスノキ。

16_20200210192201

信長塀が続く。

17_20200210192201

西総門(重文)。

18_20200210192201

住吉社(重文)。

19_20200210192201

北総門(重文)

20_20200210192201
水若宮社(重文)。

21_20200210192401

瓦は鬼。

22_20200210192401

鬼門封じ。鬼門を封じるため、本殿の石垣が斜めに切り取られている。

23_20200210192401
おがたまの木。一円玉の表に描かれているのがこれなのだそうだ。

24_20200210192401

葉っぱが確かにそうかも・・・

25_20200210192401

ちょうどアオジがいたので撮影。

26_20200210192401
東総門(重文)。

27_20200210192401

灯篭が並ぶ。

28_20200210192401

これは撮らずにはいられない(笑)。

29_20200210192701

こちらにも灯篭が並んでいる。

(3に続く)

マップはこちらを使っています。

2020/02/09

京街道歩き(第2回) 淀宿~枚方宿1

京街道歩き2回目。
直前まで京都の天気は晴れ一時雪と出ていたし、気温も低そうなので大丈夫かなとは思ったが、雪マークは消えたので出かけることにした。

いつもの通り4時半起きで、6時16分ののぞみに乗る。
朝ご飯を食べて寝る。

1_20200209181901

はっと気づいて外を見ると雪!関ヶ原は雪景色だった。寒そうな景色だ。

関ヶ原を過ぎると雪はなくなり、京都に着いた時は少し日も差していた。
近鉄に乗り換え、さらに丹波橋で京阪に乗り換え、前回の終わり、淀駅着9時3分。歩き始める。曇っていて寒い。

2_20200209181901

駅前には水車のモニュメントがある。
徳川秀忠は、元和5年(1619)伏見城の廃城に伴い、寛永2年(1625)松平定綱に命じて淀城を築城。周囲に二重三重の濠を廻らし、直径8mもある水車が城の西南と北の二か所に取り付けられていたそうである。

3_20200209182201

高架下に三宅安兵衛(京都の呉服商として一代をなした人物)が建てた道標がある。東一口(いもあらい)の安養寺に参詣者を導くための道標だが(写ってない方に書かれていたが)、これいもあらいとは読めないな~
淀三川に囲まれ、出口が西側の一か所で、「一口」という漢字があてられた。入り口に祀られた稲荷が疱瘡を洗う(なおす)ので、「ひとくちのいもあらい」これが「ひとくち=いもあらい」となったという。

4_20200209181901

與杼神社に寄る。
桂川右岸に水上運輸の守護神が祀られていたものが、河川敷の拡幅工事でここに移転してきている。

5_20200209181901

拝殿は重要文化財。

6_20200209182001
稲葉神社。春日局が寄進した稲葉正成を祀る神社。

7_20200209181901
淀城址公園には石垣が残っている。
一番新しい淀城の石垣である(はじめのは妙教寺のあたりの古城、2番目は秀吉が茶々に与えた城、最後は秀忠が作らせた城)。

8_20200209181901
「唐人雁木跡碑」、「淀小橋旧址碑」、「淀城故址碑」もあった。街道沿いのはレプリカなのかな?

商店街の和菓子屋さんで、美豆のしずくというお菓子があると聞き、いってみたのだが、なんとお休み・・・残念である。

いよいよ本格的に街道歩きスタート。

9_20200209181901

駅を越えて右折、少しいった角に大専寺があり、戊辰戦争の東軍戦死者埋骨地碑がある。このあたりは激戦地だったようで、なので淀宿は遺構はほとんど何も残っていないのですね。
そういえば、前回の歩きの最後の方にもこうした碑があったっけ。

道はさらに数度曲がる。枡形になっている。

10_20200209181901

孫橋を渡り淀宿を出る。渡って川沿いに歩くとお寺が3つあり、その真ん中のお寺、長円寺に「鳥羽伏見の戦い 幕府軍野戦病院の地碑」や榎本武揚書の「戊辰役東軍戦死者の碑」がある。鳥羽伏見の戦いの時に幕府軍の野戦病院となったところだそうだ。

