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2020/07/07

日光街道歩き(第5回) 粕壁宿~杉戸宿~幸手宿3

(2より続き)

少し進んで近津神社に寄る。

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強い風が吹いたせいだろうか(前日夜からかなり強い風だったようだ)、銀杏がたくさん落ちていた。

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富士塚があったが、かなり低い。

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社殿は2001年の火事で焼けてしまったそう。

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特徴的なのは狛犬。見返り狛犬といって参道に背を向けているのである。

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猿田彦大神など。

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東福寺にも寄る。このあたりからが杉戸宿だ。
杉戸宿は本陣1、脇本陣2、旅籠46。元和2(1616)年に人馬継立を命じられ成立したと言われる。

東福寺は元和9(1623)年創建。

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ご本尊は不動明王。

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神明神社の先に、久々!明治天皇御小休所址。
なんと!題字は西郷従徳によるものだそうだ。

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本陣跡。

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そうそう、杉戸町のマンホールは、この町の花、菊。

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愛宕神社のイチョウは樹齢300年。

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文政12(1829)年の聖徳太子碑があった。

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ちょっと寄り道。街道が右に大きく折れる手前の道をいき、大落古利根川沿いにある冨士浅間神社へ。

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ここの富士塚はなかなかである。
この中に芭蕉の句碑があったらしいのだが、見過ごしてしまった・・・

街道に戻る。

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枡形のところにあるのが角穀跡。
米穀問屋だった小島定右衛門邸。大落古利根川を利用して米を運んだという。

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宝性院。 

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山門脇にあるのが、文化11(1814)年の文字庚申塔、延宝8(1680)年の一面六臂の青面金剛庚申塔、享保10(1725年)の一面六臂の傘つき青面金剛の庚申塔。

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不動堂。

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前には不動明王が刻まれた享保6(1721)年の石塔がある。

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お堂の中には安産不動明王・成田山新勝寺の不動明王・諸法山菅谷寺の不動明王がある。
そもそもこのお寺は、永禄3(1560)年、幸手城主一色義直が、安産と子供の成長を願って安産不動明王を祀ったことに始まるという。

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不動堂には十六体の獅子が彫られているのだが、たった一つだけ毬を持っているというのでぐるりと回ったのだが・・・

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おお!あった。

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大きな馬頭観音も。日光街道で最大級だとか。

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横には日光道中と刻まれている。

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六地蔵もなかなかいいですね。


(4へ続く)

 

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