街道歩き

2017/06/21

東海道五十三次歩き(第4回) 由比~江尻4

(3より続く)

1_4
そしてそこからすぐのところに坐漁荘。
水口荘も度々訪れていたという西園寺公望が晩年を過ごした別荘である。
入り口でパンフをもらい、中に入っていくとボランティアガイドの方がいらして案内して下さった。
いやはや立派ですねぇ。
といっても、本物は明治村に移築されていて、忠実に復元された建物なのである。

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公望公は竹が大好きだったとかで、天井や格子なども竹だったり・・・格子には中に鉄が入っていて容易に侵入できないようになっており、また茶室は防犯上危ないということで作られなかったとか。
2階のうぐいす張りの廊下も防犯のために作られたのかも?
歩くとキュッキュという床で、結構うるさい。なんかおもしろくて何度も歩いてしまったが。
そしてはじめて知ったこと。西園寺公望の家系をさかのぼっていくと、藤原鎌足にいきつくこと。長い長い家系図をもらってきた。


すぐ近くに三保の松原が見えるという清見神社があり、行こうと思ったのだが、線路の向こう。どうやって渡るかわからず断念。

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そこで、水口ギャラリーで聞いた井上馨の座像を見に行く。昔、井上馨の旧邸がこの近くにあったらしいのだが、なぜこの公園(清見潟公園)の片隅にあるのだろうか・・・

静清バイパスをくぐり、静かな道に入る。踏切を渡り東海道線の北側へと出る。
延命地蔵、常夜灯を撮影、東光寺へ。
庚申塔の一種、青面金剛童子があると言うのだが・・・散々探して、結局入り口にあったのだった。
なんか、勝手に青い顔で金剛でできた子供の像があるイメージだったんだけど(笑)、石なのだった。

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庵原川を渡ったところで見えてきたのが、旧東海道松並木の松。明治はじめには311本もあった松が今では2本になってしまった・・・というのだが、ん?1本しか見えないのだけど・・・ひょろ長い松だ。

というところで急にくたびれたので、サークルKでゼリーとロイヤルミルクティーを買って外の椅子で休憩、生き返る。

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延命地蔵尊、馬頭観音(ここの馬頭観音はわかりやすい)を撮影、藍染川橋から川を眺めると、なんと細い川!これでも川?

Photo
津島神社の先は二股に分かれているが、分岐点に松が植えられている。細井の松である。このあたり、松並木があったらしいが、戦時中航空燃料の原料として伐採された際、多くの人骨が出てきたという。東海道で行き倒れた人々の骨で、町の人がお寺に納骨、無縁さんの碑が建てられた。

その後、わりとすぐに一里塚跡(42里)があるはず・・・だったのだが見つからない。キョロキョロしていると地元の方が、このあたりよと教えてくれた。何も残っていないのだった。

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高札場跡も江尻宿の東木戸跡もわからないまま、清水駅到着。
駅前のロータリーの東照宮記念塔(久能山東照宮まで11キロであることを示している。5年前にこの場所に移転)を撮影して、歩き終了。

4時41分の熱海行きに乗り、三島で乗りかえ。
5時50分のこだま(この日は余裕で座ることができた)で東京へ。
8時前に最寄り駅に到着。
北海道にて、夕ご飯。生ビールと白ワイン。お料理は海鮮サラダ、ズワイガニ入りチーズフォンデュ、いくらおにぎり。
9時半に帰宅しました。

帰宅まで約34500歩でした。

次回は三保の松原にちょっと寄り道したあと、静岡まで歩く予定です。
梅雨まっただ中、お天気がどうなりますことやら。
(完)

2017/06/20

東海道五十三次歩き(第4回) 由比~江尻3

(2より続く)

1_3
あれ?気付くと通り過ぎてしまっていた。
ということで慌てて戻ったのが水口屋旅館跡。脇本陣で、明治以降は、名だたる政治家、小説家、画家、昭和天皇も宿泊された旅館。

