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2026年4月

2026/04/30

日比谷:Bar&Tapas Celona

先日、日比谷図書文化館に行ったのだが、その前に軽くお昼をということで入ったのが、東京ミッドタウン日比谷内のフードホールにあるスパニッシュバル。

この時間senbero set(ドリンクとおまかせピンチョス2種)がお得ということでそれにすることに。

ドリンクはデテュンダ ブランコ(ソービニヨンブラン)。辛口のしっかりワイン。

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ピンチョスはタコのトマト煮、ピカディージョと茄子。どちらもおいしい!ワインにあう。
あれがいいかなと指さしての見てくれてたのかなというチョイスで大満足。

トルティージャやアリオリポテトなんかも食べてみたかったな。また今度。

東京都千代田区有楽町1-1-2 東京ミッドタウン日比谷 B1F HIBIYA FOOD HALL

 

2026/04/29

中原街道歩き(第2回) 洗足池~東山田4

(3より続き)

武蔵中原駅到着。

ジョナサンにてお昼とする。

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マルゲリータピザ、サーモンマリネ、海老ドリア、白ワイン。

ゆっくり休んで出発。

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大戸神社。

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吉良家の領地に信濃国の戸穏大明神を勧請した。

狛犬がおもしろい!

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砲弾を抱えているのは、日露戦争の戦勝祝いに兵士たちが奉納したものだそうだ。

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川崎市のマンホールは真ん中に市の花つつじで周囲が市の木つばき。

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巌川橋を渡る。流れている川は江川。二ヶ領用水根方堀跡である。

旧道に入り、蟻山坂を上る。こやし街道とも呼ばれた中原街道、人糞を満載した荷車はこの坂を超えるは大変な難儀だったという。

車道に出てわたりまた旧道。

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天照皇大神、青面金剛、地蔵尊、西国百番供養塔など。

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横浜市に入った。

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早くもハナミズキが満開である。

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モッコウバラも満開。

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芝桜。

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鎌田堂。かつて、鎌田兵衛正清の館があった。

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石仏いろいろ。

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お堂にはお地蔵様二体。

その後は旧道歩きが続く。

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横浜市のマンホールはベイブリッジ。

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のちめ不動。文久2年(1864)、のちめの住人が八王子からお不動様を背負って帰り この地に祀って七世代にわたり守ってきたのだそうだ。

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ここはまだまだ桜が満開であった。

県道に出たところで、地下鉄グリーンラインの東山田駅に向かい、街道歩き終了。
東急目黒線、南武線を乗り継いで帰宅。5時過ぎだった。

約28000歩。

(完)

2026/04/28

中原街道歩き(第2回) 洗足池~東山田3

(2より続き)

街道に戻る。

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武蔵小杉のタワマンが見える。

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道をかぎ型に曲がって、バス停の奥にあったのが、小杉駅供養塔道標。よくよく見ないとわからないけれど、台座には「東江戸・西中原 道」と書いてあるそうだ。

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少し先にあったのが油屋の庚申塔で、これまた読みづらいのだが、「東江戸道 西大山道 南大師道」と書いてあるそう。川崎大師への道が分岐する。

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二ヶ領用水を神地橋で渡る。

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桜は葉桜になりつつあった。

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泉沢寺の門前には日ロ戦役記念碑がある。

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お寺は戦国時代、豪族・吉良氏の菩提寺として延徳3年(1491)に旧多摩郡烏山に創建されたのが始まりで、火災により焼失したため天文19年(1550)にこの地へ移転してきた。

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お地蔵様など。

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旧中原村役場跡。

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このあたりから歩道にタイルが埋め込まれていて、かつてあったお店などが分かるようになっている。

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庚申塔や馬頭観音、地蔵など。

(4へ続く)

2026/04/27

中原街道歩き(第2回) 洗足池~東山田2

(1より続き)

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今は丸子の渡しはないので、丸子橋へと向かう。橋の交差点に、昭和9年の旧丸子橋親柱があった。

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丸子橋を渡る。

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ちょうど新幹線が通っていくところだった。

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橋を渡って、土手に降りると丸子の渡しの碑がある。

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土手を下って、丸子橋交差点を渡った先の丸子橋公園にも親柱があった。

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東急線のガードをくぐって少し行ったところに、原家の陣屋門があった。
原家は肥料問屋から家業をおこした小杉陣屋町の豪商だった。母屋は多摩区の民家園に移築されているが、この陣屋門は当時のものだそうだ。
中はマンションになっている。

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その先に安藤家長屋門があったはずなのだが見過ごしてしまい(あちこち工事だったからか)、続いてあったのは旧石橋醤油店。
明治3年創業でだが本格的に始めたのは大正時代。キッコー文山という醤油を作っていたが昭和26年に操業を終了。

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イのマークが見える。

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当時お店の前におかれていた石橋の一部分。かつて水路がはりめぐされて土橋や木橋がかけられていたのだったが、増水でたびたびダメになったので、江戸中期には石橋がかけられるようになったのだそうだ。

