日光街道歩き(第11回) 上戸祭~徳次郎宿~大沢宿~水無2
(1より続き)

下町薬師堂の山門。
切妻の屋根を乗せた棟門で、柱と屋根には徳次郎石が用いられている。

薬師堂。入母屋風の二重屋根となっている。

覆屋内には、一石六地蔵、文久3年(1863)の十九夜塔、「右ハ山道 左ハ氏家・白沢道」と刻まれた文化元年(1804)の三面六臂の馬頭観音があった。
すぐ先が徳次郎の交差点で、そこにあるバーミヤンでお昼をと思っていたのだが、まだ10時半前。

ということで、先に左折したところにある痣地蔵へ。

お地蔵様。
土の中から掘り出されたお地蔵様で、痣や疣が治る・・・らしい。
運試しの狛犬があるという神明宮も寄ろうと思ったのだが、思ったより遠く道がよくわからないので断念。
ちょっと早いが、お昼にする。

頼んだのは台湾雲呑。
ネコちゃんロボットが運ぶこともございますと言われたのだけど、運んでくれたのは人(笑)。そのロボットも見てみたいなあ。
雲呑は、八角が効いていてスパイシーだった。
30分ほどで出発。
中徳次郎宿の跡を通り過ぎたあとに、大きな木が見えてきた。

智賀都神社である。


参道口の木は、長寿の夫婦ケヤキで推定樹齢700年。

拝殿。

少し進むと、徳次郎六本杉が復元されている・・・と書かれていたが、2本しかなかった。枯れてしまったのだろうか。

ちょっと寄り道。二宮堰に行ってみることにする。

現代の堰。


二宮堰(宝木用水)は、二宮尊徳が設計、弟子が村人を指導して造られた。田川から水を引き、徳次郎と宝木地区を経て、宇都宮まで流れている。

水明宮。
街道に戻る。

徳次郎上町屋台庫。
屋台は徳次郎の6地区でそれぞれ保存されており、智賀都神社の夏祭りで町内を練り歩くという。

徳次郎宿を出るあたりから、男体山と女峰山が見えてきた。
下の方に少し雲がかかっているかな・・・

石那田の一里塚は北塚のみ現存。30里目。

向かいには日光街道植樹記念碑がある。
宇都宮市上戸祭町より今市山口まで、昭和26年4月山ざくら1300本、つつじ1500株、昭和30年5月山ざくら500本、つつじ350株、かえで200本が植えられたのだそうだ。
石那田堰にも寄ってみる。

右折すると、覆屋の中に如意輪観音十九夜塔と地蔵があった。ここにも大谷石が使われている。

田川に行き当たる。

土手に二宮金次郎の像があった。

その他、徳次郎用水堰護岸工事竣工記念碑、移築記念碑、大堰竣工記念碑などがあった。

ここもまた二宮金次郎の指揮のもと、田川から取水するための堰が造られたのである。
(3へ続く)
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