甲州街道歩き(第11回) 韮崎宿~台ヶ原宿~教来石宿3
(2より続き)
七里塚跡の石柱を通りすぎ、国道に合流し、尾白川(おじら)を尾白橋で渡った先で土道に入る。

入り口には古道入り口はらちみち碑がある。
土の道に入るとほっとする。足にやさしい。

横山道標。
馬頭観音が3つあるのだが、左右2つは道標を兼ねているのだ。
右のには「右かうふみち 左はらじみち」と刻まれている。
台が原へ通じる道がはらじみちといわれたらしい。
左は左はらみちと刻まれている模様。
無名の大石塔入り口とあったので、登っていってみる。
大きな石があったが、花水橋供養宝塔だか日蓮遠忌碑を作るため台ヶ原の山中から引き出したものの頓挫、そのままになったらしい。

引っ張った際に使ったシュロ縄。

先を進むとやがて舗装道路になり、石仏石塔群があった。
庚申塔や馬頭観音だが、かなり風化してしまっている。
いよいよ台ヶ原宿だ。高く平らで台盤のようだったのでこの名となった。
本陣1軒、旅館14軒、家屋153軒。
この道は日本の道百選に選ばれているという。

北杜市のマンホール2。旧白州町のもので、甲斐駒ヶ岳、町の鳥のカッコウ、町の花シャクナゲ、町の木の松のデザイン。

山灯籠、道祖神など。
丸石道祖神もある。

白味噌を売る永楽屋はもう営業はしていないが、低い長塀が立派だ。

本陣跡。横に慶応3年(1867)の秋葉大権現常夜燈がある。

郷倉跡(飢饉に備えて備蓄していた)や高札場跡、問屋場跡の解説板を見て、七賢へ。酒林が大きい!
ここ、北原家は寛延2年(1749)の創業で、幕末には高遠藩の御用商人を勤め、天保6年(1835)居宅新築の際に、藩主より「竹林の七賢人」の欄間を頂戴した。ここからお酒が七賢となったのである。

明治天皇巡幸の際、行在所となったそうで、その碑がある。

大変立派なお屋敷だ。

まだお雛様も飾ってあった。
もちろん?おみやげに日本酒七賢を買い求める。
斜め向かいの金精軒にも寄り、生信玄餅を買い求める。
登記所跡前を通り過ぎ、田中神社。
お茶壺道中が宿泊したところである。

熊野大権現の石仏たち。
道祖神、馬頭観音、二十二夜塔など。
修験智拳寺跡を通り過ぎ、双体祖神が。
少し進むと旧旅籠鶴屋があった。ここはもう使っていなくて、お隣の新館で営業している。
はじっこに講札があった。
道は少しずつあがっていく。
自元寺。馬場信房(武田三代につかえ、長篠の戦いで戦死した)の創建のお寺でお墓もある(行ってみなかった。
総門はお屋敷から移築したものだそうだ。
お寺はまあまあ新しい感じ。

進んで道の駅に行く途中にあった天白神社にあったのは、安永3年(1774)の二十二夜塔。二十二はあまり見ないかも??
(4へ続く)
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