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2021/07/13

甲州街道歩き(第9回) 勝沼宿~栗原宿~石和宿~甲府柳町宿3

(2より続き)

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日川を日川橋で渡る。
山がぼんやりと見える。

旧道が途中でわからなくなってしまったが、なんとか復帰。
笛吹市に入った。

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白山神社にも丸石道祖神があった。1個のタイプ。

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笛吹市のマンホール。旧一宮町のもので桃と桃の花が描かれている。

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桃、つくづく買えなかったのが残念だ。

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不動尊のとなりにあったのが山口白峯の句碑。
「妻よ子よおやすみと書く旅日記」

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三階建てのお蔵がここにも。

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甲州桃太郎街道の標柱があったところで国道に合流する。

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笛吹川が見えてきたが水がない?

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と思ったら、二叉にわかれている向こう側は流れているのだった。

笛吹橋を渡る。

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松並木があった。これは案外新しくて、明治40年の大水のあとに植えられたものだそうだ。
甲州街道は松並木が少ないような?

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またまたマンホール。旧石和町のである。
石和温泉に釣り人、柿や葡萄、松、杉。ちょっと盛り盛りすぎだな~

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やがて笛吹権三郎の像が見えてきた。
権三郎は洪水で流された母を日夜探し求め、母の好きだった笛を吹きながらさ迷い歩くが、川の深みにはまって亡くなってしまった。その後、夜になると笛の音が河原に響き、笛吹川と呼ばれるようになったという。隣には丸石道祖神。

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長昌院。
勝頼公腰掛けの石があるというので探したのだが、明治40年の水害で流されてしまったのだそうだ。

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とにかくこのあたりは丸石道祖神。きれいに積まれてます。
ここが石和宿の江戸方。
本陣1、脇本陣2、問屋1、旅籠18。甲斐武田氏の発祥の地である。
この地名の由来は、この地が大小の多くの川が流れる荒地で藺(い:イグサ)が一面に生い茂っていたところから「藺の沢」と呼ばれ、その後転化し「石和」となったとか。

次第に雨が強くなってきた。

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鵜飼山遠妙寺。
殺生禁断の流域で密漁し、簀巻きの刑で沈殺され、石和川の亡霊となった鵜飼勘助の墓がある。文永11年(1274)日蓮聖人がこれを済度し成仏させた。

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供養塔を納めた漁翁堂。

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鵜の供養塔もあった。

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後藤本陣跡は蔵が残されるのみ。明治13年の大火でこのほかは焼失してしまった。
宝暦11年(1761)信州高遠城主内藤大和守が参勤交代のため、初めて石和を通行するにあたり、仲町の後藤甚兵衛に本陣を命じたのがはじまりだ。

ここで急速に雨脚が強まってきた。

ということで、小林公園(由学館跡)の東屋で休憩しつつ、雨用ズボンを履く。

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ここにはあし湯もあったのだけど、ここで入ると足がふやけそうなので断念。

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石和八幡宮。
武田信光が鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請して武田家の氏神としたものだったが、天正10年(1582)織田軍の兵火で焼失。翌年家康が再建した。以降甲斐歴代国主や甲府勤番は参拝を例としたそうだ。

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右大臣と左大臣。

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進んだ先、第二平等川を渡る前の橋のところに川田道標。
「左甲府 甲運橋 身延道」「右富士山 大山 江戸道」裏面「左三峰山 大嶽山」と刻まれているらしかったのだが、あまりよく見えなかった・・・

甲府市に入る。

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マンホールはなでしこなんですね。

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平等川を渡る。
宇治川に匹敵するくらいに蛍が見事だったことから平等院にちなんで平等川と名付けられたのだという。
このあたりで、雨がまた強くなったので雨宿りしてから進む。


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長屋門の旧家。

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和戸町の由来の標柱の横に、新しい丸石道祖神があった。

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なぜか二宮金次郎像があり、奥に石灯籠と鳥居、小社があった。

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十郎川を渡ったところにまたまた一石六地蔵が。

(4へ続く)

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