日光街道歩き(第7回) 古河宿~野木宿~間々田宿2
(1より続き)
すぐ近くに永井路子旧宅がある。無料で見学することができる。せっかくなので見学していくことにする。


本人への聞き取り調査をもとに修復を行い、住居の一部を再現しているのだが、永井路子が子どもの頃住んでいた家である。

お庭も広くていいですね。
少し進んで正定寺。
古河城主土井利勝が寛永10年(1633)創建したお寺。
利勝は家康~家光まで三代につかえ、大老となった人物である。

この赤門は安永4年(1775)、8代目の土井利里が建立した。

利勝公。

永井寺。
寛永3年(1626)、初代古河藩主永井直勝が創建したお寺。永井直勝は小牧・長久手の戦いで豊臣方の池田恒興を討ち取った武将である。

境内には如意輪観音がのっかった十九夜供養塔がある。
さらに寄り道したのは雀神社。

この狛犬もいいのだが・・・


こちらの狛犬もかわいいな~

貞観年間に出雲大社から勧請したと言われているが、現在の社殿は慶長10年(1605)、古河城主松平慶長が造営したものとのこと。
街道に戻る。

角(街道の枡形にあたる)にあるのが常夜燈を兼ねた文久元年(1861)の道標がある。
「左 日光道」「右 江戸道」と彫られている。

神宮寺にも十九夜供養塔が。

石造物群。

ご本尊は不動明王である。

右折するとよこまち柳通りである。

まもなく武蔵屋到着。鰻やさんで、この日予定していた昼食処だ。

頼んだのは、ミニうな重。
かわいらしいお重だが、小食のワタクシとしてはこれくらいがちょうどよい。
久々のうなぎ、おいしゅうございました!今年初の鰻かも??
タレがやや甘めでおいしかった。

武蔵屋さんの斜め前にあるのが提灯竿もみ祭り発祥の地碑。
江戸時代の古河藩領であった栃木県野木町の野木神社に伝えられる神事 「七郷めぐり」 に付随した行事に由来しているという祭りで、長い竹竿の先に提灯をつけ、大勢でもみ合いながら提灯の火を消し合うものだという。ちょっと見てみたいですね~
徳星寺。
土井利勝が古河城の鬼門除けとしたもの。

入り口のところに、やっぱり?十九夜塔がある。

創業160年の小澤糀店と荒物店。
趣のある家が並ぶ。街道らしいですね。

こちらの蔵造りの家屋も立派だ。
本来は手前の正麟寺から寄るべきだったのだが、入り口を見逃してしまい、少し先の本成寺を先に見学。

赤い山門が目を惹く。
お堂も赤い。

5代古河藩主土井利益の生母、法清院殿(22歳でなくなっている)の墓がある。立派なお墓だ。

正麟寺に戻る。

本堂。

鷹見泉石のお墓がここにある(少々探してしまった)。
(3へ続く)
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