昭和60年に旅館は閉じてしまったが、今は鈴与という会社が所有、清水のフェルケール博物館別館・水口屋ギャラリーとして公開されている。
がらがらとドアを開けるとスタッフの方が出てきて、案内をして下さった。
昔はすぐそこが海で風光明媚だった旅館は、その後埋め立てられて昔の風景を見ることはできないのだが、敷地はかなり広いらしい。その一角が博物館となっていて、ここを足繁く訪れた西園寺公望や岩倉具視、伊藤博文の書、昭和天皇が訪れた際に使用された器(無地、有栖川宮家が使用したものは少しカラフル)などなどが展示されている。
最後に、江尻宿のマップをいただいて出発。

続いて踏み切りを渡って波切不動尊に行ってみる。眺めがよいとのことだったので。

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上がっていく途中で見たことがない鳥を発見。つぐみよりちょっと体が小さいようだが、つぐみ風の柄のある灰色の鳥。家に帰って調べてみたら、おそらく、イソヒヨドリのメスと思われた。前回、オスを見たし、海が近いこのあたりにはいるのかもしれない。

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上から眺めると間近に清水港のクレーンが見える。さらに向こうに見えるのは三保の松原かと。

続いて向かうのは清見寺。
東海道に戻って行こうとしていたところ、地元の方に清見寺に行くならば線路沿いに行くのが近いからとすすめられて・・・
この区間、特に見どころはないのですすめられた通りに線路ぎわを行くと、見えてきました!
踏切を越えて登っていく。とてもきれいで立派なお寺だ。

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臥龍梅、梵鐘、きれいなお庭の奥にあったのが五百羅漢。これは是非見たいと思っていた場所だ。
いや~実に様々なお顔がありますね。見ていて飽きない。一つ一つ写真を撮りたいくらい。
島崎藤村の「桜の実の熟する時」(読んだがまったく覚えていない)の最後の場面がここなのらしい。
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6_3

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六道地蔵尊を横目で見つつ、山門を出る。

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今度は踏切ではなく歩道橋を越えたところが総門。なんとね、線路に分断されたお寺なのであった。
(続く)

2017/06/19

東海道五十三次歩き(第4回) 由比~江尻2

(1より続く)
1_2
峠の奥展望台で写真を撮り、これで富士山は見納め。いや~ホントによかった。

階段を降りていくと墓地に出る。一気に下った感じだ。
ここから道は再び舗装道路になり、突き当たったところで、右に行くのが上道。左に行くのが下道。下道の方が距離は短いが、線路を渡れず迂回しなけばならないので上道を行くことにする。

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長山平常夜灯を通り過ぎ、ミラーを左に折れて(実はちょっと行き過ぎてしまったが)道はぐるっと回る。
広い通りに出て、土地改良碑、牛頭観音(削れてしまってあまり原型をとどめていない)を見て、川越遺跡の案内板が。興津川の川越しの跡である。明治に入って橋が出来たため、渡しは廃止に。

3_2
興津川を渡る(浦安橋)。海辺に見える大きな建物は興津健康ランド。そういえば、前回、由比の町で送迎バスを見たっけ。

しばらく旧道を行くと国道1号に合流。
ほどなく興津のたいやき屋というたい焼きさんがあって、食べようと思っていたのだが・・・
なんと、この日と次の日は休業日。不定休と聞いていたのでどうかな~と思っていたが、アレレ、残念!おいしいと聞いていたんだけど。

少し歩くと、女体の森宗像神社なる怪しげな?神社が出現。
女体というのはオキツヒメからきているとか、海上からは神社の森が女体に見えたという説があるらしいが、興津の地名もオキツヒメからという説の他いろいろ言われているらしい。

4_2
身延路道標を右に曲がるとずんどう焼のお店が。
興津は製あん業発祥の地とのことで、餡子のお菓子を売るお店が多いらしく・・・
ここも是非食べたいと思っていたお店。
中で座って食べられるということで、6種類買ってこれを昼食とすることにした。

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ツナ、キムチ、おぐら、クリーム、茶おぐら、うぐいす(茶おぐらとうぐいすは100円、それ以外は80円)。大判焼のちっちゃい版?
ツナとかキムチはどうなの?と思っていたのだけど、意外にあいますね。おいしい。もちろん、餡子もgood!やっぱりこういうものは餡子がおいしくないとね。どれもよかったけれど、気にいったのはツナと茶おぐら(生地にお茶が練り込んである)。ごちそうさまでした!

