日光街道歩き(第1回) 日本橋~千住宿4
(3より続き)
千住大橋公園の奥から階段を降りると橋詰テラス。

与謝蕪村筆「奥の細道図屏風」。


河番付と橋番付なるものがおもしろい。
ここでちょっと休憩。

仲見世通りで買った人形焼きを食べる。
久々だなあ、食べたの。おいしい。
公園に戻り、奥の細道矢立初めの地碑を見て、奥の橋戸稲荷神社へ。


ここは狛狐なんですね。左側は親子だ。


本殿扉の内側には伊豆長八のこて絵があるそうだが、公開されるのは年3回。これはレプリカだ。
え?2月3日には公開される???なんと2日後ではないですか・・・
街道に戻ったが、うっかり道を左に行ってしまい(正しくは右に入っていく)戻る。

矢立初の芭蕉像を見つつ、細い道へ入っていく。

元やっちゃ場南詰の解説板。
多くの問屋のセリ声がやっちゃいやっちゃいと聞こえてくる場所(市場)ということから言われるようになったとのこと。

このあと、次々と屋号札が出てくる。なかなかに力を入れてますね、千住宿。
千住宿歴史プチテラス(元地漉紙問屋横山家から寄贈された土蔵をギャラリーとして使用)を見学していこう・・・と思っていたが、4時でしまっており、残念・・・
この前に芭蕉句碑があった。

その斜め前には街道町並み絵図があった。

「旧日光道中」「是より西へ大師道」と刻まれた道標。
大師というのは西新井大師なのか・・・

河原稲荷神社の狛犬は足立区最大ということで、確かに大きい!

まだまだ屋号札や、解説板が続く。

旧街道っぽい道ですね。

源長寺。
将軍鷹狩りの際に「御膳所」となり、日光門跡日光参拝や勅使下向の際は脇本陣を勤めたそうである。

一里塚跡。
実は通り過ぎてしまい戻って撮影。高札場跡の標柱はうっかり見逃してしまった・・・

信金前に芭蕉の像があったが、なんとチェンソーで作ったものだそう!

千住宿問屋場・貫目改所跡を通り過ぎ、森鴎外の旧居跡を見にいこうと思ったら・・・
なんと、建設工事中で、鴎外碑は足立区が保管し、完成時に戻るそう。

金蔵寺には、天保8年(1837)に起こった大飢饉の餓死者の供養塔があった。
千住宿の遊女の供養碑もあるとのことだったが、見つからず。
千住宿本陣跡の解説板を見て(標柱もあったらしいがこれまた見逃す)、千住本氷川神社へ。

芭蕉の句碑がある。

旧社殿はかなり古い。

本殿。
ラジオ体操発祥の地の碑もあったけれど、なんだか4カ所も名乗りをあげているところがあるようで・・・ホントのところどこなんだろう?
ここで街道歩き終了。北千住駅に向かう。
商店街(結構長い・・・合計すると1.7キロくらいあるらしい・・・商店街が続き、活気がある)には千住宿にちなんだタイルが埋め込まれていて3種類あった。

これはその一つ。
北千住駅より、常磐線・上野東京ラインで東京駅に出て、中央線に乗り継ぎ、国分寺着は6時過ぎ。
さ、庄やで打ち上げだ!と思ったら満席で、坐和民へ。
帰宅は8時すぎだった。
約33200歩。いろいろと寄り道が多かったので、案外歩きました。
次回はいつになるかわかりませんがまた歩きます!
(完)
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