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時間の関係で小杉御殿の御主殿跡と陣屋跡はパスすることにし、寄ったのは西明寺。小杉御殿跡である。

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懐かしや二宮金次郎。

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仁王門。

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緑が美しい季節だ。

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本堂。

この日は4月8日、花まつり。

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ということで、甘茶をいただく。
もちろんお釈迦様にはちゃんと甘茶をかけました。

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観音堂。

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仁王門の裏。

(3へ続く)

2026/04/26

中原街道歩き(第2回) 洗足池~東山田1

3月に続いての中原街道歩き(4/8)。
朝は寒くて薄いセーターとゴアテックスを着て出たけれど、午後は暑くなって長袖1枚になったのでした。

前回洗足池から帰ったコースを逆に行くより、南武線経由の方が座れそうなので、立川から南武線、武蔵溝ノ口で乗換え、東急大井町線、旗の台で池上線に乗り換えて洗足池へ。旗の台駅は木材でできていてびっくり!

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中央線も南武線も遅れていて、洗足池出発が15分ほど遅れた。

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少し進むと庚申塚碑がある。延宝6年(1678)建立。九品仏への道標だそうだ。

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吞川に架かっている石川橋の手前に石橋供養塔。南無妙法蓮華経と彫られているようなのだが、よく見えない。安永3年(1774)、雪ケ谷村の住人が石橋の安泰を祈って建てたもの。

桜坂にさしかかる。

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かつては急坂の難所だったが、切通し改修された。

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途中、桜橋がかかっており、そこからの景色はなかなかよい。

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桜はだいぶ散ってしまっていたけれど。
ついつい、福山雅治の歌を口ずさんでしまいますね。

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先に進んで東光院の脇を流れる水路は六郷用水の跡である。
家康が命じて作らせた灌漑用水である。

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なんともう藤が咲き始めていた。

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水車の模型がある。ジャバラと呼ばれる羽根を足で踏んで回転させ、田に水を揚げていたもの。

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ハナモモだろうか。

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カルガモがいたが・・・

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それより亀がたくさん!

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数えたら20匹もいたのだった。

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東急多摩川線の踏切を渡り、土手に上がると多摩川が見えた。向こうにみえるのは丸子橋である。

(2へ続く)

2026/04/12

【下村観山展】

art-8【下村観山展】 国立近代美術館

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下村観山展に行って参りました。
観山だけの展覧会に行ったのははじめて。

第1部 画業をたどる―生涯と芸術
第1章 若き日の観山(1873–1902 誕生・上京〜修業時代〜日本美術院への参加)
10歳の時の作品があったが、びっくりするほどのうまさ。
10代の写生も実に緻密である。
美術学校時代の練習画「線」は抽象画のようだ。

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若いころも朦朧体のような作品もあり、山水画もあり。結構バラエティにとんでいる。

第2章 西洋を識る(1903–1905 イギリス留学)

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ラファエロの模写があった。ピッティ美術館で見てきた「小椅子の聖母」。日本画の材質で模写してるんですね。原画より柔らかな雰囲気だ。
「ディオゲネス」はギリシャの哲学者。水墨画のように描いているのが不思議な雰囲気。

第3章 飛躍の時代(1906–1913 帰国〜日本美術院再興前夜)
岡倉天心のもと、五浦で作品を描いた時代の作品。
「木の間の秋」は近代美術館で時々目にする作品。近くは濃く描き、遠くは薄く描く遠近法。きれいな絵。

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「唐茄子畑」は構図がおもしろい。猫がひそんでいる!よくよく見ると描写が実に細かいんですね。

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「小倉山」。あの百人一首の絵。右隻と左隻の違いがおもしろい。

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「狐の婚礼」は意外と好きな絵。

第4章 画壇の牽引者として(1914–1931 日本美術院再興〜死没)
ポスターになっている「弱法師」。能にはうといのでお話を知らないのだが、観山は能楽師の家に生まれたとのことで、描くべくして描いたのでしょう。

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「高士観瀑」。滝の表現はちょっと抽象的だ。

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「寒空」。サギがアクセント。

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ちょっとびっくりなのは「魚籃観音」。観音様のお顔がモナリザ!ほんとにモナリザをお手本に描いているのですね。

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「意馬心猿図」。馬より猿に目がいきますね。

第2部 制作を紐解く―時代と社会
第1章 何をどう描いたか―不易流行

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「納涼」。この静けさが好き。

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「鍾馗」。ちょっとユーモラス。

第2章 なぜこれを描いたか―日本近代と文化的アイデンティティ
「蒙古襲来図」。あざやかな色。

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「大原御幸」。これいいですねぇ。あとの半分も見たいところだ。

第3章 作品の生きる場所、作品がつなぐもの

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「三保虹」。虹のなんときれいなこと!

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「楓」。葉の表現の細かさ。一枚一枚美しい。

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最後に絶筆の「竹の子」。くっきり描かれている。

こうしてみると、いろいろな画風の絵を描いているなあと思う。
充実した展覧会でした。

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