再び東海道に戻り、一里塚址の写真を撮り、少し行くと興津駅が右に見えるので一応行ってみる。
名産品を紹介したボードがあり、いろいろと書いてある中でへえと思ったのが木ねじ。興津の主力産業だそうだ(その後街道沿いにそうした会社?お店?もあった)。

その先に理源寺。身延参りの際この地でなくなった意眼さんを祀る。
興津宿公園にてミニトマトを食べてプチ休憩。ここは元伝馬所で、昭和36年まで興津町役場があったとのこと。

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交番の角を曲がり、踏切を渡ったところにあるのが燿海寺。
大きな身延山への道標があるが、大火で折れてしまった道標、長らく上の部分うぃかなかったが、平成17年下の部分が見つかり復元されたという。確かに継ぎ目があって、上下色も違いますね。
病を治すという夏心様も祀られている。

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再び踏み切りを渡り東海道へ戻る。
名物宮様まんぢう(ちっちゃなおまんじゅう)を売る潮屋があったが、まだまだこの先長いので泣く泣く買うのはがまんする。
(続く)

2017/06/18

東海道五十三次歩き(第4回) 由比~江尻1

3週間ぶりの東海道歩き。
梅雨入りし、ぎりぎりまで天気がどうなるかわからなかったが、2日前には晴れ間も出そうな予報が出ていたので出かけることに決定!

同じ新幹線に乗るべく、最寄り駅に5時45分すぎに到着したのだが・・・
いつも先に着いてるはずの母親がこない。
そのうち電話があって、なんと!目覚ましをかけ間違え、駅に走って向かっているとのこと。
結果的には、前日に切符を買ってあったこともあり、ギリギリで前回と同じ電車に乗ることができたのだった。

6時56分のこだまに乗り込み、早速朝ご飯。
くるみパンと母親が持ってきたバナナ。
どうかなと思っていた富士山もちらりと車窓からみえて、もしかして薩埵峠でも見えるかもという期待が膨らむ。
1時間弱で三島に到着、新幹線のホームから富士山の写真を撮ろうと思ったら、まったく見えず・・・大丈夫だろうか・・・
東海道線に乗りかえ、沼津でまた乗りかえ、前回のゴールだった由比到着。
8時45分過ぎ歩き始める。
1

前回、小池邸のところまでは歩いていたので、スタスタと行くはずが、燕の巣を撮影したり(由比は燕だらけ!)で進まない。
街道沿いにはびわ農家がたくさんあって安く売っている。やや小粒だが9個で300円のものを母親が購入。びわというと千葉のイメージがあったのだけど、このあたりも確かに歩いているとそこかしこに、蜜柑類に混じってびわの木がたくさんあるのだった。

小池邸(朝早いせいかまだ開いていなかった)を通り過ぎ、道は少しずつ上り坂になっていく。
八坂神社は、すごい急傾斜の階段だったのでパス、崖が迫っているため斜めに鳥居がたてられている鞍佐里神社(転じて倉沢の名になったらしい)には登ってみることにした。
すると、おおっ。富士山が顔を出している。左から雲が迫っているのでまた隠れてしまいそうな気もしないではないが、これなら大丈夫そう・・・
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そして、このあたりは、間の宿の西倉沢。
本陣跡、明治天皇が休まれたという柏屋を通り過ぎ、望獄亭藤屋も外から眺める。
予約をすれば中を見学できる模様。
山岡鉄舟が官軍に追われた際、ここで漁師に変装、隠し階段より脱出したといい、残されたピストルなどが見られるようだ。
4

一里塚跡(40番目)のところを右に行くと急な坂になっていた。
ぐいぐい上がっていく。
狭い道だが、意外と車が通る。農業用モノレール(モノカー)がそこかしこにある。
途中で、何度もまだ富士山が見えてるなということを確認しながら登っていく(いったい何枚写真を撮ったことか!)。