11_20200209182401

八幡市の飛び地を通り、宇治川の方に行ってみると、穀物の貯蔵庫である浜納屋があった。

12_20200209182301

向かいは木田醤油店。
ご近所の方によれば、先代が亡くなられてもう営業はしていないとか。

街道に戻り進む。

13_20200209182401

ロウバイがまだ咲いている。

14_20200209182301

またまた寄り道。涼森神社。
菅原道真が太宰府に向かう途中に寄り、鈴を寄進したことからこの名前になった・・・他にも説があるらしいが。

15_20200209182401

戦国時代には美豆城が築かれたということで、石碑があった。

16_20200209182301

京阪線の高架、京滋バイパスをくぐり、御幸橋を渡る。

17_20200209182401

まずは宇治川。

18_20200209182401

中間地点にさくらであい館があり、展望塔に上ってみた。

ちょうどここは琵琶湖から流れ出る宇治川、三重県から流れ出る木津川、京都府北部から流れ出る桂川が合流し、淀川へと合流する地点なのである。

19_20200209182401

20_20200209182401

晴れていたらもっといい景色だっただろう。
あいにくと、少し前から雪が舞い始め、曇ってしまっていた。

ちょっとだけ休憩し、また歩き始める。雪は少し小降りになったようだ(その後も降ったりやんだり、時にあられが降ったり・・・晴れたり曇ったり、不思議なお天気の一日だった)。

21_20200209182601

22_20200209182601

続いて木津川を渡る。

(2に続く)

マップはこちらを使っています。

2020/02/08

サントリー ザ・プレミアム・モルツ 初仕込 2020

2002081

毎年出ているプレモル初仕込。
今年も出ましたね。

注いでみると、フツーの黄金色。
飲んでみると、そうフツーのプレモルとは変わりないかな?
空輸で届いたダイヤモンド麦芽がどの程度効いてるのかはわからないけれど・・・
しっかり苦みもあってじっくり飲むのがいいビールですね。

2020/02/07

サッポロ セブンプレミアム 青森田子町 田沼さんのホップ畑から

2002071

セブン&アイ限定ビール。
以前、「上富良野 大角さんのホップ畑から」という製品もありましたね。
ホップ農家の名前を冠した製品シリーズなのかな?

田子町というと、ニンニクが有名かと思うが、ホップも作っているんですね。ただ、いまでは田沼さん一人になってしまったとか・・・
なかなかに貴重なホップ。

注いでみると、やや薄めの色。
飲んでみると、思ったほどにはホップの香りがするわけではないけれど、結構な苦みがあり、これはやはりこだわりのビールなのだなと思う。
おいしいと思うのだが、生産量は限定されるんでしょうね。

2020/02/06

坂木司他『坂木司リクエスト! 和菓子のアンソロジー』

本日の本

book-2 『坂木司リクエスト! 和菓子のアンソロジー』  坂木司他著  光文社文庫

STORY:「和菓子」をモチーフに、短編を一作書いていただけませんか?坂木司が今いちばん読みたい作家に執筆を依頼した短編集。

☆☆☆ミステリーからSFまで様々なお話で構成される短編集。

坂木さんの和菓子のアンシリーズは大好きなシリーズ。
その坂木さんが組んだ短編集なので期待大!

1つめはすでに読んだ和菓子のアンのお話なのでとばすとして・・・

日常の謎、怪談、SF。
いろんなお話が詰まった短編集だった。
読んだことのある作家さんは半数以下で、こういうアンソロジーは知らなかった作家さんの小説が読めるというところもいいですね。

好きなお話は・・・

北村薫「しりとり」。
北村さんらしいお話で、ほっこりとした気持ちになりますね。
昔はよく読んでいた北村薫さんのミステリ。また読もうかなと。

畠中恵「甘き織り姫」
時代小説ではなく、現代の日常の謎ミステリ。
登場人物が変すぎるのだが、こういう謎かけおもしろい。

近藤史恵「迷宮の松露」
自分探しの旅の先に気づいたことは・・・
これが一番和菓子が効果的に使われていたように思う。

いやでもどれもやっぱり和菓子が食べたくなりますね。 

 

2020/02/05

日光街道歩き(第1回) 日本橋~千住宿4

(3より続き)

