甲州街道歩き(第11回) 韮崎宿~台ヶ原宿~教来石宿2
(1より続き)
少し歩くと、姥姿石が見えてきた。
老婆があごを支えている姿に見えることからそう呼ばれるようになったというのだが、どこをどう見ればよいやら・・・岩上には弘化2年(1845)建立の石祠が祀られている。
釜無川の氾濫で家族を失った老婆が悲しみのあまり石になったとか、田植えの最中降ってきた大岩の下敷きになったなどの説があるらしい。

その右上の方にあるのが、屏風岩の上にある九頭竜社。鳥居とその上の祠?が見える。どうやって登っていくのだろう・・・

七里岩の向こうに次第に八ヶ岳が見えてきた。
穴山橋で釜無川を渡る。

さらに八ヶ岳が見えてくる。
橋を渡った先のみどりや食堂に到着。
11時になったばかりだが、もう店内は結構一杯だ(15分ほどで満席になった)。いやーこの時間に到着できてよかった・・・
食べたのはラーメン。
シンプルなラーメンで、チャーシューもおいしい。
どんどん人が入ってくるので食べ終わったらすぐに出発。
いやーすごい繁盛店だ。
この食堂の先でまた旧道に入る。

徳島翁おはかみちの道標のところを入っていくと・・・

妙浄寺がある。

身延詣での際にこの地の荒野を憂い、寛文5年(1665)開削に着手し、
上円井(韮崎市円野)から曲輪田の大輪沢(櫛形町)まで約17kmの堰を造り上げた徳島兵左衛夫妻のお墓がある。

脇に赤い枝の木があったが、もみじかな?

本堂。

街道に戻り進むと、明治天皇圓野御小休所碑があった。明治13年内藤家で休息した。

甲斐駒ヶ岳が大きく見えてきた。
山が見えるっていいなあ。
鳳凰三山も見えてくる。

右側には八ヶ岳。
というところで北杜市に入った。

七里岩が長い屏風のように見える。

北杜市のマンホール1。旧武川村のもので、神代桜、舞鶴松(今や枯れてしまったので、万休寺に行くのはやめた)、精進ヶ滝、稲穂がデザインされている。

小武川を越えた先の旧道に一里塚跡の石柱があった。甲府から六里目とのことだ。

いったん、国道に合流、すぐ先でまた旧道に入るのだが、入り口に武川町農産物直売センターがある。お米がおいしいらしいのだけど、さすがに重くて持ち帰れない・・・

大きな文字の庚申塔。文政5年(1822)のもの。
天明元年(1781)の題目碑。三千箇寺参詣成就と日蓮聖人五百遠忌を記念したもの。

国道に突き当たった先に牧原八幡神社がある。
舞台もあった。

大武川を大武川橋で渡る。
しばらく国道を歩き、上見吹の信号のところから旧道へ。

神明社にはいろいろ石造物が。
庚申塔、南無阿弥陀仏の石碑、安永6年(1777)の地蔵尊など。

馬頭観音。

丸石道祖神も。
(3へ続く)
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