駐車場到着。
雲が帯のようにかかっているが、まだ富士山が見える!
でも急がねばと思っていたら、幸田文の文学碑を見過ごしてしまった・・・

そして、山の神展望台に到着。
振り返ると・・・

3
見えました!富士山。
下の方は雲がかかってしまっているけれど、上の方は見えている。雪が少し残っていた。思わず、何枚も写真をとってしまう。
帰宅して、ライブカメラを見てみたら、前1週間は富士山は見えていなかったようだし、この日の午後は雲に隠れてしまったようなので、超ラッキーだったんである。昨年の夏も、かんかん照りの日にまったく見えなかったし・・・
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名残おしかったが先へと進む。
東屋があったので休憩。由比の町で買ったびわを食べる。甘くておいしい!こんなにおいしいびわを食べたのは久しぶり。
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東屋の脇に牛房坂の石柱がある。下っていくと東名を越え、薩埵地蔵道に出て日本武尊ゆかりの史跡があるとのことだったが、そこまで行っている余裕はないのでパス。
よくわからないうちに最高標高点に到達していたらしく、気付くと道は下り始めていた。

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ふと、海を見ると赤くなっている。赤潮だろうか?
(続く)

2017/05/24

東海道五十三次歩き(第3回) 蒲原~由比4

(3より続く)

地蔵堂を通り、由比川を渡って少し行くと、春埜製菓が見えてくる。
このお店には弥次さん喜多さんも食べたというさとう餅がたまご餅と名前を変えて発売されているというので、是非食べたいと思っていたのだが・・・
お店をのぞいてみると、バラ売りも箱売りも置いていない様子。午後だから売り切れてしまったのか、平日はあまり置いていないのか・・・
とても残念である。

Photo_31
ツナ缶で有名ないなば食品の前を通り、ちょっと右に折れて桃源寺へ。
山門脇に双体道祖神。富士川以西では珍しいという。
入ると、大いいちょうが。こちらは雌木。

Photo_32
境内には羅漢さまが点在しているが、奥には七体の石仏観音菩薩像がある。
左から、不空羂索、如意輪、准胝、十一面、馬頭、聖、千手。
いいですねぇ、こういうお寺。

その裏手にあるのが地持院。
代掻き地蔵なるものがあると聞いていたのだが、パッと目に入ったのは見守り地蔵とわらべ地蔵。
代掻き地蔵は探せどなく・・・
どうやら本堂にまつられている模様で、結局見ることができなかった。

Photo_34
お隣の豊積神社にもまた大いちょうが。こちらは雄木で、桃源寺の銀杏と夫婦とか。いずれにしても、大木で写真に撮るのが大変だ。

Photo_35
東海道に戻る道で、ついに猫の撮影に成功!
午前中一匹出会っていたのだが、逃げられてしまい・・・
しかし、この猫は堂々としてまったく逃げるそぶりもみせなかった。

由比漁協を過ぎたあたりで東海道は右折、階段を登る。
登った先に天満大自在天神(北野神社)があり、鳥居の前に常夜燈があった。
前回と違って、この日はそれほど、常夜燈に出会っていない。

Photo_36

そして、ここには白猫が。不敵な面構え!にゃん相が悪いぞ(笑)。
それとともにめずらしい鳥にも出会った。イソヒヨドリである。
綺麗な色!
Photo_37

見ざる言わざる聞かざるの庚申塔を見て、馬頭観音があるあたりがもう由比の駅の上。

時間はもうちょっと余裕がありそうだったので、もう少し先までいって引き返すことにした。

東海道から右へ入ってちょっと寄り道。
このあたりは、ミカン類とともに枇杷の木がたくさんあり、どうやら産地の模様。収穫まではもうちょっとだろうか。
そういえば、道々、いろいろな種類の柑橘類が売られており、すぐに帰るんだったらば買ったのだけど・・・さすがに荷物が重くなるので買えなかった。

