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2020/10/14

日光街道歩き(第8回) 間々田宿~小山宿3

(2より続き)

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街道に戻って少し進むと見えてきたのが西堀酒造。
ここは是非とも寄らねば!

もちろん?若盛の小さな瓶をお買い上げ!

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酒蔵の長屋門。
国登録有形文化財に指定されている。

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レンガ造りの煙突は明治時代に造られたものとのこと。

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その先にちょっとだけ旧道の跡が残っている。
こうした細い道を歩くのは楽しいですね。

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国道4号と県道265号と別れるところに安房神社の一の鳥居がある。

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200メートルほど進むと、社殿がある。
創建は崇神年代(紀元前97-30)、その後仁徳年間(373-99)に再建されたと伝えられている。平安時代末期、平将門と戦った藤原秀郷が戦勝祈願したと云われており、小山氏や古河公方の信仰が篤く、足利政氏、小山高朝らの古文書を所蔵しているそうだ。もちろん見られないが・・・
モミの群落があり、市の天然記念物に指定されている。

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神楽殿。

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水神社。

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両部鳥居。こちらの参道を歩いていくと西堀酒造のあたりに出るようだ。

街道に戻る。県道を進んでいく。
このあたりからなんとなく足がつった感じで痛くなってきていたのだが、横断歩道を渡っていたら、車が突っ込んできて危うくぶつかりそうになり、よけたところさらに足が痛くなり・・・
このあと、帰るまで足をひきずることになって、だいぶ速度が落ちてしまった・・・

国道50号の高架をくぐると少しずつ街が賑やかになってきた。

天満宮に到着。
このあたりが小山宿の江戸口である。
小山宿は、壬生通り、佐野道、結城道が集まるところで栄えたという。
本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠74軒。

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石鳥居は享和3年(1803)建立。

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境内に、嘉永3年(1850)の十九夜塔、宝篋印塔がある。

裏に小さな公園があったので、痛んだ足を休めるべく休憩。

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昼食前に蛸屋総本店で買ったたこ壺もなかを食べる。蛸がかわいいですね~

持宝寺。
宝亀3年(772)、弓削道鏡の開基。江戸時代は日光街道側の東向きだったらしい(現在は南向き)。
享保13年(1728)八代将軍徳川吉宗が、日光社参の際、休息所としたお寺である。歴代将軍が休憩した小山御殿が取り壊されていたからである。

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山門は鐘楼門。この日はなんだか鐘楼門をたくさん見たような?

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寛政4年(1792)の梵鐘。鐘の銘文に「孝謙天皇」 の名があったため戦時供出を免れたそうだ。

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若松脇本陣跡。唐破風の玄関が残っている。

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ここには、明治天皇小山行在所碑・明治天皇御駐輦之碑もある。

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常光寺。

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慶應4年(1868)の戊辰戦争の際の幕府軍の流れ弾が当たった阿弥陀如来座像があるとのことだったが、どうやらこの廿三夜堂の中にあるようで見ることはできなかった。

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本堂。

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上にいるこの人たちはいったい誰なんだろう??

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少し街道を戻って、須賀神社に行く。

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参道を歩く途中右にまがっていったところにあるお寺が秀郷山現馨寺。藤原秀郷の創建。山門は冠木門だ。

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一遍上人像があった。4度ここに立ち寄っているとのこと。

(4へ続く)

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