千住大橋公園の奥から階段を降りると橋詰テラス。

1_20200204005901

与謝蕪村筆「奥の細道図屏風」。

2_20200204005901

3_20200204005901

河番付と橋番付なるものがおもしろい。

ここでちょっと休憩。

4_20200204005901

仲見世通りで買った人形焼きを食べる。
久々だなあ、食べたの。おいしい。

公園に戻り、奥の細道矢立初めの地碑を見て、奥の橋戸稲荷神社へ。

5_20200204005901

6_20200204005901

ここは狛狐なんですね。左側は親子だ。

8_20200204005901

7_20200204005901

本殿扉の内側には伊豆長八のこて絵があるそうだが、公開されるのは年3回。これはレプリカだ。
え?2月3日には公開される???なんと2日後ではないですか・・・

街道に戻ったが、うっかり道を左に行ってしまい(正しくは右に入っていく)戻る。

9_20200204005901

矢立初の芭蕉像を見つつ、細い道へ入っていく。

10_20200204005901

元やっちゃ場南詰の解説板。
多くの問屋のセリ声がやっちゃいやっちゃいと聞こえてくる場所(市場)ということから言われるようになったとのこと。

11_20200204010101

このあと、次々と屋号札が出てくる。なかなかに力を入れてますね、千住宿。

12_20200204010101
千住宿歴史プチテラス(元地漉紙問屋横山家から寄贈された土蔵をギャラリーとして使用)を見学していこう・・・と思っていたが、4時でしまっており、残念・・・
この前に芭蕉句碑があった。

13_20200204010101

その斜め前には街道町並み絵図があった。

14_20200204010101

「旧日光道中」「是より西へ大師道」と刻まれた道標。
大師というのは西新井大師なのか・・・

 

15_20200204010101
河原稲荷神社の狛犬は足立区最大ということで、確かに大きい!

16_20200204010101

まだまだ屋号札や、解説板が続く。

17_20200204010101

旧街道っぽい道ですね。

18_20200204010101

源長寺。
将軍鷹狩りの際に「御膳所」となり、日光門跡日光参拝や勅使下向の際は脇本陣を勤めたそうである。

19_20200204010101

一里塚跡。
実は通り過ぎてしまい戻って撮影。高札場跡の標柱はうっかり見逃してしまった・・・

20_20200204010101

信金前に芭蕉の像があったが、なんとチェンソーで作ったものだそう!

21_20200204010401

千住宿問屋場・貫目改所跡を通り過ぎ、森鴎外の旧居跡を見にいこうと思ったら・・・
なんと、建設工事中で、鴎外碑は足立区が保管し、完成時に戻るそう。

22_20200204010401

金蔵寺には、天保8年(1837)に起こった大飢饉の餓死者の供養塔があった。
千住宿の遊女の供養碑もあるとのことだったが、見つからず。

千住宿本陣跡の解説板を見て(標柱もあったらしいがこれまた見逃す)、千住本氷川神社へ。

23_20200204010401

芭蕉の句碑がある。

24_20200204010401

旧社殿はかなり古い。

25_20200204010401

本殿。
ラジオ体操発祥の地の碑もあったけれど、なんだか4カ所も名乗りをあげているところがあるようで・・・ホントのところどこなんだろう?

ここで街道歩き終了。北千住駅に向かう。
商店街(結構長い・・・合計すると1.7キロくらいあるらしい・・・商店街が続き、活気がある)には千住宿にちなんだタイルが埋め込まれていて3種類あった。

26_20200204010401

これはその一つ。

北千住駅より、常磐線・上野東京ラインで東京駅に出て、中央線に乗り継ぎ、国分寺着は6時過ぎ。

さ、庄やで打ち上げだ!と思ったら満席で、坐和民へ。

帰宅は8時すぎだった。

約33200歩。いろいろと寄り道が多かったので、案外歩きました。
次回はいつになるかわかりませんがまた歩きます!