宗像神社の境内には相撲場跡とあり、軍配の形をしたオブジェがあった。
先を進むと、由比地すべり管理センターがあり、そこからは薩埵峠が間近に見える。

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ほどなく再び東海道に降りていくと、小池邸がある。
小池家は代々名主を務めていた家で、このお宅はなまこ壁、大戸、くぐり戸を残している。
ぎりぎり中も見学出来る時間だったので、ちょっとだけお邪魔し、庭も拝見。
Photo_39

というところで、そろそろ時間となったので、次回はここからスタートとし、由比駅へと引き返した。

切符を買っていると4時27分に間に合わないなあ、でも仕方ないか、待とうと思っていたのだが、な、なんと!駅には駅員さんがいなかった!
しょうがなくスイカで入ることにし、走って27分の電車に乗ることができた。座ってウトウトする。

三島ではいったん改札を出て、新幹線の切符を購入、再び走って5時20分のこだまにのることができた。前回、前々回より2台早いこだまである。
意外と混んでいて、席が離れてしまったが、熱海で隣の人が降りたので、並んで座る。

7時半前には最寄り駅に到着。
今回もまた庄やで乾杯!
生ビール×2、谷中生姜、静岡おでん、煮穴子の炙り焼き(お通しは生しらす)。

さてさて、次回は来月半ばですが、お天気がよければ薩埵峠を越え、江尻あたりまで行きたいと思っています。
晴れるといいなあ。

(完)

2017/05/23

東海道五十三次歩き(第3回) 蒲原~由比3

(2から続く)

そろそろお昼。
諸々の見学は後回しにすることにして、おもしろ宿場館の2階のパノラマテラス海の庭でお昼ご飯にすることにした。

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あれ?去年きた時は弥次さんも喜多さんもいた気がするのだけれど、今年は弥次さんだけ?どうしたんだろう。
眺めがとてもよい。薩埵峠もかなり近くに見えている。
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頼んだのは赤富士丼。生桜えびのまわりに揚げ桜えびがこれでもかというくらいにのっている。海藻サラダ、みそ汁、漬け物つき。
桜えびがおいしい。新鮮。
この3回の東海道歩きで、もう1年分以上の桜えびを食べたなあ。堪能したなあ。

しかし、結構ボリュームがあり、重い体で再び歩きを開始。
少し戻って、先ほど飛ばしてしまった慈徳寺へ。ここをとばすわけにはいかない。なぜって女子厄除石段があるから。

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そして、由比本陣公園。
ここは去年の夏も来ているのだが、相変わらず馬の水呑場には亀がびっしり。なんでこんなにいるんだか・・・
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東海道広重美術館を見学する。
今回やっていた展覧会は「浮世絵と広告」。
なるほど、こういう目で見たことはあまりなかったけれど、浮世絵は広告の意味合いもあったわけで・・・
お店の宣伝、商品の宣伝。東海道五十三次でも描かれている版元の宣伝。
こういう隠れたものを見つける楽しみってのもあるんですね。
そして、今回はじめて知ったのが、いろいろな絵に広重のヒロの字を菱形にかたどった模様が描かれているということ。
今度から注目して探してみよう。
常設展示も一通り見ておしまい。

外のベンチに座ってオレンジを食べて休憩。
明治天皇が休憩した座敷を再現した御幸亭は外から眺め、由比宿交流館も一瞬除く。
由比缶詰所が売る高級ツナ缶ホワイトシップが置いてあるということで、一瞬買おうかなと思ったのだけど、結構大きな缶詰で重そうなので断念した。

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公園の前には正雪紺屋。
由比正雪はここの生まれらしい。

脇本陣、明治の郵便局だったという平野宅を通りすぎ、正法寺へ(公園の隣)。
ここには由比語源の碑がある。
ユヒは組合とか協同、交換の意味に使用され、農業や漁業の仲間同志の労働的な常套語だったという。

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国登録有形文化財の清水銀行の建物を撮影、そのすぐ先が西木戸、西枡形跡で、くいっと道は曲がり、由比宿を出る。

2017/05/22

東海道五十三次歩き(第3回) 蒲原~由比2

(1から続く)

