甲州街道歩き(第5回) 高尾~駒木野宿~小仏宿~小原宿~与瀬宿~吉野宿~藤野3
(2より続き)
舗装道路に出る。

中央自動車道と線路。

高架をくぐったあとに照手姫ものがたりの説明板があった。右に行くと照手姫の水鏡があるようだったが、時間がないので割愛。
照手姫ってこのあたり、美女谷の生まれなんですね。
街道を歩いていると照手姫のお話はよく出てくるような・・

馬頭観音。
そのあとに小原の一里塚跡の説明板があったはずなのだが、通りすぎてしまった。15里目。
旧道は馬頭観音のあたりから小原宿本陣脇に通じていたのだが、中央自動車道の敷設で消滅してしまったということだ。
小原宿に入ってきた。
小原は尾原とも書き、「小仏峠の尾さきにて、くだりはてたるところの すこしひらけたるところ」を由来とする。本陣1軒、脇本陣1軒、問屋1軒、旅籠17軒。与瀬宿と合宿で、与瀬宿と越えて吉野宿まで継立、与瀬宿からは当宿を越えて小仏宿まで継立る片継だった。明治28年の大火で宿並は灰塵に化したそうだ。

さがみ湖リゾート・プレジャーフォレストの観覧車が見えた。

小原の郷到着。少々休憩。
資料館的な施設もあったので見てみる。
なんと!この日はじめての客だとのこと。

ミニジオラマ。

高札。

なぜか大津絵もあったり。
続いて本陣へ。
高札場の復元。

本陣、門も立派。

もちろん、お屋敷も立派!
神奈川県内の東海道、甲州道中にあった26軒の本陣の内、唯一現存する本陣。本陣を営んだ清水家の祖先は北条氏の家臣、清水隼人介で、北条氏滅亡後この地に土着し、代々本陣を勤め、問屋、名主を兼ねた。

甲州街道、五街道の中で一番通行大名が少なかったのですね。
中に入ってみる。

広間。
駕籠。

控えの間。

上段の間。

お勝手。

茶の間。
急な階段を上がり、2階へ。

結構広い。

いろいろな道具類。

養蚕に関する展示もある。
本陣の向かいに旧屋号「機屋」を掲げた旅籠菊屋跡。

「ひかえ宿小松勇右衛門」の旅籠小松屋跡。本陣、脇本陣の控え。
(4へ続く)
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