(完)

 

 

 

 

 

2020/02/04

日光街道歩き(第1回) 日本橋~千住宿3

(2より続き)

1_20200204002901

少し進んで、山谷堀公園には猪牙舟の浮世絵が。
この舟は船首が細長くとがっている。てっきり、これが猪の牙に似ているからこの名前がつけられたのかと思っていたが、長吉という人が考案したので、それがなまってちょきぶねになったという説もあるそうだ。
山谷堀を通って吉原に遊びにこの舟に乗っていったそうだ。

今戸神社にも寄る。
源頼義・義家父子が、勅令によって奥州の夷賊安部貞任・宗任の討伐の折、京都の石清水八幡を勧請したのが始まりと云われている。

2_20200204002901

御神木のイチョウは絵馬で囲われていた。

3_20200204002901

沖田総司終焉之碑があった。
治療のかいなく、この地にで没したとのこと。
今戸焼き発祥之地の碑もある。

4_20200204002901

招き猫発祥の地と言われ(豪徳寺じゃないの?)、猫があちこちに。

5_20200204002901
リアル猫がいるの見えます?

街道に戻り、進んで左折。

6_20200204002901
春慶院には高尾太夫の墓があった。
仙台藩主伊達綱宗の意に沿わなかったため、惨殺された吉原の遊女である。

続いて、楽しみにしていた東禅寺へ。

7_20200204002901

江戸六地蔵の一つがあるのである。これで品川(東海道)、新宿御苑(甲州街道)に続いて3つめだ。

8_20200204002901
こちらのご夫婦はどなた?と思ったら、木村屋総本店開業者の木村安兵衛と妻ブナだそうだ。

9_20200204002901

駿馬塚。
義家が陸奥へ向かう際、此の地で愛馬 「青海原」 が絶命し、これを葬った所と伝えられる。

泪橋(小塚原刑場に引き立てられる罪人と身内の者がここで泪の別れをしたという)交差点を通り過ぎ、南千住駅高架を通り過ぎたところに、小塚原刑場跡がある。

10_20200204002901
ここにあるのが首切地蔵。刑死者を弔うため造立された。
江戸六地蔵なみに大きなお地蔵さんだ。
まわりにはたくさんの石仏がある。

すぐ先に回向院。

 

11_20200204003201

吉田松陰のお墓。

12_20200204003201

腕の喜三郎、高橋お伝、鼠小僧の墓もある。

13_20200204003201
杉田玄白の解体新書の扉絵がついた観臓記念碑。
刑場で解体を見て、解体新書を翻訳したという。

千住大橋の手前で大きく寄り道。

14_20200204003201

円通寺である。
坂上田村麻呂が創建したお寺だが、観音様が派手派手しい(笑)。

15_20200204003201

弾痕が残っている寛永寺の黒門。

16_20200204003201
四八首塚、七重の塔、三代将軍家光鷹見の松。

17_20200204003201

彰義隊士の墓。
1868年、寛永寺に集結した彰義隊は新政府との激戦の末敗走。横たわる隊士の遺体を見た和尚が、遺骸を火葬にして葬った。これが縁で寛永寺の黒門がここに移されたのだという。

街道に戻り、素戔嗚神社。

18_20200204003201

19_20200204003201
松尾芭蕉の碑。「行く春や 鳥啼き 魚の目は泪」。

20_20200204003201
銀杏のまわりにも絵馬がたくさんかけられていたが、こちらにもいっぱい!

21_20200204003501

小塚の中の奇岩を 「瑞光石」 と言い、この小塚から 「小塚原」 の地名となったという。

22_20200204003501

左から如意輪観音が刻まれた庚申塔、聖観音が刻まれた庚申塔、青金剛と刻まれた庚申塔。

誓願寺。
昔、家康が腰掛けたという榎があったという。

23_20200204003501

今はないのかな?お庭は立派だったが。

24_20200204003501

古い庚申塔。

25_20200204003501

千住大橋を渡る。家康が隅田川に架けた最初の橋(現在の橋は昭和2年建設されたもの)。いよいよ千住宿だ。
 

(4へ続く)

2020/02/03

日光街道歩き(第1回) 日本橋~千住宿2

(1より続き)

1_20200203003801
駒形どぜう。
どじょう鍋食べたいな・・・

2_20200203003801

スカイツリーとあのビール会社の金のオブジェが見えた。

3_20200203003801

駒形橋を渡り、浅草寺駒形堂。
浅草寺の観音像が隅田川から示現した霊地だ。

浅草寺にも寄ることにする。

4_20200203003801
いやもう雷門の前からしてすごい人!!