地元のおばさまと出会っておしゃべりしながら進む。
高札場跡を通り過ぎ、おばさまとは旧五十嵐歯科医院の前でお別れ。
ここを見学したくて、登山したようなもの。9時半にならないと開かないのだ。

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ここは外観は洋風建築なのに中は和風。
見学の方はお声をおかけ下さいというので、ごめんくださいというと、ボランティアガイドの方が出てきてくれた。NPO法人が管理してるんですね。

靴を脱いで上がる。
五月人形とつるし雛、めずらしや全部木で出来てる蓄音機もあった。もう部品が手に入らず今は聞くことができないらしい。電話室もあった。

この時、また訪問者(年配の男性二人組)がきたのだが、清水まで歩くので急いでいるというので上がらずに行ってしまった。せっかくなのにね。

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次の間にいくと欄間が素晴らしい。広重の近江八景。
美の壺で放映されて、近々再放送があるというから是非見なければ・・・

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庭を見ると井戸が。
二階の診療室まで水をくみ上げていたという。

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二階に上がると欄間は東海道。
襖絵がきらびやかで美しい。と思ったら、逆の側から見ると墨絵なのだった。
と見てくると、洋館であることを忘れますね。

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ここを出て斜め前の志田邸の写真を撮り、美しい格子戸の家、増田家も撮り、左折すると西木戸。ここで蒲原の宿もおしまい。

蒲原宿を出てしばらく歩くと秋葉道の道標。
貞心寺があり、その駐車場に塗装工事殉職者供養碑があった。
蒲原では優秀な塗装技能者が多くいたとのこと。そうなのか。

このあたり、桜えびとかしらすとかを売る店がたくさんあり、このまま帰るんだったら生を買うよね。まだまだ道中長いのでムリですが。

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蒲原駅を通り過ぎたところに小さな稲荷社が。
中をのぞいてみると、おお!生のあげが供えてある。

東名をくぐり神沢川を渡ったところに酒蔵が!
神沢川酒造場である。
お店にお邪魔すると、82歳というおばあちゃまがいらしたのだが、いや~お若い。お話も楽しい。

母親にワンカップ2つを買ってもらい(広重の薩埵峠のラベル)、お店を後にする。

ほどなく地蔵堂があり、すぐそばに一里塚跡(39里)。
いよいよ由比宿だ。

入り口は枡型になっている。
これは蒲原でもそうでしたね。

御七里役所跡の碑と説明板がある。
紀州徳川家の飛脚の役所跡だが、いやー昔の飛脚ってすごいなあ。健脚だなあ。
特急便はなんと4日で着いたとか。

2017/05/21

東海道五十三次歩き(第3回) 蒲原~由比1

東海道歩き3回目。
前週に引き続き、歩く。今回は美術館に行ったりするので一区間のみの予定。

前回と同じ新幹線に乗ることにしたが、6時前は指定席券売機が1台のみしか使えないので、さらに早く家を出ることにした。
結果、さらに1本早い電車に乗ることができ、東京駅での乗りかえも余裕。
6時56分のこだまである。
残念ながらこの日の天気は曇り、午後からは雨という予報と前日見ていたので富士山は難しそう・・・
と思ったら、天気予報は変わり、静岡は晴れ間も出そうな?
むむむ、ならばもうちょっと日焼けどめをしっかりぬってくればよかった。なにしろ、まだ腕は剥けているのだ。

乗り込んで早速ソーセージロール、バナナ、野菜ジュースで朝ご飯。

1時間弱で三島に到着、東海道線に乗りかえ、沼津でまた乗りかえ、前回のゴールだった新蒲原駅へ。8時34分着。早速歩き始める。

前回は蒲原宿を見学する途中で時間切れだったのでその続きからとなるが、地図を見ると蒲原城址があり、そこに登ってみようかという話になっていた。
しかし、研究の結果、どうやら結構道が少し荒れていそう、ということで、地元では桜の名所として知られているらしい御殿山の方に登ってみることに。

