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2022/02/15

五日市街道歩き(第2回) 小平桜橋~牛浜3

(2より続き)

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古民家園を出たところで、つぐみ発見!
地面を掘って虫を食べていたようだ。

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そして、立川市のマンホールも発見。
市の花コブシである。

街道に戻り、モノレールをくぐった先で昼食。
イタリアンのお店である。

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ミックスピザとパスタ(あさりとプチトマトのヴォンゴレ・ヴェラーチェ)をシェア。
ピザの台がおいしい!

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午後の歩きをスタートしてほどなく、阿豆佐味天神社に到着。
寛永6年(1629)に村山郷殿ヶ谷(現瑞穂町)の延喜式内社阿豆佐味天神社より勧請された神社。
拝殿は文久2年(1862)の総ケヤキ造り。
本殿は元文3年(1739)に作られた立川市内最古の木造建築物で一間社流造正面軒破風付こけら葺というが、覆殿に納められていて見られない・・・

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天神社・浅間神社・八坂神社・金刀比羅社・八雲神社・御嶽神社・疱瘡社・稲荷社が合祀された蠶影神社。

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その前にはただいま猫像がある。
ジャズピアニストの山下洋輔の飼い猫がいなくなり、この神社の前で「どうか、無事に帰ってきますように」と願掛けしたところ、翌日、17日ぶりに猫が戻ってきて、その後も、猫が逃げるたびにお参りに行き、その都度猫が返ってきたことから、“猫返し神社”と書いたところ、噂が広まり多くの愛猫家が訪れるようになった・・・のだそうだ。

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絵馬もこんな感じ。

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唐子手水鉢なるものもあった。
四人の唐子が手水鉢を担いでいるのだが、全国でもあまりないという。

砂川もだいぶ進んできた。

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砂川三番の信号の先、左をちょっと入ったところに大山道の道標があった。安政4年(1857)のものだが、途中で折れたあとがあった。

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流泉寺。
砂川新田開発に携わった人の菩提寺。明治にはいり、立川市立第九小学校の前身ともなった。

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六地蔵。

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慈光観音菩薩。

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しだれ梅が咲き始めている。向こうに見えるのは薬師堂。

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庫裡。

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眠り小僧。

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五百羅漢。

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いろんなのがありますね。

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見ていてとても楽しい。

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本堂。

お寺の斜め向かいの大きなお屋敷は砂川家で、そこを曲がった先には、見影橋がある。
江戸時代から架かっている橋で、玉川上水の上流から4番目の橋だったので「四ノ橋」と呼ばれており、また名主の屋敷に近いため「旦那橋」とも呼ばれていたのだそうだ。

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このあたりの玉川上水は木がうっそうとしていなくて明るい。

街道に戻る。

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五日市街道はケヤキが多く、自治体でもちゃんと保存しているんですね。

先を進むと残堀川がある。
かつて砂川三番の見影橋付近を流れていた残堀川は、玉川上水の完成時に天王橋付近につなぎ替えられ、玉川上水の助水として利用されたが、明治41年(1908)に玉川上水から切り離されたとのことだ。

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上流に少し歩いていくと、玉川上水と交わるところがあるが、ここを伏せ越しという。
上流からきた玉川上水は残堀川に突き当たると、サイホンの原理によって残堀川の下で立体交叉して下流で再び顔を出す。

(4へ続く)

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