中山道六十九次歩き(第12回) 中津川宿~落合宿~馬籠宿3
(2より続き)

お寺を出て、鐘鋳り場跡(医王寺の梵鐘を鋳造した場所。鐘は第二次世界大戦時に供出されてしまった)を通り過ぎると、石畳の道が始まる。

石畳は840メートルあり、そのうち約70メートル(三カ所)は江戸時代のもの。

ここ、多分江戸時代の石畳ですね。
あきらかに前後と違ったので・・・
結構苔むしていて、乾いてはいるものの、すべったら大変なので、ストックを使用する。

なんじゃもんじゃの杜の碑があった。
ヒトツバタゴの群生地だそうだが、花が咲いてないとわからないな~

東屋には69次の木の札。
いやはや、まだまだである。

石畳も終わり。

新茶屋の一里塚跡。復元だそうだ。

その先が美濃と信濃の国境だ。
平成17年の市町村合併で長野県木曽郡山口村が越境して中津川市になっており、これは昔の国境ということになる。

熊出没注意の看板。このあたりでも出るんですかね?
うっかり、芭蕉句碑と「是より北木曽路 藤村老人」の石碑は見逃してしまったのが残念。
芭蕉句碑は馬籠の大黒屋が建てたものだそうだ。
道は上がっていく。

正岡子規の句「桑の実の 木曾路出づれば 麦穂かな」が刻まれた碑のある公園は、信州サンセットポイント百選に選ばれている。

棚田の向こうに中津川市街や笠置山などが見える。

謎のきのこ。毒きのこかな?

ほうばの木。だいぶ葉っぱが落ちてしまっているが、去年も御嵩に向かう道でみたっけ。

山並みが美しい。

旧山口村のマンホールには、村の木の椿、村の花のムラサキツツジが描かれている。

ぎゃあああああ。ヤマカガシ!
と思ったら死んでいた。よかった・・・

道祖神。これから道祖神はたくさん見そう?

旅館本三屋。

向かいには島崎正樹(夜明け前の青山半蔵のモデルとなった藤村の父親)の記念碑がある。

馬籠城跡(丸山城)には庚申塔などの石造物がいくつか。

馬頭観音も。
丸山城は藤村の祖先島崎重通が城主だった。

坂を下り、また上りはじめると、馬籠宿が見えてきた。
ここまでほとんど人がいなかったが、急にたくさんの人が見える。

枡形。馬籠の枡形はこちら側一カ所のみ。

水車。発電施設とのこと。

結構な坂を上がっていく。
ここから順番に見ていきたいところだが、1時近くになってしまったので、とりあえず昼食のお店に向かう。

但馬屋。
江戸時代からの旅籠(建物は大火のあと建てられたもの)。

そして、こちらが昼食場所の本陣の隣の大黒屋。
元酒蔵のため、杉玉が見える。
藤村の初恋の人おゆうの実家。
藤村の「夜明け前」は大黒屋の大脇兵衛門信興が文政3年(1826)から明治3年にわたる44年間記録した「大黒屋日記」が資料となって執筆された。

さて、お昼は、栗こわめしセットB。
栗こわめし、お吸い物、香の物、ますの甘露煮、山菜、枝豆豆腐、びわのシロップ煮。
栗のおこわがとてもおいしい。甘めなので、ごま塩をちょっとかけるとよいですね。この栗こわめしは「夜明け前」にも登場しているとのこと。
「夜明け前」を読んだのはずいぶんと前のことなので、要所要所しか覚えておらず・・・もう1回読み直すべきかな~
マップはこちらを使っています。
(4へ続く)
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