八坂神社のところから登山道がはじまる。
登り始めてしばらくは、野仏がたくさんおかれていてテンションが上がりますね~
なんでもかんばら野仏の会の方たちが自ら彫った野仏を置いた(平成8年)・・・ということらしいのだけれど、いや~なごみます。かわいい!
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しばらく行くと赤いつり橋があり(さくらつり橋・・・それほど揺れはしない)、ぐいぐいと登っていく。
どうやら桜の季節しか人が行かないのか、草はボウボウ、蜘蛛の巣もはっていたり・・・でも静かな道でなかなかよろしい。

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御殿山広場に出て、さらに登ろうとしたところ、くまんばちがブンブン飛んでいる。危ない危ない。エアーサロンパスをシュッシュとしつつ、なんとか突破、狼煙場に到着。
物見台があったので、せっかく上がってみたのに・・・
なんと、木が邪魔して薩埵峠が見えない!
きっと見えるに違いないと、この山に登ってきたのになあ。

トボトボと降りて、展望台から富士山の方を眺めてもダメ。
新蒲原に到着する前に一瞬、見えたのだけど・・・
トマトを食べて休憩してから、行きとは違う道を通ってみたらもしかして薩埵峠が見えるかも?ということで進む。

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そしたら、見えました!やっと。
ちょいぼんやりしているけれど、遙か向こうに・・・
富士川の方を見ればピンク色に染まっている。これはもしかして桜えびを干しているのかな?
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そこから元の道に戻るつもりがあれれ?
違った道に出てしまい、降りたところは正八幡神社だった。

2017/05/17

東海道五十三次歩き(第2回) 吉原~蒲原4

そこからは急坂(新坂)を下っていき、降りきって道が右に折れてわりとすぐのところに一里塚跡(38里)。家と家にはさまれて窮屈そうだ。

その先、竹藪を上がっていくところに北条信三郎(最後の蒲原城主で、信玄により落城自害した)の墓があるとのことだったので登りはじめたのだが・・・

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ぎゃあああ。へび!
全然動かないので死んでるのかと思ったけれど、そのうちゆっくりと動きはじめた。アオダイショウなんだろうけれど、噛まれたらやなので、結局このお墓はあきらめて退散。

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ついに、蒲原宿へ。
東木戸到着である。
ここにある常夜灯は、この日見た常夜灯の中で一番趣があった。やはり全部が古いまま残っているタイプがいいですね。

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過ぎるとすぐにダイナミックな新日本金属の4本の導水管が見える。
富士川上流で水を取り入れ、この工場の電力を発電しているとのこと。

蒲原宿は江戸時代の風情を残す街並みが続き、いろいろと見どころが多い。
歩いていると写真スポットがたくさん。

まずは木屋江戸資料館。
残念ながら予約しないと中は見学できないのだが、めずらしい構造の土蔵がある。意外と要予約とか土日しか開いていないとかも多いのですね。

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竜雲時、馬頭観音、なまこ壁のある佐野屋、塗り家造りの吉田家と続き、ひょいと左に曲がると夜の雪祈念碑がある。
温暖なこの地をなぜ広重が雪の風景として描いたのか、謎である。

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街道に戻って、旅籠和泉屋(鈴木家)、本陣跡(佐藤家)を外から眺めたところでそろそろ時間切れ。
新蒲原駅へと向かうことにした。

しばらく電車がこないので、ベンチでのんびり休憩、5時27分の電車に乗り、三島で下車。今回も前回とおなじこだまだが、乗りかえ時間はたっぷりあったので先頭に並んで待つ。
6時23分発のこだまに乗車。先頭に並んでいたので座席は並びで確保できたが、ギリギリだと席を見つけるのが大変だったかも・・・というくらいに前回より混んでいた。

東京駅で乗りかえ、最寄り駅に着いて、庄やへゴー!
生ビール飲みたかったんだよね。
ということで、生ビール2杯と、東海フェアということで鶏ちゃん焼きと浜松餃子、あとは焼き茄子を食べて終了。

気付くと、腕が真っ赤になっており・・・
ヒリヒリ。いやー暑い日でしたから。

この日の歩数は家を出て帰るまで46800歩強。22キロ弱くらいでしょうか。今回もよく歩きました。

次回は蒲原~由比を予定しています。
(完)