5_20200203003801
雷門大提灯。でかい!

6_20200203003801
仲見世通りも人人人・・・

7_20200203003801
宝蔵門。

8_20200203003801
五重塔。

9_20200203003801
本堂にお詣りするのは大行列だったのであきらめる。

10_20200203003801
浅草神社。三社祭で有名ですね。

11_20200203004001

ちょうど、太郎次郎一座のお猿さんが!さすが芸達者。

12_20200203004001

夫婦狛犬、かわいいなあ。こういうのもはじめて見たかもしれない。

13_20200203004001
旧仁王門礎石。

14_20200203004001
弁天山。

15_20200203004001

時の鐘。
綱吉の命により改鋳され、江戸の市中に時を告げていた鐘のひとつだ。

16_20200203004001

芭蕉の句碑もあった。「花の雲 鐘は上野か 浅草か」。

17_20200203004001

二尊仏。
今まで巡ったことがなかったところもいろいろ見られてうれしい。もうちょっとすいてたらね・・・

18_20200203004001

街道に戻り、姥ヶ池跡に寄る。
このあたりに娘が連れ込む旅人の頭を石枕で叩き殺す老婆がおり、ある夜、娘が旅人の身代わりになって、天井から吊るした大石の下敷になって死んだ。それを悲しんで悪業を悔やみ、老婆は池に身を投げて果てたので、里人が姥ヶ池と呼んだという。

19_20200203004001
助六歌碑もあった。

20_20200203004001

言問橋のところにさしかかると、おお!スカイツリーが大きく見えた。
なんだか、スカイツリーを何回も撮ってしまった(笑)

左折して、ちょっと寄り道。

21_20200203004301

江戸猿若町市村座跡碑だ。
天保の改革で、江戸中にあった芝居小屋が猿若町に集められたそうである。

22_20200203004301

待乳山聖天。
入り口に池波正太郎生誕の地の碑もある。

24_20200203004301

おもしろいのは、お供えの大根を売っていること。

25_20200203004301

築地塀。

23_20200203004301

26_20200203004301

大根と巾着の印。大根は身体健全、夫婦和合、巾着は財福の功徳を表わしたものとされる。

27_20200203004301

地蔵堂のまわりにたくさんの地蔵が。
地蔵堂の中の歓喜地蔵尊は何度にもわたる火災で、お顔がわからなくなってしまっている。

(3へ続く)

2020/02/02

日光街道歩き(第1回) 日本橋~千住宿1

街道は、中山道と京街道が途中ではあるが、日光街道歩きも始めてみることにした。

ゆっくり出発。
日本橋より10時半前歩き始める。

1_20200202162901

懐かしいなあ、日本橋。
東海道の歩きはじめだった。

三越前、三井記念美術館を通り過ぎ、横道に入る。

2_20200202162901
福徳神社。
徳川家康が江戸入府直後に参詣。慶長19年(1614)家忠も参詣し、「福富とはめでたい神号だ。」と称賛したそう。

3_20200202162901

算額。ペーパーをもらってきたからやってみなくては!


室町三丁目南交差点で右折。まっすぐ行くと中山道なのだが、ここに戻ってくるのはいつになるやら・・・

4_20200202162901

小津和紙店の前に、和紙の原料となる木がいろいろと植わっていてた。

5_20200202162901
於竹大日如来井戸跡。
大伝馬町馬込の下女「お竹」は大日如来の化身で、五代将軍綱吉の母・桂昌院の信仰が篤かったとのことだ。

6_20200202162901
身延別院にあった、油かけ大黒天神。ぬるぬるしてる感じ。この間、伏見でも油かけ地蔵を見たっけ。

十思公園は、伝馬町牢屋敷跡。

7_20200202162901
石町(こくちょう)時の鐘。処刑はこの鐘を合図に行われたという。

8_20200202162901
右から松陰先生終焉之地碑、辞世歌碑、吉田松陰先生瘰癧碑。

大安楽寺は、江戸伝馬町処刑場跡。

9_20200202162901
刑死者を供養する延命地蔵尊がある。

10_20200202162901
椙森神社。
平将門の乱を鎮定するために、藤原秀郷が戦勝祈願をした所と云われている。

11_20200202174301
江戸時代には、江戸城下の三森(烏森神社、柳森神社、椙森神社)の一つに数えられ、江戸庶民の信仰を集め、富籤が行われていたそうだ。
ということで富塚があった。

