【田中一村展】
art-18 【田中一村展】 東京都美術館

19日に始まった田中一村展に行って参りました。
一村というと、どうしても奄美のイメージで、奄美の絵以外あまり見たことがないのだけど、今回の展覧会は神童と言われた子供の頃から順を追っての展示。
第1章 若き南画家の活躍 東京時代
一村8歳の時の作品が何点か。さすが神童と言われただけのことはある。
東京美術学校にストレートで進学するものの、家の都合で2ヶ月で退学。その後は南画を描いていく。
これって青梗菜?と思ってしまう、ちょっとユーモラスな「白菜図」などもあったが、おおむね、正統的な南画。
しかし、「蘭竹図/富貴図衝立」は早くも後年の一村の一端を垣間見ることができる。びっくりするほど鮮やかな色彩である。
父親が彫刻家だったこともあり、木の彫刻作品も残されている。帯留めなど、とても細かい細工だ。
23歳頃、支援者と義絶し、空白の時期と言われていたそうだが、最近の研究では、新しい作風へと変化し、描き続けていたことがわかってきたようだ。
「椿図屏風」などは、その頃の作品だが、右隻には画面いっぱいに迫力満点の椿が描かれているのだが、左隻は金のみ。これはこれで完成なのかどうか・・・
鶏頭図が何点かあった。ボタニカルアートのように描いた作品もあるが、当時のお気に入りのテーマだったかが、繰り返し描いているようだ。縦型にはぴったりの題材だったのかもしれない。雁来紅(ハゲイトウ)も同様だ。
第2章 千葉時代
父親が亡くなり、30歳になって、親戚を頼って千葉市千葉寺町に移住した一村。
イメージになかったけれど、千葉寺町の田園風景を描いた絵がなかなかよいのである。特に春夏秋冬の連作がよい。冬の絵、特に好きだなあ。
仏画なども手がけている。十六羅漢がユーモラスでよい。
花鳥画も多く描いているのだが、年をおうごとに、後年の(奄美時代)一村の色調と構図に近づいていくのがわかる。
千葉の風景画にも描かれている軍鶏の絵も何枚かあって、戦闘的な目がなかなかリアルだ。軍鶏を育てる養鶏場で観察して描いたらしい。
その後、川端龍子主催の清龍社展に出品して入選した作品が「白い花」。「椿図屏風」からの展開と思えなくないけれど、画面いっぱい使っての力作である。この作品が一村の唯一の公募入選作だった。
「秋晴」は千葉の情景を描いた作品で自信作だったが、落選。龍子とも袂を分かつ。軍鶏が描かれていたり、なんでこんなところに大根が?という、おもしろい絵ではあるのだけど・・・
天井画が案外よかった。現代的な感じもありつつ、ダイナミックに描いている。
九州、四国、南紀を旅し、旅土産に人々に送った色紙絵は、明らかに奄美時代と同じような作風になってきている。
第3章 己の道 奄美へ
50歳で奄美大島に移住した一村。いったんは千葉に戻るものの、再び奄美にいき、最期まで奄美で制作した。
これまで見たことがなくてびっくしたのが、多くの鉛筆での人物画を残しているのだけれど、写実的でものすごく細かいということ。その
細かさは花鳥画にもあらわれているけれど・・・
アダン、ソテツ、クワズイモ、アカショウビン(アカショウビンは気に入ってマグネット購入)、アカヒゲ、熱帯魚に伊勢エビ、ガジュマル・・・
と奄美らしい題材の絵が並ぶ。
ビビッドな色使いでちょっとエキゾチックな感じもあるが、何より、デザイン的な・・・グラフィカルな絵に。
日本のゴーギャンなどと言われたりもするけれど、アンリ・ルソーと言えなくもない・・・
一番好きなのは、「アダンの海辺」かな。浮世絵的にも思える構図、アダンの鮮やかさ、そして、海辺の細かな描写が素敵だ。
点数も多く、大変充実した展覧会でした。
是非どうぞ。

« 惣譽酒造 惣譽 生酛仕込 純米吟醸 | トップページ | 国分寺:トマトラーメン カッパハウス 国分寺店 »
「文化・芸術」カテゴリの記事
- 【小出楢重 新しき油絵展】(2026.01.11)
- 国立西洋美術館 初展示&新収蔵作品(2026.01.05)
- 【デューラー「三大書物」の木版画展】(2026.01.04)
- 【オルセー美術館所蔵 印象派 室内をめぐる物語展】(2026.01.03)
- 【ユトリロ展】(2025.11.24)


コメント