2017/05/16

東海道五十三次歩き(第2回) 吉原~蒲原3

ちっちゃな常夜灯を右に入ると旧道で、再び県道に戻ったところのセブンイレブンで休憩。お約束のアイスクリーム!
母親は大好きなアイスバー、ワタクシはこれまた大好きなジャイアントコーンのメロン味。うーん、ちょっと甘いかなあ。フツーのジャイアントコーンの方がいいかも?といいつつ、新製品が出るとついついそっちを食べちゃうのである。
この時間帯が一番暑い時だったので、アイスでほっと一息つく。

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やがて富士川にかかる緑色の橋が見えてきたが、そのすぐ手前右に水神社が。
水量の多い富士川。この神社で安全を祈ったらしい。
この神社内には、富士山道の道標、富士川渡船場跡の碑、馬頭観音などがある。

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富士川は川幅も結構あるが、水量もなかなか。
しかし、なんといっても富士山の眺めが素晴らしい!
頂上付近にちょっぴり雲がかかっていたが、きれいに見ることができて大満足。

橋を渡って右に少し行くと渡船上がり場の常夜灯と住倉了以の碑がある。
了以は家康に命により富士川水道を作った人である。

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坂を上がっていくと、そこは間の宿岩淵。
身延道道標、常夜灯のある光栄寺の前を通りすぎて少し行くと、小林本陣常盤邸がある。
小休本陣で、土日は公開されているようだが、平日は要予約ということで中は残念ながら見られなかった。そして、あとから知ったのだが、この常盤家、女優の常盤貴子の父親の実家なんだそうである!へええ!!

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その後、新豊院に寄る。
六地蔵や、お掃除小僧さん?、火伏地蔵などなど、ワタクシ的にはツボなお寺。山門も立派だ。常夜灯もある。

道がかくっと右に折れるところに一里塚(37里目)。
そこから脇にちょっと入ると茅葺きの家が見えて、そこが富士川民俗資料館とのことだったが、ここも土日しかやっていないため入れなかった。

持っていたペットボトルの麦茶がほぼなくなり、ノドもからから。
コンビニでもないかと思ったものの、この道沿いにはなさそうで・・・
富士川駅に近づいたところで下っていこうかと思ったものの、だいぶロスになりそうだったのであきらめ、少し先にある酒屋ならばきっと自販機があるはず!と進む。

常夜灯の撮影は怠りなく(笑)、酒屋さんに到着。やったあ!自販機があった!
ようやく水を買ってほっと一息つく。生き返りました・・・

このあたりを歩いていると、小学生の見守りをしているおじいさんたちが方々にいて挨拶したりしていたのだが、東名をくぐる直前にも蒲原はくぐって左ですよと教えてもらった。

少々坂道を上がりつつ、東名をくぐってすぐのところに不動明王石柱・薬師如来石柱。
橋をわたって左に見えてきたのが和洋菓子のお店ツル家さん。
かつて岩淵一里塚あたりの茶店で出されていたという栗の粉餅は、いったん途絶えてしまっていたのだが、このお店で再現された・・・

Photo_11
と聞いていたのでお店をのぞいてみるとありましたありました!
ということで2つ購入。
すぐに食べるつもりが・・・見守りのおじいさんずやら工事の人やらがいてなかなか食べられず・・・

秋葉常夜灯(中に神様がいる!)を撮影、少し下って新幹線をくぐり、またまた秋葉常夜灯をパチリ、明治天皇御駐輦之跡を通過する。
富士川橋を渡る手前でも明治天皇御小休所跡があったようなのだが見過ごしてしまっていた・・・

ここから道は上り坂。
東名高速道路が見えてくる。
登り切ったところに陸橋があり、そこで先ほどのお菓子を食べることにした。

柔らかいお餅のまわりに栗の粉がまぶしてあり、中の餡子には栗が混ざっている。昔は中には栗がなかった模様。ほどよい甘さで、大変おいしゅうございました。これからも名物があったら買ってみよう。

Photo_12
そして陸橋を渡る。
陸橋からはうっすら富士山が見えたのだけれど、よく写らなかった。残念。
(続く)

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