中原街道歩き(第1回) 桜田門~洗足池3
(2より続き)

少し進むと高輪消防署二本榎出張所があるが、昭和8年に建てられたもの。

光福寺にはたくさんの石仏があるが、有名なのはこちら。

ゆうれい地蔵である。本当に幽霊みたい!
その先で道は国道1号に再び合流。

坂を下がっていく途中のビルの中にあるのが雉子神社。
三代将軍家光が鷹狩の際、白い雉が神社に入ったので「雉子の宮」とするように命じたと伝わる。
五反田に出た。
サイゼリヤでお昼とする。7組待ちだったけれど、わりとすぐに案内される。

白ワインデカンタ、野菜ときのこのピザ、パルマ風スパゲティ、ミルクジェラート。
首都高の高架下を通って旧道に入る。

坂道を少し上がるとあったのが享保12年(1727)に建立された子別れ地蔵。
このあたりは火葬場(桐ケ谷)に続く道筋で、子に先立たれた親が子の亡骸をっ見送った場所だったという。

続いて旧中原街道供養塔群(一)。
地蔵菩薩、馬頭観音、聖観音など。
さらに旧中原街道供養塔群(二)。

庚申塔。延宝元年(1673)、宝暦4年(1754)のもの。

その他は供養塔など。

銀杏の木が大きい!

屋根の上に突き出ている。
やがて都道に合流。

バーミヤンの横の道を入っていくと平塚の碑がある。
源義光が奥州からの帰途、この地で夜盗に襲われ多数の配下を失い、その霊を祀った塚が平塚でこのあたりの地名となる。

しばらく歩くと旗の台一丁目石造庚申供養塔がある。
青面金剛、三猿、日月がほられていないタイプ。

向かいには札場の跡碑があった。高札場跡である。
(4へ続く)
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