12_20200202174301

横山町問屋街を歩く。
衣料品のお店が続く。

13_20200202174301
外濠歩きをした際にも通った、郡代屋敷跡を通り過ぎ、浅草橋を渡る。
カラフルな船だ。

14_20200202174301

浅草見附跡。

15_20200202174301
ここで、ちょっと早いお昼を。浅草に近づくときっとお店が混んでいると思い、目に入った御寿司やさんにて。

16_20200202174301
銀杏岡八幡神社。
源頼義・義家が奥州征伐に向かう途中、小高い丘だったこの地に銀杏の枝を差して戦勝祈願し、その帰途、銀杏が繁茂していたため、神恩に感謝し大刀一振を捧げ、康平5年(1062)八幡宮を勧請したのが始まりとのこと。

172_20200202174901
蔵前の総鎮守、須賀神社を通り過ぎ、第六天榊神社に寄る。

18_20200202174401
浅草文庫跡碑があり、ここは明治7年創立の官立図書館跡だ。

蔵前1丁目交差点を右折して寄り道。

19_20200202174401
首尾の松跡。
吉原帰りの客がここで前夜の首尾を語り合ったところという。
が、なぜここで?
向かい側には浅草御蔵跡がある。
この付近に徳川幕府の米蔵があり、蔵前という地名の由来となったという。

20_20200202174301
楫取(かじとり)神社。
御蔵造営用の石材を運ぶ遠州灘で遭難しかかった時に現れた稲荷を祀る。

21_20200202175001

蔵前神社。
綱吉公が、江戸城鬼門除けの守護神として山城国(京都)男山の石清水八幡宮を勧請したのが始まり。

22_20200202175001

眠そうな猫!

23_20200202175001

歌川国安錦絵「力持」。
蔵前神社で行われた 「力持」 の技芸の奉納を描いたものである。

24_20200202175001

元犬。
古典落語だそうで、今度聴いてみよう。
阿武松という落語の舞台でもあるそう。

25_20200202175001
諏訪神社。
諏訪大社の分霊を勧請した。

26_20200202175001

27_20200202175001

と、なんだかいろんなキャラクターが!
と思ったらバンダイの本社。楽しいな~


(2へ続く)

2020/02/01

アーナルデュル・インドリダソン『声』

本日の本

book-1 『声』 アーナルデュル・インドリダソン著 創元推理文庫

STORY:クリスマス目前。ホテルの地下で、元ドアマンの男がめった刺しにされて殺された。捜査官エーレンデュルはやがて男の悲しい過去を知る。

☆☆☆☆エーレンデュルシリーズ第3弾。

アイスランドのミステリ。作者の名前がどうしても覚えられない(苦笑)。

1作目、2作目も大変な力作だった。
そして、いずれも辛く暗いお話で読むのがしんどかった。

この3作目も同じ。
これでもかと辛いお話が続く。

メインのお話では、殺された男の過去の栄光と転落、家族との悲しい関係が描かれ、もし家族の過度な期待がなかったら、もし家族があたたかく彼に接していたら・・・こんなことにはならなかっただろうと悲しくなる。

エーレンデュル刑事と娘との関係は1作目から語られてきて、徐々に明るい兆しはあるものの、エーレンデュルの子どもの頃のつらい体験が語られ、今後どうなるのか・・・

部下のエリンボルク刑事が担当する、父親による息子の虐待事件もつらく・・・

というわけで、最後までしんどいのだが、いやでもこれまた読ませるミステリだった。ミステリという形をとった家族の物語だったといってもよいだろう。

 

« 2020年1月 | トップページ | 2020年3月 »

twitter

google


  • Google

    WWW
    ブログ内

amzon